承前

 ローラシアだい公国こうこく

 〝鬼〟によって、大公サトゥルヌスをはじめとする六公爵すべてが殺されたこの国はいま、混乱の極みにあった。

 なにしろ、いきなり指導部が全滅したのだ。かわって国全体を統率し、治めることのできるものなど存在するはずもない。六つの公国がそれぞれなんとか対処するしかなく、ひとまとまりの国としての機能は完全に麻痺していた。

 それが、分裂から抗争へと至らなかったのはせめてもだが、それとても、理性が働いたというわけではなく、誰もがなにをどうしていいかわからず、目先の課題をどうにかするので手一杯だったからに過ぎない。

 そんななか、上級貴族ですらほとんどのものが知らない闇の領域において、ひとつの集団がうごめきはじめていた。

 〝賢者〟。

 自らをそう名乗る、千年前の亡霊たち。

 「ほっほう。サトゥルヌスども、たったひとりの下賤げせんやからの手によって皆殺しにされるとはな。『六公爵』などと大層に名乗っておきながらふがいないことよ」

 「まあ、よいではないか。おかげで、我らの手で粛正しゅくせいする手間がはぶけた」

 「その通り。亡道もうどうの世界が接近したいま、我らはかつての力を取り戻した。もはや、我らをとめることは誰にも出来ん。いまこそ、我らが姿を表わし、世界に君臨するとき」

 「その通り。いまこそ、我らへの恩を忘れ、科学技術などに傾倒けいとうした愚民どもに報いを受けさせるとき。我らの手でこの堕落した世界を正すのだ」

 「そうだ。いまこそ、我らの栄光は復活する」

 その声と共に――。

 無数のどよめきが海鳴りのように深く、静かに響き渡る。

 数万に及ぶ、天命てんめいつわものたち。


            第二部第五話完

            第六話につづく

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