一〇章 真打ち登場

 新しき亡道もうどうつかさが現れた。

 それも、一体ではなかった。二体、三体、十体、二十体、百、千、いや、それ以上……。新たな亡道もうどうつかさが次々と現れ、大広間を埋め尽くした。しかも――。

 その亡道もうどうつかさは一人ひとり姿がちがった。

 金属の鎧をまとった亡道もうどうつかさがいる。

 天を突く巨人のような亡道もうどうつかさがいる。

 幾枚もの巨大な翼を生やした亡道もうどうつかさがいる。

 その他、竜のような姿をしたもの、獣のような姿をしたもの、機械の体をもっているかのようなもの……。

 一人ひとりの亡道もうどうつかさ全員がそれぞれにちがう姿をもっており、しかも、その種類は無数と言ってもよかった。

 ――こ、これは……。ゼッヴォーカーの導師、これは一体どういうことなのです、亡道もうどうつかさが一人ひとりちがう姿をとるなどとは……。

 ――説明しよう、マークスⅡ。私にもわからぬ。亡道もうどう世界せかいに区別はない。一は全であり、全は一。それが、亡道もうどう世界せかい。その亡道もうどう世界せかいの化身たる亡道もうどうつかさがそれぞれにちがう姿を取るなど……そんなことはあるはずがない。少なくとも、我らの歴史のなかでそのような例はなかった。

 なんと言うことだろう。あの機械的なまでに冷静で、深き英知に富んだゼッヴォーカーの導師。そのゼッヴォーカーの導師が理解不能な出来事を前にうろたえることがあろうとは。

 しかし、事実、ゼッヴォーカーの導師の声、いや、思念にははっきりとうろたえた様子があった。これが人間なら後ずさり、目を見開き、脂汗を流しているところだ。それぐらい、目の前に展開された光景は衝撃的なものだった。

 はじまりの種族ゼッヴォーカー。

 そのゼッヴォーカーが見つめてきたこの世界の歴史。それは、数万年ではとうてい足りない。その永いながい歴史のなかで一度も起きたことのない出来事。それが、いま、起きているのだ。

 通常であればその出来事に知的好奇心をそそられ、この上ない研究対象が出来たと喜び勇んでいたことだろう。しかし――。

 しかし、いまはそんな余裕なぞない。もし、この新しき亡道もうどうつかさに対抗できなければこの世界はまたも滅びてしまうのだ。そして、人類も……いや、人類だけではない。先行するあらゆる種族たちも。

 滅亡から逃れるために狭間はざま世界せかいに避難していたすべての先行種族。そのすべてがこの最後の戦いに参加するべく『鏡』に入り、この世界にやってきている。もし、いま、世界が亡道もうどうによって呑み込まれれば誰も助からない。せっかく生き延び、滅びの定めを覆すために活動をつづけてきたすべての先行種族。その種族たちまでが絶滅してしまう。

 我々、人類のもくろみが外れたことで!

 わしは大きな責任と、それ以上の懸念けねんを感じずにはいられなかった。そして、その懸念けねんは現実のものとなりつつあった。

 「駄目です、マークスⅢ! 新しい亡道もうどうつかさには力場りきばが効きません!」

 決戦兵たちの悲鳴が響く。この戦いのためにすべてを懸ける。そう誓ったはずの決戦兵たちが思わぬ事態に怯む姿を見せていた。

 力場りきばを発生させる機械の槍の穂先を相手に向けながらも、怯えた表情を浮かべてジリジリと後ずさる。それはまさに、巨大な虎を前にした無力な子猫の姿そのものじゃった。

 「くっ……」

 マークスⅢが歯ぎしりした。その手にもつ鬼骨をもってしても新しき亡道もうどうつかさを斬ることが出来るだろうか。

 ――斬れる。

 そう断言することはわしには出来なかった。

 「どういうことだ、なぜ、新しき亡道もうどうつかさなどが現れる⁉」

 ――だから、『勝ったつもりか』と言ったのだ。愚かな人間よ。

 「な、なに……?」

 ――人類の凄さはかわれる凄さ、か。二千年前、騎士マークスとの戦いのときから聞かされてきた言葉だ。お前たちはたいそう、自分たちがかわれることを誇っているらしいな。だが、お前たちは大きな過ちを起こした。それは……。

 すべての亡道もうどうつかさの声がひとつとなり、我々の過ちを告げた。

 ――亡道もうどうのものは決してかわれぬ。そう決めつけたことだ。

 「ふざけるな! 亡道もうどうはすべてが混じり合った状態、生もなく、死もなく、過去も未来もない! 永遠に立ちどまった世界だ。その世界がかわれるわけがない!」

 ――それが、過ちだというのだ、人間よ。

 「なに……?」

 ――亡道もうどうはすべてを呑み込む。あらゆるものを我が身に溶かし込み、ひとつとなる。すなわち……。

 ――お前たちの変化を取り込み、そうすることで、我らもかわる。

 「………!」

 ――そう。お前たち人間は我ら亡道もうどうつかさを倒すために変化した。強くなった。だが、我らはその変化を取り込むことでより強くなる。お前たちは強くなることで我々を倒せると思った。だが、実際には強くなることで我々をより強くし、滅びを招き寄せたのだ。

 「くっ……。決戦兵、力場りきばを集中させろ! いくら、かわったと言っても亡道もうどう亡道もうどう! 力場りきばの中和作用がまったく効かないはずはない! 集中すれば……」

 ――無駄だ。

 「うわああっ!」

 決戦兵たちの悲鳴が響いた。

 極限まで鍛えあげ、肉体においても、精神においても、人間の限界を超えるまでに高め、決して動ずることのない金剛の精神を身につけた、そのはずの決戦兵たちが恐怖に駆られ、無様に悲鳴をあげたのじゃ。

 決戦兵たちはマークスⅢに言われたとおり、密集隊形を取ることで機械の槍の穂先をそろえ、凝縮ぎょうしゅくされた力場りきばをぶつけて新しき亡道もうどうつかさに対抗しようとした。じゃが、無駄だった。無駄だったのだ。新しき亡道もうどうつかさの放った力は力場りきばを容易に打ち破り、決戦兵たちをなぎ倒したのじゃ!

 ――言ったであろう。我々はお前たちの変化を取り入れ、より強くなったと。お前たちの振るう力そのものを我が一部にかえたのだ。もはや、お前たちの力なぞ通じん。

 「くっ……」

 マークスⅢが歯がみしおった。そこへ、騎士マークスの悲鳴――騎士マークスともあろうものが悲鳴をあげたりすることがあるとするなら、このときがまさにそうじゃった――が届いた。

 ――マークスⅢ! 新しき亡道もうどうのものにはこちらの力は一切、通じない! このまま立ち向かおうとすれば全滅する! ここはいったん退く! すぐに戻れ!

 「騎士マークス……。わかりました」

 マークスⅢは苦渋くじゅうの表情でそううなずいた。

 そのときのマークスⅢの悔しさ、無念さは、わしには身が切れるほどによくわかった。

 「決戦兵、一時、撤退だ! すぐに船団まで戻れ!」

 マークスⅢのその指示に――。

 決戦兵たちは我先にと大広間の出口に向かった。

 あまりにもあわてたものだから、お互いにぶつかり、激突し、倒れ込む。倒れたその上に次の波が殺到し、背を踏みつける。足を取られ、転倒する。さらにその上に次の波が押し寄せ……。

 互いにぶつかり、転倒し、なんとか起きあがろうとしたところを後続に踏みつけられ……そこにいたのはもはや、心技体すべてにおいて極限まで鍛えられた精鋭中の精鋭などではなかった。恐怖に駆られ、我先にと逃げ出す小動物の群れに過ぎなかった。

 それほどの醜態しゅうたいをさらしながらも決戦兵たちはこの場から逃れようとした。

 じゃが――。

 ――無駄だ。

 無慈悲なる亡道もうどうつかさの声が響いた。

 本来、亡道もうどう世界せかいの化身として、人間的な意味での感情など決してもつはずのない亡道もうどうつかさ。しかし、この天命てんめい世界せかいにある限り、天命てんめいことわりによる影響を受けて感情をもつ知性として振る舞う。

 それゆえあざけりと冷徹れいてつさとを含んだ声。

 このときばかりは『感情がある』ということの残酷さが骨身に染みた。

 亡道もうどう世界せかいから染み込んでくる霧が大広間に広がり、出口の前を包み込んだ。霧が凝縮ぎょうしゅくし、新しき亡道もうどうつかさへとかわる。まるで決戦兵をその身に取り込んだかのような、機械の鎧をまとい、機械の武器をもった姿へと。

 ――逃がしはせぬ。

 冷徹なる亡道もうどうつかさの声が響く。

 決戦兵は、そして、マークスⅢと我々は、もはや、完全に亡道もうどうつかさに囲まれていた。

 マークスⅢの苦し紛れの指示が飛んだ。

 「円陣を組め! 密集隊形を作って力場りきばを重ねあわせろ! 少しでも、一分一秒でも時間を稼ぐのだ!」

 この期に及んでも決戦兵たちはマークスⅢの指示に忠実だった。言われるままに円陣を組み、身と身を寄せ合い、外に向けて機械の槍の穂先を向けた。穂先と穂先とを寄せ合い、力場りきばを重ねあわせる。そうすることで少しでも亡道もうどうちからを中和しようとした。じゃが――。

 ――無駄だと言った。

 またも、亡道もうどうつかさの無慈悲な声が響きおった。

 ――お前たちの力はすべて解析した。もはや、我らには一切、通じぬ。

 その言葉を証明するかのように――。

 亡道もうどうちからが決戦兵たちを侵食しんしょくしはじめた。

 「うわあああっ!」

 決戦兵の悲鳴があがる。

 決戦兵の手が、足が、顔が、その全身が、亡道もうどう世界せかいの力を受けて変異していく。かわっていく。すべてがひとつとなった亡道もうどうのものへと。

 ――見よ。かわる、かわって行く。お前たちは永遠にかわる! 嬉しかろう、誇らしかろう、かわることこそお前たちの自慢なのだからな。 望み通り、我らがお前たちをかえてやるぞ。亡道もうどうのものへとな。喜ぶがいい!

 亡道もうどうつかさのあざ笑う声が鳴り響く。大聖堂のなかに響き渡るピアノ音楽のように。

 亡道もうどうちからを受けて変わり果てていく決戦兵たち。その姿を前にマークスⅢはなにもできずにおった。そして、わしも、ゼッヴォーカーの導師さえも。

 同胞たちが苦しみ、変異させらて行くのをただ黙って指をくわえて見ていることしか出来なかったのじゃ。

 ――もはや、これまでか。

 そう思われたそのときじゃ。

 「それで勝ったつもりか?」

 声がした。

 女性の声じゃ。若く、美しい声じゃ。そしてそれは――。

 この二千年、誰も聞いたことのない声じゃった。

 「亡道もうどうつかさ。あなたはそう言った。でも――。ふふ。それは、敗北するものの言葉」

 清らかなるハープの音色と共にその声の主はやってくる。

 ハープを奏でる若く、美しい女性。

 天命てんめい巫女みこさま。

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