わたくしを断罪、追放できるといつから錯覚しましたの?

亜逸

わたくしを断罪、追放できるといつから錯覚しましたの?

「アンナ・フライヘルト! この場を借りて貴様を断罪する!」


 王城の大広間で開催されていた社交パーティーの場で、恰幅の良い中年公爵の野太い声が響き渡る。

 パーティーに出席する紳士淑女たちが騒然とする中、渦中にあるフライヘルト公爵家の令嬢――アンナは、目をパチクリさせてから中年公爵に訊ねた。


「クレルド公爵様……仰っている言葉の意味がわかりませんが」

「あなたがサミエル王子と婚約していながら、不貞を働いていたことを突き止めたって言ってるのよ」


 クレルド公爵の傍にいる娘のカリラが、嘲るような笑みを浮かべながら父親に代わって答える。

 カリラの発言に紳士淑女たちが騒然とする中、全く身に覚えのなかったアンナは呆れたため息をつき、クレルド公爵とカリラをたしなめた。


「世迷い言は程々にしておいた方がよろしいかと。恥をかくだけでは済みませんので」


 余裕すら感じるアンナの態度に、クレルド公爵は負けじと余裕たっぷりの笑みを浮かべる。


「恥をかくのは貴様の方だ、アンナ・フライヘルト。こちらは貴様の不貞相手のみならず、その男と密会していた場面を目撃していた者たちを三人、この場に連れてきているのだからなぁ!」


 言い終わると同時にパチンと指を鳴らすと、パーティー会場入口の扉が開き、どこぞの貴族の小倅こせがれと、三人の男女が中に入ってくる。

 どうやら彼ら彼女らが、アンナにとっては全く身に覚えのない不貞相手と、その目撃者になるようだ。


「ほらほらオルランド。言ってやりなさいよ」


 カリラに急かされた途端、不貞相手オルランドは突然その場に泣き崩れ、涙ながらにアンナに訴え始める。


「アンナ! 君は言ったじゃないか! 王子との婚約を破棄して僕と一緒になると! あの言葉は嘘だったのかい!?」

「嘘も何も、わたくしとあなたは初た――」

「何度も熱い夜を過ごしたというのに、それも嘘だったのかい!?」


 初対面だと言おうとした瞬間、わかりやすいくらいにオルランドが言葉をかぶせてくる。

 その内容が内容だったせいか、この場にいる紳士淑女は、アンナが何か言おうとしていたことには関心がないらしく、


「今の聞きましたか?」


「王子と婚約していながら、他の男と肉体関係を持つなんて……」


「まあ、いやらしい」


 オルランドの演技があまりにも迫真すぎるせいもあって、大多数が彼の言葉を鵜呑みにしていた。


 アンナが内心ここにいる者たちがいつか詐欺に遭わないかと心配していると、今度は目撃者の三人が熱演を開始する。


「私は見ました! お二人が庶民に変装し、こっそりと町中で会っているところを!」


「俺はキスしているところを見ました!」


「僕は町の路地で、アンナ様とオルランド様が抱き合っているところを見ました!」


 目撃証言の内容自体はお粗末なものだったが、目撃者の三人もまたオルランドに負けず劣らずの演技派だったせいで、この場にいる紳士淑女たちはすっかり信じ切ってしまったらしく、


「こんなにも目撃証言があるとなると……」


「アンナ嬢が不貞を働いたのは、確定と見ていいだろうな」


「あぁ……なんてことを……」


 ここまでくると、この場にいる紳士淑女たちが、いつかひどい詐欺に遭わないか本気で心配になってくる。


「さて、言い分があるなら聞いてやらなくもないが?」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、上から目線でクレルド公爵が言ってくる。


「楽しみだわ。どんな言い訳が出てくるのかが」


 カリラに至っては、〝ような〟どころか完全に勝った気でいる笑みを浮かべていた。


 アンナはこれ見よがしにため息をつくと、ついぞ崩れなかった余裕をそのままに二人に告げる。


「言い分や言い訳が必要なのは、そちらの方ではなくて?」


 今度は、アンナの方がパチンと指を鳴らす。

 すると、パーティー会場の隅で控えていた執事がアンナの元にやってきて、その手に持っていたケースバッグを胸の高さまで持ち上げ、パカッと開いた。


 ケースバッグには、四枚の紙が入っていた。


 アンナは執事に「ありがとう」と礼を言うと、ケースバッグから紙を一枚だけ抜き取り、そこに書かれた内容を眺めながら初対面の不貞相手に向かって訊ねる。


「え~っと……オルランド様でしたっけ? ケレス男爵家の次男坊の?」

「わざとらしい確認はよしておくれ。僕と熱い夜を過ごした君なら、そんなことくらい知ってて当然じゃないか」


 芝居がかった調子で返してくるオルランドに対し、アンナは淡々と、彼にとっては最早芝居どころではなくなる言葉を投げかける。


「あら? お父上のケレス男爵には内緒で、クレルド公爵に借金をしていらっしゃるのね。自称わたくしの不貞相手とクレルド公爵に繋がりがあっただなんて、面白い偶然もあったものですね」


 ニッコリと笑いながら、四枚の紙の内の一枚をオルランドに見せつける。

 その紙を見た瞬間、オルランドのみならず、クレルド公爵が目を見開いた。


「そそそそれは!?」

「ば、馬鹿な!? なぜ貴様が借用証を――っ!?」


 口を滑らせたクレルド公爵の足を、カリラが踏みつけて黙らせたが時すでに遅し。

 詐欺に遭わないかとアンナが心配した紳士淑女たちの掌はすでに、もう回転を始めていた。


「不貞相手がクレルド公爵と繋がっているとは……」


「雲行きが一気に怪しくなりましたな」


「ということは、目撃者の方も?」


 最後の言葉を耳聡みみざとくキャッチしていたアンナは、ケースバッグに入っている残り三枚の紙を取り出し、そこに書かれているものに目を通しながら目撃者の三人に訊ねる。


「左から、サリア・ブランさん。エミル・トンプソンさん。ダニー・ウォレスさん……でよろしかったですね?」


 動揺しきりの父親に代わって、カリラが小さな声で「違うって言いなさい」と目撃者たちに命令するも、


「あら? 人違いだったかしら? なら、この紙は全て破り捨てても問題ありませんわね」

「あぁああぁっ!! 合っておる! サリアとエミルとダニーで合っておる!」


 目撃者たちに代わって、必死の形相でクレルド公爵が肯定する。

 その時点で、三枚の紙もまたクレルド公爵と目撃者たちの間で交わされた借用証であることは、誰の目から見ても明白だった。


「ちょ、ちょっと! お父様が認めてどうするのよ!? あーもう! 肝心な時に役に立たないんだから! このグズ!」


 公衆の面前で父親を罵倒するカリラに紳士淑女たちがドン引きする中、アンナは悠然と彼女に歩み寄り、笑顔で窘める。


「あまり、お父上のことを悪く言ってはいけませんよ」

「はぁっ!? なんであなたにそんなこと言われなきゃいけないのよ!?」


 怒りを露わにするカリラには構わず、アンナはさらに彼女に近づき、耳打ちする。


「いい加減にしてください。でないと、あなたが毎夜毎夜、取っ替え引っ替え殿方とお遊びになっていること、この場にいる全員にバラしますよ?」

「!? デ、デタラメ言わないでよ……!」


 などと抗弁してはいるものの、その声音は耳打ちするアンナに負けず劣らず小さくなっていた。


「デタラメだと言い切るなら、この場にお呼びしても構いませんね? あなたたちが用意した方々とは違う、目撃者たちを」


 カリラの喉から「ひゅっ」と引きつった声が漏れる。

 それ以降、カリラは喋り方を忘れてしまったように、無言のままその場に立ち尽くした。


「まったく……このような茶番で、わたくしを断罪、追放できるといつから錯覚しましたの?」


 呆れた言葉を残すと、アンナはもうここに用はないと言わんばかりに、執事とともにパーティー会場から立ち去っていった。




 ◇ ◇ ◇




 その後アンナは、社交パーティーにおいては最初に顔を出したきり、自室に籠もっていたサミエル王子のもとへ向かった。


 そして二人きりになった途端、


「うわ~~~~~~~~んっ!! 恐かったですわ~~~~~~~っ!!」


 クレルド公爵たちを相手にしていた時の余裕はどこへやら、アンナは椅子に座るサミエルに泣きついた。


「どうして助けに来てくれなったんですの? わたくし、どこかで必ずサミエル様が助けに来てくださると思ってたのに~~~~~~っ!!」


 びえ~~~~~んっ!!と泣きじゃくるアンナの頭を撫でながら、サミエルは困ったような笑みを浮かべながらも彼女をさとす。


「ごめんよ、アンナ。でも、何度も言っているとおり、君が僕の伴侶として認めてもらうためには――」

「え~え~わかってますわ! 特に王様には、わたくしがこんな泣き虫だって知られたらアウトだから、自立した淑女レディだと見せつける必要があるというお話は! それはもう耳にタコができるくらい! でも、愚痴の一つや二つくらいは言ったってバチは当たらないと思いますの~~~~~~っ!!」


 そう言って引き続き、びえ~~~~~んっ!!と泣きじゃくる。

 ひどい有り様のアンナの頭を、サミエルは引き続き困ったような笑みを浮かべながらも愛おしげに撫で回した。


 う。

 クレルド公爵たちを相手に、アンナが余裕たっぷりな態度を見せていたのは、全て演技だった。


 本当の彼女は、絵に描いたような泣き虫だった。なんだったらヘタレと呼んでも差し支えなかった。


 クレルド公爵とオルランドたちが交わした借用証や、カリラの男遊びの目撃者について調べ上げたのも、その上で今宵の社交パーティーで仕掛けてくることを読み切ったのも、全てはサミエルの手腕によるものだった。


「これで三回目ですわっ!! わたくしを陥れようとする方が現れたのは~~~~っ!!」


 などと引き続き泣きじゃくるアンナは、この時はまだ夢にも思っていなかった。


 サミエル王子との婚約を狙った者たちが、今後も幾度なく、自分を断罪、追放しようとしてくることを。


 その者たちを退ける度に「わたくしを断罪、追放できるといつから錯覚しましたの?」と余裕たっぷりに言っておきながら、その数十分後には今みたいにサミエル王子の膝の上で泣き言を言うハメになることを。


 実はその一時ひとときが、サミエルにとっては至福の一時であることを。


 アンナは、夢にも思っていなかった。

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