005 触手か百合か

「変身が解けてるし、一体何が? 息はあるようだけど、しばらくは起きそうにないわね」


 どうやら先程の魔法少女の知り合いらしく、倒れた少女を介抱しているようだ。


「あ、ちょっと、そこのあなた待って」


「……うげ」


 ぎくりと立ち止まる。面倒ごとに巻き込まれないうちに、退散しようと思ったのに。


「というか、あなたはなんなの? ここ、人除けの結界が張ってあったと思うんだけど。あっ、自己紹介がまだだったね、私は真奈美、見ての通り、魔法少女よ」


 矢継ぎ早にそう言うと、真奈美と名乗った魔法少女がこちらに近づいてくる。どうやら、疑われているようだ。まぁ張本人なので仕方ないけど。


『そりゃ、こんな現場にいたらそうなりますよ』


「分かってるわよ、そんなの。というか判断間違えたわ。さっさと移動しとけばよかった」


 言い争いなどせず、触手を含めて放置して逃げればこんな面倒なことにはならなかった筈だ。しかし、いまさら嘆いても仕方ない。なんとかこの場を切り抜けることを考えよう。


「ねぇ、さっきから、何をひとりで言ってるの?」


 不審そうにあたしを魔法少女が見てくる。触手の声はやはり聞こえてないらしい。


「あー、いや、ちょっと考え事を……」


「考え事って……。ねぇ、ほんとにあなたはどうしてここにいるの?」


「偶然通りかかったら、この人が倒れていて、どうしようかと悩んでたところでして」


 我ながら苦しい言い訳だ。そもそも先ほど彼女が言ったようにここには結界、多分一般人が入れなくなるようなものが張られていたのだから、こんな言葉で納得するはずが……。


「あら、そうだったの。ごめんなさいね、疑うようなことして」


「じゃあ、あたしはこれで……」


 言って、そそくさと現場を離れようとする。しかし、世の中うまくはいかないらしい。


「それにしても、あなた可愛いわね。うん、それでいて魔力もかなり満ちてるし、これなら、問題ないわよね……。うふっ、今日はツイてるわ」


 なにやら、不穏な気配がびしびし伝わってくる。明らかにこちらを見る目がおかしい。


「ねぇ、あなた、私の妹になりなさい。もちろん、気持ちよくしてあげるわよ!」


「いや、それは、ちょっと……」


「そう、残念。無理やりっていうのはあんまり好きじゃないんだけど、あなたが悪いのよ。だって、そんなに可愛らしいんだから……!」


 そう言って、にじり寄ってきた彼女に腕をつかまれ壁に押し付けられた。いつの間にか、先程の魔法少女にやられたように身体が動かなくなっている……!


「大丈夫、初めは怖くても、すぐ気持ちよくなるから。うふふっふふふふ……!」


 どうみてもやばい笑い声を出しながら、私のブラウスのボタンを楽しそうに外し始める魔法少女。またも貞操の危機とか、いい加減にして欲しい!


『ここでヤられるのと、魔法触手をやるの、どっちがいいです? あ、今度はしっかり説明もした後ですし、正式な契約ですから、さっきみたいなうやむやはなしですよ?』


 絶体絶命の状況下、聞こえてきたのは触手の問いかけ。触手か百合。どっちも嫌過ぎる。

 けれど、ここでむざむざ百合の花を咲き乱れさすぐらいなら……!


「いいわよもう、触手でも何でもやってやるから、助けなさい!!!!」


『了解なのですよ~! それでは、今度こそ契約完了、変身いってみましょ~! 今度は愛さんも一緒に、変呪(シフトワード)を唱えるですよ~!』


 そんな言葉に促がされるまま、頭に浮かんだ言葉を唱える。


「『伸触(グロウズ)!』」


 その言葉で、またもあたしの身体が変身していく。先程と同じように、光が瞬き一瞬のうちに魔法少女、――そして蠢く不気味な触手へと!


「なっ、なんなの、これ……!?」


 あたしの変身に戸惑う魔法少女。当然だ、百合的行為を行おうとしたら、いきなり触手に変わるなんて、誰が予想できるか。


『さぁさぁ、相手が固まってる今がチャンスですよ~!』


『分かってるわよ、そんなこと! でぇえええい!』


 服の袖から出る二束の触手で魔法少女の両手を、更にスカートから伸びる触手で両足を拘束。そのまま、もう色々なところから伸びる触手で、ぬたぬた、じゅるじゅると。


「くっ、なんなのよこ、これ、いったい、ぐごぼっ、んー、んーーーー!?」


 自称マスコットの触手にいわれるまま、身体も顔も、服の中は勿論、口まで触手攻め。

 そして、最初の魔法少女と違い、かなり粘る彼女をようやく攻め終えたのが今の状況だ。


「いや、本当になにがなんだか……」


『いやー、世の中不思議がいっぱいなんですよ?』


 不思議生物そのものが言うか、とツッコム気力も無い。なんだかもう、どうでもいい。


「うん、家に帰ろう……」


 嫌なことは忘れて、ゆっくり休もう。また誰かきても面倒だし、さっさと帰ろう。


『ではでは、お供するのですよ~』


「はぁ……」


 陽気な声と肩に何かが乗る感覚。現実逃避すらできず、あたしは重い足で自宅に向かう。

 こうして、あたしの魔法触手(マジカルテンタクル)としての日々が始まったのだった。

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