[25] 怪
沙夜はサイドテーブルから紙の束を手に取った。
わざわざ印刷しなくてもPCの画面で見ればと思ったがそっちは配信で使ってるしあんまりいじりたくないという。さらには紙の方がペンでチェックとか入れやすくて便利だとかなんとか。
まあ各々やりやすい方法でやってくのがいいだろう、そういうものだ。
「ハードルもいい感じに下がったところで――」
「私が下げたんじゃないけどね」
香波はツッコミを入れておく。沙夜の話と同レベルと思われたらたまったもんじゃない。
「早速、送られてきたおたよりを読んでくね」
「今日の配信がつまんなかったらそのおたよりがつまんなかったせいだから」
「まーたそういうことを言う」
話しながら目当てのおたよりを見つけたのか、沙夜はそれを声に出して読み始めた。
「僕はキノコ人間です」
「は? 何言ってんの?」
「とりあえず最後まで読ませて。子供の頃に猟銃で撃たれて死んだはずでしたが奇跡的に生き残りました。どうやら損傷した脳組織の代わりにキノコが入ってきてそれを埋めてくれたようです。特に外見上の変化はないですし、口から胞子を吐き出すこともしません。ただ時々無性に山に行きたくなることがあります。きっと僕の一部をなしているキノコが山を求めているからだと思います」
最後に『以上』とつけくわえて話を切り上げる。
キノコ人間? え、何? どういうことなの? さっぱりわけがわからない。
混乱している香波に沙夜はコピーを渡してくれた。文章で見て確認してみたら何かわかるかもと思ったがまったくそんなことはなかった。
疑問はたくさん湧き上がってきたので解決しやすいところから尋ねる。
「なんでこの話を最初に選んだの?」
「おもしろそうだと思って」
おもしろい……おもしろいのか、これ?
逆に謎がひとつ増えた、この隣に座ってる女のセンスはどうなってるんだ?
それはそれとして話についてもなんか言っておいた方がいいだろう。
「これさ、ただの山が好きな人なんじゃないの?」
「そうかもしれない、そうじゃないかもしれない。まあだいたいの怖い話ってその人の思い込みですませようと思えば、すんじゃうところあるよね」
「それもそっかー。うーん、キノコ人間ねー、何考えて生きてんだろー」
「キノコじゃないから私にはよくわかんないかなあ」
知ってるし、これまで友人がキノコだったとか疑ったこともなかったし。
キノコ人間には人間の思考とキノコの思考が別々にあるのだろうか? 人間の思考は常にキノコの思考の存在を認識しているのだろうか? それともその2つはまじりあってどこまでが人間でどこまでがキノコかわからなくなっているのだろうか?
多分これらの疑問は考えたところでわからないことだ。
「次行きましょ」
「おっけー」
香波にうながされて沙夜は次のページに移った。
「いつも同じ爪に傷が入ります。右手の薬指です。気づいてたら先が欠けています。放っておくとそこから広がるのでその爪だけ少し切ることにしています。そのせいで右手の薬指の爪は他と比べて短いです。何か特別な仕事をしているわけではないです。普通のデスクワークです。日常生活においても注意していますが、そこの爪だけ傷つく理由がわかりません。なんなんでしょうか?」
「知らね」
香波は一言で切り捨てる。
「それはそうだけど、それ言っちゃったら話がひろがらないでしょ」
同意しつつも沙夜がフォローを入れる。
仕方がないので自分の右手の薬指の爪を眺めてみた。特に短くもないし傷が入ってもいない。自分で言うのもなんだけど綺麗なものだ。
「癖でかんじゃってるとかじゃないの」
「それだったらさすがに気づくと思うんだけど」
「だったら寝てる時ね。人間寝てる時は何してるかわかんないものよ」
「その指だけ壁でこすってるとか?」
「あるいはベッドの下から妖怪が出てきてかじってるとかね」
「……無理矢理怖い話にしなくてもいいよ」
いいのか。せっかく親切心で怖い話要素を足してあげたというのに。
それにしてもなんなんだろう。原因がちょっと気になる。気になるけどこれは怖い話であって悩み相談でない。故に真剣に考えることではない。
次行こう次。
そんな調子でさくさく10本ほど怖い話を読んでいった。
はっきり言って玉石混交、なんだこれはと思う話も多かったが楽しかった。
むしろあんまりガチな話とかこの雰囲気で持ってこられても困ったろう。そのあたりは沙夜の選択によるところが大きいか。
「じゃあ、これで最後にするよ」
ちらっと横目で見たところ、特別にとっておいたもののようで、上の方に星マークをわざわざ3つも描いていた。最後の最後にまともな怖い話でがつんと殴ってくるのだろうか、香波はちょっと身構えた。
「暗黒沢闇子さんからのおたよりです」
「聞いたことある名前ー」
知り合いだった。なんか身構えて損した気分。
「なに、あの娘、わざわざ送ってきたの?」
「うん。ありがたい話だよねー」
「根暗でくそ面倒なやつだと思ってたけどいいところあるじゃない。私の中での評価を上方修正してあげる」
『それはどうも』
チャット欄にいた。いつからか知らんけど配信を見てたらしい。
うかつなことが言えなくなった。いや逆に本人がいるんだからうかつなことを言っていいのか。
まあどっちでもいいや。
「で、肝心の内容はどうなの」
「この前ゲームしてた時のことなんですが、はまってるゲームですっごいおもしろくて夢中になってやっててふと気づいたら配信も録画もしてないのに、ひとりで実況してました」
「そんなことある?」
「普通はないと思うよ。職業病みたいなもんじゃないかな」
「時間がある時にでも病院行った方が……」
『本気の心配やめろ!!!』
本人から苦情が返ってきた。やっぱり本人がいた方がよかった。
いなかったらただの悪口になってたかもしれない。まあいなかったとしても同じようなことを言ってたと思うけど。
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