[23] 疑問

 なんとなくわかってきた。

 沙夜が香波と闇子のことを勝手に「ほんの少しだけコミュニケーションにおいて個性的である」みたいなカテゴリに入れていたがだいぶ違う。

 感覚的に似てるところもあるにはあるがやはり決定的に違う。

 香波は何かあったとき攻撃的に振舞う。攻めなければ道は切り拓けない、そう考えている。

 一方、闇子はそこで一旦引っ込む。待ちの姿勢を作る。もちろんずっとそのまま受けつづけるわけではない。退いたと見せかけて隙をうかがっている、カウンター狙い。

 そっちの方が余程陰湿だと思う。

 さすがにそれを本人にすぐに言わない分別ぐらいは香波だって持ち合わせている。まあ時間がたったらその言うのをやめておこうという判断の方を忘れてしまう可能性はあるが。


 自分のチャンネルで配信するということで闇子がちゃんとたたき台を作ってくれてたので話が簡単にすすむ。

 そのまま使ってもいいとは思ったがそれだと香波が何にも考えてないと思われかねないから、いくつか思いついたことを適当に提案してみた。

 棄却されてもいい。こういう時はとりあえずアイディアを出すのが大事。思わぬところからすばらしいものに発展してくかもしれないから。

 まあ今回は特にたいした変化はなかったけど。


 闇子の原案をもとに多少のマイナーチェンジが加えられて、だいたい話がまとまってきたところで不意に闇子が尋ねてきた。

「今日はsayoさんどうしてるんですか?」

 何も考えずに香波は答えた。

「え、知らない」

 画面の向こうで闇子は押し黙る。少しの間をあけてから闇子は質問を重ねた。

「いっしょに住んでるんですよね?」

「住んでるけど」

「なのに何やってるか知らないんですか?」

「いやいちいち全部把握してないでしょ。多分自分の部屋で仕事してんじゃないの」


「……そもそもどういう関係なんですか?」

「友達」

「普通の友達はいっしょに住んだりしないと思うんですけど」

「私にきかれてもわかんない。沙夜、呼んでくる」

「待ってください! 呼んでこなくていいです」

「なんで?」

「聞きにくいから」

「今さんざん私に質問攻めしたじゃん」

「……香波さんは別に遠慮しなくてもいいかなって、ずけずけそっちから踏み込んできたし」

 人をつかまえてそんなデリカシーがないみたいな言い方をするな。あと多少は遠慮しろ。何についてどう遠慮するかは知らないけど。


「そっちはどういう関係なん、えーと、C4、さん? だっけ?」

「D4さんですね。もともとイラストが好きだったんですよ。Vやってみようって考えた時、一番はじめにデザインして欲しいなって思ったのがD4さんでした。で、特にそういう仕事受け付けてなかったんですけど、思い切ってダメもとで頼んでみたら引き受けてくれたんですよね」

「へー、よかったじゃん」

「全然、心がこもってない! 自分で聞いたくせに」

「……あのさ、聞きにくいことなんだけど」

「今さらなんですか?」


「そういうのってさ、いくらかかったの?」

 必要ないのに香波は声をひそめて聞いた。

「なんで知りたいんですか?」

 闇子は質問に質問で返してきた。

「沙夜が教えてくれないから。何回か聞いても適当にはぐらかされる」

「……じゃあ私からは教えられません」

「ケチ」

「そういうことじゃなくて。だいたい人によって違うからあてになんないと思いますよ」


 沙夜は初期投資に結構かかったみたいなことは言うがそれが具体的にいくらかだったかは話さない。

 考えられる理由は2つ。

 1つは実はお金なんてほとんどかかってなくて現時点で利益がでているがそれを香波に隠したいから。

 もう1つはその逆で香波が想定している以上にお金がかけられていて、収支プラスになるまでまだまだ遠いから。

 おそらくだけど前者はない。そのぐらい付き合いでわかる。

 沙夜は黙ってそういうことやるやつではない。もうかってるなら正直に言ってくるはず。


 となると後者になってくるのだけれど――それは香波に対する気遣いなのだろうか?

 わからない。

 沙夜がそれを曖昧にしようとしている以上、香波からは踏み込んでいきづらい。家に住まわせてもらってるからとかそういうのとは関係なく。

 何といえばいいのだろうか、事実が明確になった時、沙夜との付き合い方がつかめなくなる気がする。

 あまりに大きなものを与えられているとしたら、それをただの友達という範疇に入れたままでだいじょうぶなのか、不安になってくるといった感じ。


 ぼんやりとした周りの見えない状況はあまり好きではない。

 けれども視界が明瞭になって誤魔化すことが不可能になって何かに関する決定を迫られるのはそれより怖い。――それはいったい何の決定なんだろうか?

「どうかしましたか?」

 恐る恐るといった風に闇子が聞いてくる。その言葉を聞いてはじめて香波は自分が黙っていたことに気づいた。

 パンと手を叩く。乾いた音が鳴る。気持ちを切り替えた。

「なんでもない。それより打合せのつづきなんだけど――」

 香波はあえて明るく声を作ってそう答えた。

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