[22] 事前

 香波と闇子の2人きりで配信することになった。枠は闇子の方ですでに告知もされている。

 保護者抜きコラボ。前も思ったが何が保護者だ、ふざけんな、バカ野郎。そもそも沙夜は保護者じゃないし、そんなもんいなくてもいくらでもやれる。やれることを証明してやる。

 今回はちゃんと事前にやるとわかっているので、それが当たり前の話なんだけど、予定日前日にきちんと打合せをする。

 沙夜はいない。「ひとりでだいじょうぶ?」とか言ってたけど、なめてもらっちゃ困る、こっちもいい大人なんだ、どうとでもなる。多分おそらく。


 自室のPCに一人向かう。おおよその方法は沙夜に聞いている。ボイスチャットソフトOdd Reverse、通称"踊り場"を起動すれば、約束の20時より早くルームに入った。

 すでにいた。

「はっや」

 思わずこぼれた第一声がそれだった。

「そっちもまだ10分前なのに」

 という声が返ってくる。

 あいかわらずのぼそぼそとテンションの低い話し方。いや前に聞いた時よりさらにひどいか。あれでもよそいきに作っていたらしい。


 待ち合わせてたら早く出向くのが当然である。

 もし万一仮に相手を待たせたら、アドバンテージを奪われることになるからだ。例え相手がなんとも思ってなかったとしても。

 こちらに心理的な負い目が生じるのは、1対1でコミュニケーションを図るにあたってどうしても不利になる。遅刻したことでなんの痛痒も感じない、心がぶっ壊れてる人間なら話はまた別だけど。

 もちろん双方が規定された時間に到着していた場合、どちらが先んじて待っていようが何の負担も生じないものとする――よって今回はイーブン。


 打合せ、といっても配信内容はすでに決まっている。視聴者から集めた質問をもとに雑談してく形式。その質問というのもすでに闇子主導で集めている。

 つまり今日はそれらの中からいい感じのものをピックアップしておおよその構成を決めるだけ。

 質問一覧は夕方ごろに送られてきてたので印刷してチェックしていい感じのものには印をつけておいた。多分そのぐらいのことは向こうもやってるはずで、すり合わせていけばそれなりに形になってくるだろう。

 故にたいして時間はかからない、1時間もあれば終わるんじゃないか。


 やるべきことはわかっていた。そしてそのやるべきことがそんなにたいへんでないこともわかっていた。

 けれども――その最初の一歩を上手に踏み出すことができないでいた。

「どうも……」

「どうも……」

「あのメールの方は?」

「はい、ちゃんと受け取りました」

「それはよかった、えへへへ」

「よかったです、えへへへ」

 なんだろう、このやりとりは。経験値がきれいにリセットされている。

 前の時はなんかこうもっと少しはうまくやれてた気がする。お互いぎくしゃくしている。


 原因を考える。ひとつ思い当たった。全然相手が見えないせいでやりにくいのだ。

 配信時は一応キャラクターが見えていてそれが動いていて、多少ではあるがいくらか画面の向こうに人がいることが感じ取れた。今日はそれすらない。

 会ったことない人と声だけで話している。そこがやりづらさを強めている。

 他にも原因はあるけどひとまずそれだ。


「あんた、いくつ?」

 香波はずばっと訊いてみることにした。マナー違反とかそういうのあるかもしれなけど無視する。そんなん気にするより少しでも情報が欲しかった。

「高2ですけど」

 こちらの質問の意図がわからず戸惑いながらも素直に質問に答えてくれる。

 高2、若い。え、いくつ下だっけ? まあいいや、細かいこと考えるのはやめよう。


「そっちは……?」

 聞き返された。当然の流れというやつ。

 向こうだけ一方的に答えさせるのはフェアじゃない。正直に嘘偽らず答えることにする。

「社会人よ」

 元だけど。いやそれとも社会人は一旦社会人になったらずっと社会人なのか。

 定義がわからない。わからないときは自分流の定義に従えばいい。

 社会人は社会人だ、立派な。今だって働いてるし、これが仕事。


「よく就職できましたね」

「どういう意味それ」

 感心したようなつぶやきの意味がわかんなかったので聞き返したところ、少し間を空けてから闇子は言葉をつづけた。

「いやその性格でよく」

「はあ!? ――」

 意味を理解して瞬間的に文句を言いかけたところで思いとどまることができた。

 言われてみれば確かにそうだ。

 我ながらあの時はものすごくがんばった。まあそのがんばった結果が『入社3日で隕石で会社が物理的に潰れる』というあれだったわけだが。

 忘れよう。


「これからあんたのこと闇子って呼び捨てにするからね」

 香波は一方的に宣告した。

 別に年功序列に強いこだわりがあるわけじゃない。けれどもその通達によって何か滞ってたものがいくらか解消された気がした。

「はあ、まあいいですけど、私はカナミさんって呼びますね」

 ちなみにVとしてのデビューは闇子の方がひと月ほど早かったらしいが、そんな些末なことは気にしないものとする。誤差だよ、誤差。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る