[20] 奇襲

「今日はこっちで用意するから何も考えてなくていいよ」

 と沙夜に言われたので、そいつは楽でいいなと香波は思いつつ配信はじめたら、開始早々その沙夜がふざけたことを言い出した。

「というわけでコラボです」

「私聞いてないんだけど」

 いやほんとまじで。実は知ってたけど台本が用意してあってその通りに突っかかってるとかいうのではなく。まさしく寝耳に水というやつだった。素のリアクション。

「言ってないからね」

「言っときなさいよ、バカ」

 こいつ配信中じゃなかったらどうしてくれようかと思ったがそこのこところはぐっと我慢しておく。

 100万歩譲って勝手にコラボ決めてくるのはいい、全然よくないけど。でも事前通達なしにいきなりぶつけてくるのはだめだろ。視線で抗議したら逸らされた。終わったらじっくり話し合うことにしよう。


 コラボつまりは沙夜以外の別の人といっしょに配信するということだ。お気楽気分が一気に逆転して精神が張りつめる。

 大きく分けてコラボには2種類ある。オンかオフか。オンなら配信者同士は実際に会わずにネット上で、オフなら実物同士が会っていっしょに配信することになる。

 さすがに今日は前者のパターン。いきなりリアルでこの部屋に乱入してきたらかなりびびる。配信どころの話じゃなくなる。顔すら知らない人と何の前触れもなしに会話するのもそれはそれで怖いけど。


「早速登場してもらいましょう。今日コラボしてくれるのはこの方々です。どうぞ!」

 言いながら沙夜はPCを操作して、画面上に新たなキャラクターを表示させる。思えば今日は最初からアッシュブロンドの和風少女のカナミと、まるまる太った落書きテイストのsayo鳥は妙に左に寄っていた。

 不自然に空いていたスペースに、黒髪ロングに黒の制服を身にまとった伏し目がちな少女が登場する。前髪が若干目にかかってるせいか、どことなくどんより暗いオーラをまとっている。いや違う、"どことなく"とかじゃなかった。よく見たら黒い靄みたいなものを身にまとっている。

「どうも、こんにちは、暗黒沢闇子です」

 ついでにその傍らには全体的に紫色をした目つきの悪くて牙の鋭いコウモリがふよふよ飛んでいた。

「イラストレーターやってるD4です。本日はお招きいただきありがとうございます!」

 黒髪少女が見た目通りにテンションの低めのダウナーボイスで喋れば、それにつづいて対照的にコウモリはハキハキと明るい声を発した。


「カナミちゃんにコラボやらせてみたいと思ってたんだけど、Vの知り合いがいなかったので、かわりに同業のイラストレーターさんに声かけてみたら、こういうことになりました」

「sayoちゃんに声かけられてなんかおもしろそうだったので、娘つれてきちゃいました。いえーい」

「ほんとに来てくれてありがとうございます。うちのカナミちゃんは自分から誘うとか絶対できないので」

「こちらこそ。うちの闇子ちゃんも絶対自分からすすんでコラボとかしないタイプだからいい機会よ」

「まあそんな2人をいきなり投げ出すのもかわいそうなので、今日は私たち入れて保護者同伴コラボでよろしくお願いします」

 最後は視聴者に向けて沙夜は呼びかけた。

 なんだそれは。人のことを1人じゃろくにコラボもできないみたいに言いやがって。1人でも問題なくできるし。できるけどもちょっと事情があって今はやんないだけだ。


「私たち2人だけで喋っててもあれだから、V同士で喋ってよ」

 沙夜が雑に話を振ってくる。話せと言われてもいったい何を話せばいいのやら皆目見当がつかない。気まずい沈黙。仕方がない。受け身は性に合わない。積極的に動いて主導権を握る。先手をとった。

「どうも」

「……どうも」

 手ごたえがない。

 一瞬でかぎ取る。こいつは同類だ。いい感じに話を膨らませてくれることなんて期待できない。


「はじめまして、カナミよ」

「……はじめまして、闇子です」

 さっきも同じやり取りをしたような気がするが気にしてはいけない。

 時間稼ぎ。次が思い浮かばない。しょうがないので脊髄反射でさっき思いついたことを口に出す。

「えーと、変な名前ね」

「あの、実は本名なんです」

「……変とか言ってごめん」

「……冗談です。こんなの真に受けるとは思わなかった」

「ふざけんな、こいつ!」

 なんだこの女は。


 頭に若干血が上りかけたところで沙夜が割って入った。

「まあまあ、カナミちゃん落ち着いて」

「なんかうちの娘がごめんなさいね」

「いえいえこちらこそ、カナミちゃんがすみません」

 画面上の闇子の姿をにらみつける。もちろんそんなことをしたところで相手に敵意なんて伝わらない。いや案外伝わったりするのだろうか、オカルト的な理屈で。

 人見知りと人見知りをあわせたら話が合ってうまくいく、なんてことはない。お互い人見知りして話がうまく進まないだけだ。同類とわかっても意気投合したりはするはずがない。

 そんなわけでわりとぎくしゃくした感じで保護者同伴コラボは始まった。

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