[12] 対戦
考えてみれば配信でテレビゲームするのはじめてだ。
ゲームと言えば一般的にはテレビゲームでだからゲーム実況と言えばそっちを想像する人が多いだろうにやってなかった。別にあえて奇をてらっていたとかそういうことではない。
沙夜のおかげで準備はすでに整っている。
「あんた仕事じゃなかったの?」と香波が聞いたところ、「後でがんばればなんとかなる」の返事。そういうことでちょっと付き合ってくれることになった。
まあもともとそのつもりで買ったんだろう対戦型ゲームを集めた『宇宙遊戯全集』を起動した。
最初はルール知ってるやつということでリバーシを選択。あるいはオセロ? 商標とかそういうのの問題なんだろうか。とにかくあの白と黒のあれだ。
「しょうがない、先手はゆずってあげましょう」
「オセロって後手が有利じゃなかったっけ」
「なーんだ、あんたも知ってたのね」
「ってかそれ私がカナミちゃんに教えたんだと思う」
「そうだっけ。まあいいや、私が後手で」
「いいけどね。ルール辛うじて覚えてる私たちじゃあんまり関係ないんじゃないかな」
「はいはい。わずかな有利に執着するその姿勢が勝ちを引き寄せるのよ」
交互に石を置いていって挟んだらひっくり返す、最終的に多い方が勝ちというゲーム。というかこんなの今さら説明する必要ないだろう。みんな知ってる、はず。知らなかったら各自調べて欲しい。
戦略と言えるような戦略はない。知ってるのは角をとったほうがいいことぐらい。なぜならひっくり返される恐れがないから。多分沙夜も同じ。だから序盤は適当に石を置いていく。
中盤になって石が端に並ぶようになってきた。考えどころ。多少は頭を働かせてやる。正確に数えてはいないがぱっと見、互角。端のとれ具合からしたら有利かも、と香波は思っていたが――
僅差で負けた。
「なんで?」
「私もなんとなくやってただけだからわかんないかな」
「それって運ゲーってこと?」
『新発見、オセロは運ゲーだった』『もしかすると運ゲーかも』『運ゲーとは何なのか?』
沙夜とは長い付き合いになるがリバーシが強いとかそういうのはなかった気がする。あるいは知らないところでこっそり練習してたのだろうか。リバーシを? いったい何の理由で?
考えてもわかんないタイプの問題っぽいので香波は思考を打ち切る。それでも悔しさの感情は消えてくれないので、「なんか別のやろう」と沙夜に提案した。負けた悔しさは勝てば忘れられる。
「短く決着つくのだったらいいよ。ご飯つくらなくちゃだから」
気づけば4時をすぎてる。勝負も大事だがご飯が出てこないのはすっごく困る。しょうがないので香波は沙夜の要望を飲んで短期決着のゲームを探した。
「おっけー、じゃあこれで」
とんとん相撲をやることになった。紙箱の上に紙で作ったお相撲さんを乗せてそれぞれ角をとんとんして倒れるまたは土俵から出たら負けというあのゲーム。
「これわざわざゲームでやる必要ある?」
「カナミちゃんが選んだんでしょ。なんで選んだの?」
「……リアルで用意するの面倒だから」
ゲームでやる必要あった。土俵にちょうどいい箱とお相撲さんにちょうどいい紙なんて、早々手元にあるものではないのだ。あったとしてもそれは何か別の目的で使うものだったりする。
操作は非常に単純。角に対応した2つのボタンを押すだけ。短く押せば弱く、長く押せば強く叩いたことになる。とんとん押すだけだけどなかなか奥深いゲームだ。
3本勝負、その1本目。開始早々、香波は突進する。勝つならよし、負けるならそれは仕方がない。まずはこのゲームの感じをつかむ。そのためには積極的に動く必要がある。
対して沙夜の動きは鈍い。もとより彼女が慎重派というのもある。あるいは香波の自滅を待っているのかもしれない。激しく動けばその分倒れるリスクは大きくなるのは自明。それもひとつの戦略だ。
香波勝利、決まり手は押し出し。強く当たってそのまま押し切った。僥倖。このゲーム案外強く叩いても倒れない。
「勢いにのって2連勝して勝負を一気に終わらせてやるんだから!」
2本目、香波はあっさり敗れた。今度は沙夜も、慎重ばかりではいられないと判断したのだろう、前にでてきた。がっぷり四つの組みあい。
両端をとにかく叩いていた香波に、沙夜は巧みに左右のバランスをコントロール、見事に体を入れ替えられて土俵の外に投げ出されてしまった。
「これボタン2つしかないけど結構複雑なことできるゲームかもね」
泣いても笑ってもこれが最後の3本目。香波はスタートと同時に2つのボタンを強打した。2本目ではやられたが自分にはこの戦法しかない。とにかく押して押して押しまくる。
立ち上がりでリードを奪えたのが大きかった、土俵際まで沙夜を追い詰めることに成功する。あと少し、あと少しだけ押し込めば勝てる。勝利が手に入る。
戦いの中で香波は気づいていた。このゲームただ連打しているだけではだめだ。時に強打を織り交ぜろ。その不意打ちの強打が相手を追い詰める。といって強打だけでもいけない。緩急大事。
指が痛い。単純な運動をつづけすぎてなんだか自分の指でないみたいだ。けれどもここで退くわけにはいかない。例え爪とか割れる事態になったとしても自分はもうこの道を突き進むしかないのだ!
「そんな……私のカナミ丸が敗れるなんて……」
幸いリアル身体にダメージが入る前に勝負はついた。箱の叩きすぎでひっくり返って負けた。典型的自滅。
「すごく安易な名前だね。私、ご飯作るけどカナミちゃんはどうする?」
「私も一旦休憩する……」
なんだかどっと疲れた。後悔が押し寄せてくる。流れは確実にこっちに来てたのに。あとほんの一押しで勝てたのに。あまりにも力みが強すぎた。香波はうなだれ深く息を吐きだした。
『名勝負だったよ』『熱い戦い』『どっちが勝ってもおかしくなかった』
流れていくコメントをぼんやりながめていた。そうしているうちに驚いたことに敗北のショックが和らいでいくのが感じられた。
見てる人を楽しませることができたのならまあよかったのだろう。それでも勝ちたかったけども。
「そういうことなので耐久配信途中ですがこれから夕食休憩に入ります」
沙夜はパソコンをちゃちゃっといじって『休憩中』の文字をでかでかと表示させて、ついでにマイクも切る。なるほど休憩の時はそうすればよかったのかと香波は学んだ、すぐに忘れるかもしれないが。
配信はじめて約3時間、登録者数は10人ほど増えている。順調、かどうかはわかんないが、今日中には目標達成することができそうだ。
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