三、森の家
ふと気がついて起き上がると、ジェラルドは質素な寝台に寝かされていた。窓の外に見える畑には、豆やら葉ものの野菜やらが育てられている。大して詳しくないジェラルドにすら分かるくらい、その実りは豊かだった。
夢を見ているのだろうか? どこまでが夢だ? そんなぼんやりとした考えを打ち消すように、急に動かした体中のいたるところから鈍い痛みがじわじわと襲ってきた。見れば肌のほとんどが包帯で覆われ、その下からは膏薬の匂いがしていた。
我ながらよくそんなことを覚えていたものだとジェラルドは思った――そのくらい咄嗟に、なかば直感のようなもので、彼はその膏薬の匂いを以前嗅いだときのことを思い出していた。同時に、自分を救ったのが誰であるかの見当がついた。
そうだとすれば、ここは――ジェラルドの考えを裏づけるように、そのとき部屋の戸口から黒髪の娘の顔が覗いた。青紫の虹彩に、銀色の縁取り。あ! と嬉しそうに声を上げた拍子に、星のようなきらめきがその瞳の表情に現れたのをジェラルドは見た。一瞬、元の姿に戻ったのかと期待してしまった……城を出てから今の今まで、彼を見て笑顔を浮かべたのは目の前の彼女だけだったから。
間違いない。いつぞやの妖精の娘だ。胸元には、あのときジェラルドが拾って彼女の枕辺に置いた青紫色の石が首飾りになって輝いていた。
「君は……」
とジェラルドは呟いたのだが、声はかすれ、唇は痺れて、彼自身にさえ何と言ったのか聞き取れないようなありさまだった。
「お加減いかが? 」
娘はジェラルドのかたわらへやって来て彼の目を覗いた。それは特別情熱的な仕草ではなかったが、ジェラルドは思わず視線をうろうろさせた。女性に顔を覗かれるのはずいぶん久しぶりのような気がした――実際には三日前にエポナが似たようなことをしていたのだが、彼女に対するジェラルドの愛情は、無意識のうちに恐怖に近いものに置き換わりつつあった。思い出されるエポナの瞳が清ければ清いほど、ジェラルドの中のエポナの姿はどす黒い影を帯びていった。
だがそれもジェラルドが歪めて見ていただけで、エポナが天使から悪魔に変わったわけではないのだ。ジェラルドは目の前の娘の瞳に何か恐ろしいものが透けて見えるのではないかとこわごわ注視したが、打算も嫌悪も軽蔑も、優越感すらない澄んだ目と長く見つめ合うことになっただけだった。
――声が出ないんだ。どぎまぎしながらもジェラルドは訴えたが、やはりまともな言葉にはなっていなかった。しかし、娘は頷いた。
「仕方ないわ。こんなに傷だらけだし、体が弱ってるのよ。なにか温かいものを召し上がれ。クーナを呼んでくるから待っててね」
娘は窓を開けてから、そよ風のように部屋を出て行ていきかけた。それからふと思い出したように、ジェラルドを見てにっこり笑った。
「あ、ごめんなさい……わたしはエレニア。よろしくね」
*
ジェラルドが困ったときに彼を招いてきたマザー・クーナは、今度のことも最初から予期していたのかもしれない。ジェラルドの姿かたちはまったく変わってしまっていたが、彼女には説明するまでもなかった。
「すべてが変わってしまったように見えても、変わらないところは必ず見つかるものよ」
温かい食事をジェラルドにすすめながら、クーナは言った。
「気分はどうかしら? 焦らなくても大丈夫よ――ゆっくり休めば、すぐ治るわ」
「長い夢を見ていたような気がするんだ」
ジェラルドは煮られて柔らかくなったキャベツを味わいながら言った。まろやかな塩味のスープは口あたりも優しく、一口食べ進めるごとに指先から体を温めた。
食事をしているうちに、まともに発声できるようにもなった。しかし声は元と同じであるにもかかわらず、覇気がないせいか変に気弱に聞こえるのだった。
「こんなふうに城を出ることになるとは思わなかった。……本当は、王子として生きていた夢を見ていただけだったんじゃないのかな……信じられないよ。僕が、王子だったなんて」
「そうでしょうね……突然、こんなことになってしまったんだもの」
クーナはジェラルドの様子を観察しながら言った。
「あなたがその姿になったのはね。わたしが授けた祝福のせいなのよ」
「クーナが城を出て行った理由の? 」
「そう。困ったとき、助けになる魔法をあなたが思い出せるようにしておいたの」
ジェラルドは口をぱくぱくさせた。だったら、せめてもう少し、別の魔法はなかったものだろうか……。だが、そのうちに彼は重要なことを思い出した。
姿が変わったために今まで舐めたこともなかった辛酸を一日でずいぶん味わったことは確かだ。だが姿が変わっていなければ、城を無事脱出することはできなかっただろう。黒覆面と鉢合わせたあの廊下で、暗殺されていたかもしれないのだ。……でも、もう少し目立たない変身ならもっとよかったのに。
言葉がいくつか浮かんでは消え、最後に質問がひとつだけ残った。
「――クーナは、僕が城を出ることになるのが分かっていたの? こんなふうに、あなたに助けられることも? 」
「確信していたわけじゃないわ。未来は不確定なものよ――あのアルトリウスにとってさえ、そうだったの。でもあなたが生まれたときの星の配置はあまり穏やかなものではなかったし、あなたの周りにいるのはあなたの味方ばかりではなかった。生まれたばかりのあなたを憎む理由を持っている人だっていたわ。だからね、それがあなたに必要なことなら、こんなこともあるかもしれないとは思っていたわ」
「僕に必要なことなら? ……」
ジェラルドはクーナの言葉を何度か繰り返してみた。
「それだと、僕に起こったことは僕に必要だったから起きた……って聞こえるよ」
「そのとおりよ、ルディ。運命は、その人にとって不必要なことを起こしたりはしないものだわ」
「だけど……それは……! 」
ジェラルドは今度こそ何か言わなくてはならないと思った。特に、彼の側近たちの運命に関しては。
「何が起きたのか、全然分からなかった……分からないまま、逃げるしかなかった。ユージーンは追手を止めようとして……。リヒャルトは、僕の代わりに矢を受けた――助けられなかった。……僕ひとりが……」
ジェラルドは、自分がこれほど涙もろかったとは知らなかった。危うく死にかけ、目を覆いたくなるようなものばかりを目にしたあの一日が人生にどんな意味をもたらしたのかをクーナに詰問しようとしていた彼の声は涙で曇り、しまいに聞こえなくなった。
クーナはジェラルドの背をなでながら、彼を静かに泣かせておいた。
「運命が起こすことは、その渦中にいるときには理由が分からなかったりするものよ。辛いだけと思えることも、ある。そんなとき、わたしたちにできることは四つあるわ」
「……四つもある? 」
「まず、自分を責めるのをやめる。次に、起きてしまった出来事から何か得られたことがないかを考えてみる。それから、今の自分に何ができるのか、何をしたいのかを考えてみるといいわ。考えがまとまったら、行動に移してみるのよ」
ジェラルドは膝に目を落とした。腫れ上がったように丸っこい手がふたつ。……元の手の形を特別好きだと思った覚えはないが、この手に比べたらずいぶん格好がよかった。
「……どうしたら元に戻れる? クーナなら治せるの? 」
この質問に、クーナは初めて眉を下げた。
「祝福を授けたのはわたしだけど、実際に発動させたのはあなたの力なのよ――あなたの魔法なの。信じられないかもしれないけどね。だから、わたしには戻せないわ」
「なんでさ? 」
「あなたの方が強い魔力を持っているからよ」
信じろという方が無理な話だった。沈黙するジェラルドに、クーナは笑顔を向けた。
「大丈夫よ。発動させるべきときがきちんと分かったのだから、戻るときも分かるはずだもの。まだ元に戻っていないということは、今はその姿のままでいた方がいいとあなたはどこかで分かっているのよ」
「………そうかなあ? 」
確かに王子として命を狙われることはないかもしれないが、それはそれとして今の姿も決して歓迎できるものではないとジェラルドは思った。
今のジェラルドの姿は全体に人を遠ざけるような気味の悪い気配を帯びていたが、特に不気味なのは目の色だった。もとは落ち着いた鳶色だったのに、虚ろな表情の中でぎらぎら光る金色の瞳は、改めて鏡を見たジェラルド本人ですら目を背けたほどおぞましかった。
バルドラを統合し、災厄に立ち向かう王子。果たして、今の状況からどう展開すればあの予言が成就されるものやら、ジェラルドにはまったく見当もつかなかった――まさか、あの廊下でヴェルフリートの方が王位にふさわしいと思う、などと余計なことを口にしたせいで運命が変わったのだろうか。運命が自分に従おうとしないジェラルドを王宮から追いやり、二度と国王になどなれないように姿を変えてしまったのだろうか。
……しかし、もしそうだとしたら。ジェラルドだけでなく彼を守ろうとした側近たちまで巻き込んだことは許しがたい。いや、彼らだけではない。ジェラルドが知らないだけで、父や兄や、他のものたちの命も黒覆面によって脅かされているという可能性もある。
人の命をなんだと思っているんだ、運命というやつは。多勢に無勢で黒覆面の群れの中に消えたユージーンや、剣を投げてまでジェラルドを逃がそうとしたリヒャルトの姿を思い描くにつけ、ジェラルドは次第に腹が立ってきた。
王子としての最後の責務だ。彼はなんとかしてバルドラ城に戻り、城の様子を自分の目で見て状況を判断したいと思った。そのあとのことはまた考えればいい。ジェラルドがジェラルドであると証明できるものが――ジェラルド自身に対してすら――致命的に損なわれた今、別人として生きていくことだってできるのだから。
その〈別人としての暮らし〉は素晴らしいに違いない……と手放しで夢を託せるほど今のジェラルドは無邪気ではなくなっていたが、少なくとも今までとは比べものにならないくらいには〈自由〉なんだろうな、と彼はやけっぱちに考えた。
*
一刻も早く行動を起こさなければならないと、クーナの家に来たばかりのジェラルドはせっかちに燃えていた。しかし彼がどんなに焦っても体の傷はすぐには完治せず、焦れながらも日々を送るうちに、ふたりの女性との素朴な暮らしがジェラルドの心を少しずつ慰めていった。
クーナはジェラルドの事情をすべて分かった上で、優しく彼の世話を焼いた。エレニアはジェラルドが誰であるかにまったく気がついていなかったが、気がついていたとしても彼女の態度は大して変わらなかったに違いない。エレニアにとってジェラルドはジェラルドでしかなく、家族が増えたことを純粋に喜んでいる様子だった。
ジェラルドから見ると、初めて会ったときのエレニアと今の彼女とではまるで別人のようだった。盗賊からジェラルドたちを救ったときの彼女は、まるで目覚めたばかりのように虚ろな様子だった。ただ、その瞳に吸い込まれるような美しい深みがあっただけで。
今のエレニアは一転して健やかで、幸福そうで、澄んだ湖面に陽光が無数に煌めくような明るい美しさを獲得していた。これが本来の彼女の姿なのだとジェラルドはほどなく確信した。
エレニアはクーナに匹敵するほど森の植物に深く親しんでおり、〈宵空の乙女〉として王都でも名が通っていた。〈乙女〉は効果の高い薬草や旬の木の実を提供するかたわら、不思議な力で天からの神託を授けてくれると言われているらしい……そういえば、誰だったかそんな評判をジェラルドに話して聞かせたものがいた。誰だったろう、城下のことに明るいユージーンだろうか? もっとよく聞いていれば再会が早くなったかもしれないのに、とジェラルドは思った。
ただ、そんな彼女も順風満帆に人間としての生活を送っているわけではないらしかった。
体をいち早く回復させるためには家に閉じこもってばかりいてはいけないということで、エレニアと森に入って彼女の手伝いをするのが最近のジェラルドの日課になっていた。あるとき彼女のことを何気なく尋ねたジェラルドに、エレニアは優しい眉を下げてとても困った顔をしたのだった。
「ごめんね――わたし、自分が誰だったのか全然覚えていないの」
「覚えていない……記憶がないってこと? 」
「そう。三年前にクーナに拾われる前のことが思い出せないのよ。でも、ルディがわたしを明るいと思うのはそのせいでもあるかもしれないわね」
「どうして? 」
「だって、何も思い出せないんだもの――大事なことだけじゃなく、心配だったことも。それに、クーナがそばにいてくれたしね。〈エレニア〉っていう名前も、クーナがつけてくれたのよ」
「……似合ってるよ」
エレニアは必要な薬草をひとつずつ集めながら、ありがとう、とジェラルドに笑いかけた。彼女はなぜこんなこの世のものとも思えない色の瞳をまっすぐに見て平気なのかと、ジェラルドにはやはり心底不思議だった。
「どうして君は僕を見ても嫌そうな顔をしないの? 」
変なこと聞くのね、とエレニアはさもおかしそうに笑った。
「あなただって、わたしを見て嫌そうな顔をしたりしないじゃない? 」
「君を嫌がるやつなんかいるわけないよ! 」
「そんなことないわ。そんなことないの」
エレニアは手を止めて、ジェラルドをまっすぐに見た。
「わたし、自分が普通の人とは違うってことはきちんと分かっているつもりなの。生まれを覚えてはいないけど、不思議な力が使えるのは確かだしね。もちろん、妖精だなんてみんなには言ったりしないわ。……でもこういう仕事をしていると、みんな〈普通じゃない〉って思うみたい。この――」
とエレニアは自分の瞳を指した。
「目の色も、珍しいんですってね。ずいぶんいろんなことを言われたわ。悪魔の使いだとか、災いを予告するだとか、不吉な色だとか……」
ジェラルドは愕然とした。悪魔の使い? エレニアが?
エレニアからは美しいものしか連想したことのなかったジェラルドには、彼女の受けた言葉はどれもいわれのない暴力と等しいものに思えた。
「全部でたらめだよ、そんなの」
彼は怒った。
「君のことをちゃんと知らない、底の浅い連中の言うことだ! 」
「わたしもそう思うわ。だから、そんな人たちの態度を理由に自分を判断してはだめよ」
エレニアがジェラルドを見てにっこり笑った。ジェラルドははっとした。
「あなたの目、陽射しを集めてできているみたいでとっても綺麗だわ」
エレニアは薬草摘みをまたはじめながら、鼻歌の合間にジェラルドに尋ねた。
「ルディは、本当は違う姿をしているのでしょ? 」
「……うん、そのはずなんだけどね」
「間違っていたなら、ごめんなさい。だけどもしかしたら、あなたはもともと、あなた自身のことをあまり好きじゃなかったんじゃないかしら」
ジェラルドは咄嗟に言葉を返せなかった。多分、エレニアの言うとおりだったのだ――〈そんなことない〉なり、〈違う〉なり、否定する言葉はいくらでもあったはずなのに。
そして……なぜ自分自身を認めることができなかったのかという理由は、簡単に見つかった。
「僕は、嘘をつき続けないと生きられなかったんだ」
気づけば、彼はそう話していた。
「生まれたときから決められていたことが、僕には多すぎた。やりたくないと思ったことも、やりたいと思ったことも、――昔は口に出していたのかもしれない。だけど、許されないことの方がずっと多かった。……この姿になる前は、ずっとそんなふうに生きてきたんだ。君の言うとおりだよ。僕が僕を好きになれるわけなかったんだ……なんせ、無理強いばかりしてくるやつだからね」
「それでも、頑張ってきたのね」
エレニアの声はどこまでも優しかった。ジェラルドは笑った――息がしやすい、と思った。
「嘘ばかりついていたせいで、顔まで嘘になってしまったのかな。……クーナは、僕をこの姿に変えたのは僕自身の力だと言うんだよ」
「あら、だったらそうなんじゃない? あなたも妖精なの? 」
「ウーン……僕にはそんな不思議な力はないと思うんだけど……」
ジェラルドは〈妖精王〉が妖精そのものである可能性、あるいは妖精に通じる魔力を持っている可能性があるかどうか考えてみたが、これまでの人生を顧みてもそんな兆候はなかった。クーナが伯母である以上、ジェラルドにも潜在的に何かが秘められている……という可能性はなくもないが――。
首を傾げるジェラルドをよそに、エレニアは何かを思い出したように言った。
「本人が知らないだけで魔力を持っている人はいると思うわよ……前に一度、わたしの言葉が分かる人に会ったことがあるの」
「ン? 」
「わたし、前はバルドラの言葉が分からなかったの。クーナはわたしが妖精の言葉を使っているって言っていたわ。今のバルドラでは通じない言葉だって。――でも、ひとりだけいたのよね。わたしの言うことを聞いて、聞き返してくれた人が」
「その人は妖精じゃなかったの? 」
「多分……だって、その人と一緒にいた人たちは不思議そうな顔してたもの。結局ちゃんと確かめられなくて、そのままになってしまったんだけどね……」
エレニアは手近な植物を最後に少し摘んで、籠の中を覗いた。
「これだけあれば、ずいぶんいいわ。ありがとう。今まで集めたのも合わせれば、今年はもう十分ね」
「こんなにたくさんどうやって使うの? 」
「香り袋を作るのよ」
エレニアは籠から細長い葉をたくさんつけたひと枝を取り出した。一瞬で鼻が通るような爽やかな青い香り。クーナがよく膏薬を作るのに使っている薬草だ、とジェラルドは気づいた。マンネンロウっていうの、とエレニアは教えてくれた。
「もうすぐ春祭りがあるでしょ? そこで売りものにするのよ。マンネンロウの香りは頭がすっきりするから、とても人気があるの」
毎年この季節に行われるバルドラの春迎えの祭りは、四月三十一日の本祭とその前日の前祭とで、王都がもっとも華やぐ大切な行事だ。通りには出店が並び、各地から招かれた劇団や芸人たちが、一年の豊穣の季節のはじまりに彩りを添える――とジェラルドは聞いていた。
「僕、行ったことがないんだ」
彼はぼやいた。春迎えの祭りは年に二回しかない王城開放日にも当たっていたので、人々のありさまで城下がいかに浮かれた雰囲気になるかはジェラルドもよく知っていた。だが、彼は自分の目で実際の祭りを見たことは一度もなかった。
臣下たちとしては王子を人でごった返す城下へなどやりたくなかったのだろうし、祭りの途中には王家のものが揃って挨拶する行事もあったから、いずれにしても彼は城に留め置かれた。
それでも少年時代には側近たちがなんとか彼を連れ出そうとあれこれ画策してくれたものだが、うまくいった試しはなかった。
ジェラルドが行かないなら自分も行かないと言い出したのは、どちらだっただろう。おれはいいからと言って、門から追い出したこともあった。懐かしい――いや、待てよ。ジェラルドはふと気がついた。
王城開放日。それは、春祭りの間であれば今の彼の姿でも城の中へ出入りすることができるということを意味していた。……
「行ったことがないなら、一緒に行かない? 賑やかで楽しいわよ」
とエレニアが言ってくれた。ジェラルドは頷いた――城の様子を探らなければという義務感や焦燥感は根強かったが、彼はこのとき、気持ちが少し和らぐのも確かに感じた。
彼を取り巻く問題は、まだ何も解決していなかった。しかしだからといって、その重圧がエレニアと交わした約束の明るみをかき消すことはできなかったのだ。
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