落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる

杜野秋人

プロローグ

 毒矢で痺れさせられ、倒れ伏したまま動けない身体を無理やり引き起こされる。身体を押さえつけられ、無防備に胸をさらけ出すしかない。

 目の前に立つ大柄の男が、残忍な笑みを浮かべながら手にした曲刀カットラスを振り上げた。


 その周りには10人を超える男たち。

 みな一様に酷薄な笑みを浮かべて、今まさに自分の命を奪おうとしているのだ。

 人の命を何とも思わない、殺し奪って平然と嗤っていられる悪党ども。



 振り上げられる曲刀を見ながら混濁する頭で、ここまでか、とぼんやりと考える。

 あれを振り下ろされれば、それで何もかもが終わりだ。こんな奴らに屈服し奪われるのは正直許しがたいが、どのみち今までだって生きながら死んでいたような人生だった。

 ならばもうこれ以上、醜く生き足掻くこともない。ひと思いにやってくれた方がスッキリするというものだ。

 そう考えて、覚悟を決めた。


(これで、俺もナーシャの所に⸺)


 そう。やっと、彼女の元へ行ける。

 長かった。ようやくだ。




 曲刀が振り下ろされる。

 あれで袈裟斬りに斬り落とされてそのまま放置されれば、間違いなく死ねるだろう。


 ああ、本当にここまでだ。


 そう観念して彼は目を閉じた。




 だが、その時だった。


 風を切り裂く音がして、次いで金属が断たれる音が続く。


「なっ……!?」


 誰かの驚く声がする。


 目を開けると、目の前には半ばから断ち切られた曲刀カットラスを手にした男が呆然と立ち尽くしていた。その周りの男達も驚いて、辺りをキョロキョロ見回している。



「大勢でひとりをよってたかって、なんて感心しないわね」


 澄んだ声が、森の広場に響いた。


 緩慢な動きで声のした方を見ると、そこにひとりの女剣士が立っている。

 目の覚めるような美しい娘だった。見たところ、まだかなり若い。淡く蒼い長髪を後頭部の高い位置で、美しい細工の豪奢な金の髪留めで纏めていて、その蒼髪が森を吹き渡る風に靡いて煌めいていた。

 女剣士、いや女騎士と言うべきか。全身鎧ではなく部分鎧ではあるが、銀色に輝く鎧はかなり上質なものの装飾の少ない実用的な作りで、ただ左腰に提がった鞘だけが精緻な意匠と宝飾で飾られている。


 今まさに抜き放ち振り抜いたのだろう、見るからに業物と分かる宝剣を手に、彼女はそこに佇んでいた。

 その輝きを含んだ黄色い瞳が、彼とその周りを取り囲んだ男たちを真っ直ぐ見据えている。


「なんだァ、てめえは」

「関係ない奴ァすっこんでろ」


「しっかしまあ、見られたんじゃあ仕方ねえな」

「よく見りゃあいい女じゃねえか。ちっとばかし勿体ねえな」


 邪魔だてされたのだと理解して、相手がひとりだと確認し、次いで女騎士の美貌に下卑た欲望を露わにしながら、次々と襲いかかってゆく荒くれ男ども。それを彼女はただひとり、またたく間にあしらい斬り伏せ退けてゆく。そのさまは舞踏でも見るかのごとく、優美に華麗で一分の無駄もない。

 汗もかかずに男たち全員を打ち倒した彼女の側には、いつの間にか純白の法衣をまとった、緋色の髪の美女の姿がある。そうして、まだ動けないままでいる彼に、女騎士は傲然ごうぜんと胸を張って言ったのだ。


「あなたね、“薬草殺し”のアルベルトというのは」

「えっ?……まあ、そう呼ばれてはいるけど」

「なんだかパッとしないしいきなり死にかけてるけど、まあいいわ。⸺あなた、私たちの旅について来なさい!」

「旅?」

「そう、旅よ!はるか東方世界まで!」

「東方世界……というと、道案内を頼みたいって事かな?」

「そうよ!東方世界にあるという蛇王封印の地まで、私たちを案内しなさい!」


「どうして俺を?」

「あなたが一番詳しいって聞いたわ!」

「いや東方までの道に詳しい人なら他にも」

「なによ、こんな美人と一緒に旅ができるのに不満なわけ?いいから、黙って案内しなさいよ!」

「えぇ……」


 こうして、“薬草殺し”と揶揄される冴えない中年冒険者アルベルトは、ちょっとワガママで偉そうな、でも実力は折り紙付きの美少女勇者レギーナと知り合った。

 そして彼女たちの旅の道先案内人として、はるか東方世界まで同道することになった。


 それが、彼と彼女との運命の出会いだった。

 今思えば、出会ったことそのものは偶然でも、そこまでに至る経緯は必然だったのだと分かる。きっとこれは、運命を紡ぐ・・・・・ために・・・必要なこと・・・・・だったのだろう。



 彼らの旅のその先に何が待っているのかは、今はまだ、陽神太陽のみが知っている⸺。

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