EPISODE 4
異空間に戻って来ると、果実の神がネクターを用意して待っていた。
「おかえりなさいませ」
「労ってくれるの?」
グラスに手を伸ばそうとしたら鎌で制された。
「危ないなぁ、危なく手がなくなるところだったじゃん」
「それは失礼、反射神経が良くて良かったじゃないか」
とことんムカつく奴だな。
「労ってもらうのは自由だけど、先に僕の話を聞こうか」
渋々雲に腰かける。早く一息つきたいけど、あいつは間髪入れず問いかけてくる。
「あの老婆を神にしなかったのなぜかな」
「魔法が使えたみたいだし神にしたら色んなこと出来ちゃうだろうね。だけど」
「だけど?」
「復唱しないでくれる?、苛々するから」
「あはは、バクは随分と短気なんだね。続けて」
と言いながら、自分はグラスに口をつけた。良い性格してるなほんとに。
「神にするってことは新しい寿命が与えられるってことじゃん。なんかあの人、見てて寿命伸ばしたらかわいそうだなって思ったんだよね」
こいつのことだからあの老婆の境遇がどういったものなのかは説明しなくても把握しているだろうと思い、そこらへんは割愛した。
「…質問の仕方を変えようか。バクの本当の答えを聞きたい」
ああ、バレちゃったか。
「っていうのは嘘で。あの人は心が脆い。辛さのあまり魔法をかけたはいいものの、それもまた空しくなって。歳をとって魔法の効力が落ちて創り出した幻が消えたらボケちゃうなんて」
話しを続けるよう促された。
「ぼくが」見た魚の幻の精度は高かった。あれが幻だったなんて信じられないよ。だから思ったんだ、きっと神として何かを生み出す力には長けてる、そういう資質はあるって」
グラスの縁を親指と人さし指で拭いながら「じゃあ一度は神にしようとも考えたわけだ」と視線だけこちらに向ける。
「まあね。直感ってよくわかんなくて、僕なりに〝神に向いてる〟ってどういうことか考えてみた時、やっぱり安定しない神は嫌だなって思って」
「安定しない?」
疑問符のついたあいつの問いに苦笑しながら答える。
「例えば、今日は地面が下にあったのに、明日は空だった場所が地面だったとか」
死神は瞠目すると、快活に笑いだした。その声のボリュームに逆に驚いてしまった。果実の神も一瞬肩を震わせたように見えた。
「それは嫌だね。ふふ、得る程度ムラを出すようには指示しているんだけど、それは雨の神に雨を多く降らせて洪水を起こさせたりとか逆に干ばつにしたりとか、せいぜいその程度だからね。はは、毎日天変地異は面白い」
僕の発言はどうやら死神の笑いのツボに入ってしまったらしい。あいつは腹を抱えて、目に涙まで浮かべてククッと笑い転げている。
「神になって記憶が鮮明になったとしても、感情に左右されやすい人ってことは変わらない。安定性に欠けてるのは神としてダメかなっておもったから選抜しなかったんだ」
目じりに溜まった涙を人差し指で拭って姿勢を正したあいつは「お前から聞きたかった答えだよ」と満足そうな笑みを浮かべた。
「なんで最初ふざけてるってわかったの」
「サミエドロみたいな回答だったから。彼が言うなら真剣だって思うけどね、お前が言うとどうも胡散臭くてね」
「ひど」
「聞きたいことは聞けたし、好きなだけネクターを飲んで休むといい。そうしたら本格的な仕事に入ってもらう。忙しくなるよ」
…まあ、本当はどっちも嘘ではないんだけどね。
あいつが好みそうな回答を探って本当の答えにしておいた方が、死神として今後も生き残っていけると判断したまでであって。
流石の死神様も、そこまでは気がつけなかったみたいだ。
僕はそこまで非情じゃないよ、兄さんの弟なんだから。
ネクターを口に含み、先程息絶えた老婆のことを思い出す。
「あの」
いつの間にか当たり前のように足を揉んでくれていた果実の神が遠慮気味に話しかけてきた。
「ん?」
「先程の様子、一部始終を死神様に見させていただいていたのですが、最期のあのかくれんぼには何か意味があったのでしょうか」
真面目な顔で尋ねられて、ちょっとからかいたくなった。
「気になる?」
「はい」
わざとらしいため息を吐いてから、眉をハの字にしてみせる。
「僕一度もかくれんぼしたことがないんだ」
「っ…そうなのですね。かくれんぼをしたことがない…」
真に受けちゃって、面白いな。
かくれんぼには意図があった。
何度も僕を最愛の孫である涙人と間違えて、その度に安心して、だけど直ぐに現実に引き戻されて。あの老婆は見ていて痛々しかった。
あの人を神にしても、救われない。それなら本当の涙人に会わせてあげたかった。だから選抜はしなかった。
十数えて目隠しをしたサキ、もうそこは生者の世界じゃない。だけどそのことに気がつかずにかくれんぼのつもりで死者の世界を探せばみつかるかもしれないよ。そりゃあ魔法で造り出した架空の存在だったかもしれないけどさ、それでも消えた虚像は死者の世界に漂っているかもしれない。作り物でも家族だったなら、きっとみんなおばあちゃんをあっちで待ってくれてるよ。
「……死神様はみなさん何を考えていらっしゃるのかわかりませんね」
「それって悪口?」
「いえ、そんなつもりでは。ですが、そう聞こえてしまわれたなら謝罪します、申し訳ありません」
真面目過ぎて調子狂うなぁ。
何も言わずとも、当たり前のように次は肩をも揉み始めた。
この神は果実の神であるはずなのに、普段随分な扱われ方をしているんだな。きっとこれまでもずっとあいつにこうして仕えているんだろう。
兄さんが戻るまでの間の暇潰しとして、一つ尋ねてみることにした。
「君はどうして自分が神に選抜されたと思う?」
「難しい質問ですね」
少しの間沈黙すると、思いのほかスラスラと話始めた。
「禁断の果実の末永だからでしょうか」
あまりの衝撃的な発言にネクターを吹いてしまった。
「君林檎だったの?」
「はい。黄金ではなく赤と黄色の斑な、至って普通の林檎でしたが」
禁断の果実。何かの本で読んだことがある気がするけれど、もう何万年も前の話しだから記憶が曖昧だ。
「我々林檎の間では、禁断の果実は代々天界に住まう者に仕えているという伝承がありました。実際に神になって、それが死神様だと知りました」
だから今死神の下で働いていると、そういうことらしい。
「そっか。なら今度から君のことは林檎くんって呼ぶよ」
「そんな恐れ多い…」
「人間の神にも星くんってあだ名つけたし。いいでしょ?、だめ?」
「まるで親しい仲のような呼び方をしていただけること、感謝します」
いちいち大げさだな。何とかの神って呼ぶのが面倒だから勝手に呼びやすいようにあだ名つけてるだけなのに。
「バク様はご自分がなぜ死神に選ばれたとお考えですか」
「うーん、兄さんのおまけかな。多分」
兄さんは優しくて強くて、何だって出来る。それに比べて僕の出来ることなんてたかが知れてる。
「だけど死神、向いてると思うんだ」
「なぜそうお思いになるのでしょう」
「私情と仕事を割り切れるから。きっと兄さんには出来ないよ」
要領を得ない顔をしているから、思わず苦笑する。
「神様の選抜って、死神であるぼくらの独断と偏見でその命を神にするでしょ。それって同時に生きてる者の残りの寿命を否応なしに奪うってことだよね」
「左様ですが、神に選んで頂けることはとても光栄なことです」
「そういう考えもあるし、多分嫌だって考えもあるよ。神に選んだのが後者見たいな者だった場合、きっと優しい兄さんの心は壊れてしまうんだ」
僕なら迷わない死、選抜された者が神になって泣こうが喚こうが関係ないって思うよ。ちょっぴり可哀想だとは思うけど、僕は僕として仕事をしてるんじゃなくて、死神として役目を全うしているわけで。いちいち心を痛めてたら、不老不死な人生ずっと不幸だ。
「お兄様を大切に思っていらっしゃるのですね」
「うん。たった一人の家族だから」
今頃兄さんはどんな世界で登竜門やらされてるんだろう。
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