EPISODE 2

○ ○ ○



 ピオニーは大人になり、容姿も心も美しく育ち立派な女性になった。愛する人を見つけ二人の子どもにも恵まれた。

 一方で俺は独り身を貫いていた。もう誰も不幸にしないためになるべく人と関わらないようにし、幸せにならないよう日々前世の過ちを悔いながら生きていた。

 そんなある日、枕元に死神がやって来た。



「早死にっていう三つ目の罰かな」


「はずれ」


「ならなぜ死神様がこんなところにいらっしゃるのでしょうか」


「街道博君に用はないんだ。僕はサミエドロに用がある」


「ッ…バクに何か?」


「話が早くていいね。あの子お荷物だから、引き取ってほしくて。一緒に来てくれる?。街道博の人生は捨てることになるけど」


「…わかりました」


「それじゃあまず目覚めておいで」











 屋敷に放置されていたサミエドロの骨々が宙に浮き、風に乗って窓から外へ飛び出し町へと旅する。町の中腹辺りでそれは静かに地面に舞い降り、足から順に組立って行く。

 骨格が元に組み直されると、脳が初めに戻った。



 目が戻って直ぐに瞼を開くと、自分の手も足も何もかもが骨になっていて戸惑った。腹を見て徐々に臓器が復元されていることを考えると、一度イブ02の血で死んだ俺の肉体が逆再生のように戻っていっているのかもしれない。

 最後に指の先端の皮膚が戻ったところで、一息つく。身体を動かしてみても痛みや軋みなどは感じられない。

 やっと辺りの様子を見る余裕が出来た。もうここはさきほどまでいた世界ではない。

 かつて何度も足を運んだ見慣れた町の一角だった。

 周りに寝転ぶ人たちはみんな眠っている。さっきまでいた世界はやっぱり夢だったのだということを実感する。

 見渡しても死神様はどこにもいなかった。

 今度こそ、もう二度とこの景色を見れない気がして、少し歩くことにした。



「ここは…」



あの本屋だった。店内で横たわっている店主はもう永眠している。まだ温かい手には昔自分があげた杖が握られていた。

 町を出て森を抜けると、懐かしい花畑に出た。



「泣いているよ?」


「色々…思い出してしまって」


「最後に思い出の場所を回れてよかったね」



俺の白骨死体は屋敷にあったはず。きっと死神様が気を利かせて町まで俺の骨を運んでくれたのかもしれない。



「バクは今どこに?」


「焦らなくてもバクはどこにも行けないから、今はゆっくり感傷に浸るといいよ」



 あの時とは随分と変わってしまった。花畑は荒れ、動物や虫の生命力を感じられない。



「あらら。この蝶は全然寿命が残ってる」



歯型のついた片羽を痙攣させ土の上で弱々しく呼吸していた蝶を、死神様はそっと拾い上げて片手で優しく包み込む。

 その手を開いた途端、元通りになった羽で蝶が中空へと羽ばたいて行った。



「魔法みたいですね」


「君が思っているほど煌びやかなものじゃないよ。こうやって本来の寿命で死んでいない生き物は一匹一匹生き返らせなきゃいけない」


「死神様はそのようなこともなさるんですね」


「イメージ通りじゃないのが死神さ」



まるで昔からの友人かのように彼は接しやすかった。初めは自分と同じで人間ではないから、身体が抵抗を示さないだけだと思っていた。だけど多分この心地よさは彼しか持たない独特の雰囲気のおかげだろう。

 安らかに死んでいくような、そんな空気感が彼の視線や声から感じられる。



「はい。君はあと十年」



死を司り恐れられるはずの彼に、生き返った生き物たちがすり寄って離れない。



「好かれていますね」


「困っちゃうよね。寿命が来たらこの子たちの命は有無を言わさず神々が食べちゃうのに」


「いつも貴方一人で?」


「死神は一人しかいないからね」



寂しくないのかと尋ねると、死神は伏し目がちに微笑んだ。



「君とは精神力が違うんだよ、サミエドロ」



 屋敷に入ろうとするも、扉には鍵がかかっていた。ここを火r飼う鍵を自分はもう持っていなかった。



「この鍵かな?」



昔バク用に渡した合鍵の束を彼はポケットから取り出した。



「開いたよ」



中は誇りっぽかった。バクは掃除をしたことがないから、俺のいなくなった後その術を知らないあの子だけになった屋敷がこうなるのは当然か。

 バクの部屋へ向かうと、本棚には懐かしいものが並んでいた。埃を被っていない本はバクのお気に入りばかりで、それはどれも破れたページや歯形があった。



「これ…」



見知らぬ本があることに気がついた。この本棚にある本は全部俺が買い求めた物だから、勘違いではない。この本は見たことがない。



「君の家を改造したくはなかったんだけど、ごめんね。緊急だったものだから」



その本の背表紙を人差し指で撫でるように押し込むと、本棚が足場ごと回転して知らない場所へと放り出された。



「ようこそ天の国へ」

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