BAKU
EPISODE 1
「俺はサミエドロ。お前は弟のバクだよ」
第二の新生物は生まれた。
「…バク」
瞬時に理解できた。この子は自分よりも物事の習得速度が速いだろう。
自分でさえ、イブが死に研究者たちが化け物になるまでの間は言葉を上手く認識し理解は出来ていなかった。
血液βにそんな修正は加えていないため、これは単にこの子の個性なのだと判断する。
「そう。お前の名前はバクだ」
「サミエドロ。…違う。兄さん」
「そうだよ」
推定年齢、十歳。
優しい栗色の髪に朝焼け色の瞳。その瞳の中には時々流れ星のような煌めきが絶えず降っていた。
「おはよう兄さん」
屈託なく笑うバクに、自然と頬が綻ぶ。
「おはようバク」
バクとの穏やかな日々はサミエドロにとって唯一の救いだった。
もう一人じゃないという孤独からの解放に胸を躍らせていた。
彼はバクに自分と同じつらい思いをさせないように、自分たちが人間ではないことを秘密にしていた。
研究所も売り払い、人気のない自然豊かな森の奥に屋敷を建ててふたりで暮らした。
「兄さん兄さん」
「そんなに引っ張ったら危ないよ。いつも言っているだろう。試験官の中身がこぼれたら…」
「大変なんでしょ?、わかってるよ」
「わかってるならやめなさい」
「ごめんなさい」
「それで、何かあったのか」
「本を読んでほしいんだ」
「わかったよ。すぐに行くから部屋で待っていなさい」
バクは自分のように完璧に作れたわけではなかった。その為に爆破致命的なまでに体が弱かった。
なぜ人間がここまで自分を完璧に作れたのかは研究を続けてもわからないままだった。
しかし、体を弱く作ってしまった贖罪になったというわけではないが、サミエドロが創った血液βは初めからバクを感情豊かにしていた。
そのためバクはよく笑い、よく泣いた。
病弱で歩くことさえままならないバクを見ていると今すぐにでも代わってあげたかったけれど、一方で自分と違い感情を最初から持ち合わせているというのにはほっとしていた。
「どれを読んでほしいんだ?」
「これ」
バクを膝の上に座らせ、ページをめくる。
「これを読み終えたら新しいのを買ってよ」
「前からほしがってたあの図鑑はどうしたの」
「あれはもう読み終わったよ」
「もう?」
バクは柔らかい茶髪を揺らして振り返る。
「全部暗記しちゃったよ。他に出来ることもないしね」
バクは動くと直ぐに苦しくなるからと言って、部屋で本を読んだり屋敷の前の花畑で花輪を作ったりと大人しく過ごしていた。
わがままではあったけれど、決して走ってみたいだとか町へ行ってみたいなど俺を困らせるようなことを要求してこなかった。
俺に心配をかけまいとしている様子を見ていると、何とも言えない気持ちになる。
バクの優しさに触れ、バクと一緒に過ごしていくうちにサミエドロは彼から色々な感情があるということに気づかされた。
バクは虫の死骸を見れば涙を流し、新しい花を見つければこれでもかというほど頬を綻ばせて喜び、動物に話しかけてはよく笑っていた。
感情をあまり知らない俺が創り出したバクがここまで感受性豊かな子に成長したことに驚きが隠せなかった。
そのことについて、というより自分たちや人間についての研究をサミエドロはいつしかやめていた。
サミエドロはいつの間にかバクの病気に効く薬や、人間の為になるような研究をしていた。
「兄さん。僕もう寝るね」
「もうそんな時間か」
書斎で頭を悩ませていると、いつの間にか目の前にバクがいた。
「体、大丈夫なのか」
「うん。今日は薬が上手く効いてるみたい」
「よかった。調合を少し変えたから。これからはその薬を飲み続けるんだよ」
「わかった」
バクは自分の隣まで来て、書き物を覗き込んできた。
「これは何のレシピ?」
「レシピじゃないよ。設計図だ」
「設計図?」
「本屋の店主のおじいさんが足を悪くしたんだ。本人は眺めの木の枝でいいって言ってるんだけど、いつもよくしてもらってるから。彼のためになるべく負担のかからない杖をと思って」
「そっか。そのおじいさんきっと喜ぶね」
「…そうだといいな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます