主従旅記

請太

主従旅記

序章

 契約を交わした時、自分の没年を知った。

 俺が死ぬ間際まで、この小さな魔物が離れず、傍にいる。それを一息に知った瞬間が、契約の成立だった。

 それは一息に忘れたことでもあった。あとには主人あるじとなった自分と、従僕しもべになった魔物が、主従として取り残されていた。

 ──サワタリにとっての主従契約の顛末とは、こういうものだった。


***


 モモは大冒険を終えたのだった。

 複雑怪奇な迷宮ダンジョンの攻略。数多の魔物なかまとの殺し合い。自らの血を献げることが鍵となっていた宝箱の謎を解き。壮大な冒険を終えモモが手にしたのは、秘宝『従魔の珠ヴィンクルム・ラピス』。

 この秘宝アイテムは、その名のとおり、人と魔物に従魔契約を結ばせるという効果がある。調教テイム──魔物を従属させ、使役する能力スキルを持つ人間は、たいへん希少だった。その類いまれなる調教師テイマーでなくとも、このアイテムさえあれば、誰でも、どんな魔物でも調教できるのである。

 夢にまでみた秘宝を、大事に握っていた。三つの指で掴んでいたそれを、かれの胸に押しつけて。

「おれを、あんたの従魔にしてくれないか?」

 モモはそう云った──つもりだった。だが、口から溢れてきたのは、言葉でなく血だった。艱苦の大冒険で、精も根も尽き果て、モモの体はぼろぼろだった。腹の中が破れてしまっているらしい、口から出る血が止まらず、それがかれの服を汚した。モモは骨の剥きだしになった指をまるめ、汚したところを拭く。だけれどまた血を吐く。汚す。拭いても拭いても取れなくて、泣きそうになる。

「俺にはおまえの言葉が聞こえない」

 服がいくら汚れても、かれはモモを抱いて落とさない。その胸に、ぐいぐいと珠を押しつける。

「これを使えと云っているのか? 回復アイテムか……見たことがないが──まあ、俺はものを知らないからな」

 ちがう。従魔の珠だ、と云おうとしたが、また吐血で言葉にならない。 

「もう喋るな。おまえの口から出ているのは血で、声じゃない」

 おれの血で汚れたかれは、それをいっこう気にする様子はなく。僅かに首をかたむけると、腕の中のモモを見る。お云い募ろうしたモモを遮るよう、かれは、ついにその手に、従魔の珠を受けとってくれたのだ。

「綺麗なものだな」

 おれを、あんたの従魔にしてくれ。云いたかった。云えなかった。モモの、血まみれの口はふさがれていた。もう喋るな、と繰りかえすかれの頬に、頬をすりよせる。

 とたん、珠がうつくしいブルーに輝きはじめた。やがて珠は光りそのものになる。光りは綺麗に半分に割れ、半分はモモに、もう半分はかれに降りそそぐ。

 そして、光りが一つ残らずモモとかれのなかに融けた時──ふたりの間に従魔の契約が結ばれたのだ。

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