第6話 十一月七日はいい女の日(伊藤家シリーズ)
美しくなりたい女性を応援する日として制定。
いい(十一)お(〇)んな(七)の語呂合わせから。
「ほら見てみろよ、この女優さん、ホント綺麗でいい女だよな」
リビングで一緒にテレビを観ていたら、夫が私の気持ちを逆撫でするようなことを言ってくる。
確かにテレビに映る女優さんは綺麗だ。それは間違いない。でも彼女たちはその容姿が商品なので、お金を掛けてそれを維持している。
私だって昔はよく綺麗だと言われてた。結構モテたし、自分の容姿にも自信があった。でも、今は歳も取ったし、子供も二人産んで体型も変わってきた。しかも美しさを維持する為に使うお金など全く無くて、ほったらかしだ。
お金があれば、エステにも通いたいし、ジムとかにも行ってみたい。またいい女と言われたい。そんな私に対して、女優さん見ていい女だなんて。あんたに甲斐性があったら、私ももっと綺麗でいられるのにと思ってしまう。
「お母さん、明日の部活でユニホーム使うから出しておいて」
その時、中学生の次男が子供部屋から出て来て、能天気な調子でそう言った。
「いちいち私に頼まなくても、いつもの所にあるでしょ。いい加減子供じゃ無いんだから自分で考えて用意してよ」
苛立っていた私は、つい次男に八つ当たりしてしまう。
「なんだよ、いつもしてくれているのに、そんなに怒らなくて良いだろ。顔にしわが出来るよ」
顔にしわと聞いて、私はカチンときてしまった。
「そんなにしわの無いいい女が好きなら、この女優さんをお母さんにすれば良いじゃない! 私だって若いころはもっと綺麗だったし、今でもエステとかに行ければもっと綺麗になれるんだから!」
私は普段のうっ憤を破裂させたようにまくし立てた。
言うこと言って落ち着いた私が二人を見ると、ぽかんと呆れたようにこっちを見ている。
「……お母さん……どうしたの?」
「だってあんたが、しわが増えるって言うから……」
「そんなの冗談に決まってるじゃん。だって、友達みんな、綺麗なお母さんで羨ましいって言ってるのに。俺自身も自慢のお母さんだって思っているよ」
「えっ、そうなの……」
初めて聞く話なので、私は驚いてしまった。
「俺も余計なこと言って悪かった。そんなに気にしているとは思わなかったんだよ。だってお前はいつも綺麗だからな」
「ええっ……」
私の容姿のことを褒めたりしない夫が、こんなことを言うのは初めてだ。
「それに綺麗なのは昔の話じゃないぜ。お前は今が一番綺麗だよ。綺麗を日々更新し続けているんだ。俺だって会社で自慢しているんだぜ」
普段は絶対にこんな上手なことを言わない二人が、揃って褒めてくれた。私は喜ぶより先に混乱してしまった。
「ちょっと待って、ちょっと考えさせて」
私はとにかく一旦、気持ちを落ち着けようとした。
もうこんなこと二度と言ってくれないかも知れない。このチャンスを逃してなるものか。
「とりあえず録音するから、もう一度言ってみてよ」
私はスマホを持って、二人に差し出す。
「ええっ、あんな恥ずかしいこと二回も言えないよ」
「そうそう、あれはお前の心の中に録音しておいてくれよ」
「ええっ……ケチね。恥ずかしいどころかカッコ良かったよ」
私がお願いしても、次男も夫ももう一度は言ってくれなかった。でも良いか。二人にとっては、綺麗な母であり妻である、いい女なんだから。
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