第3話 十月十一日はウィンクの日(Jkトリオのシリーズ)

 一〇と一一を並べて見ると、ウィンクをしているように見えることから。

 女子中学生の間ではやったおまじないで、この日、朝起きた時に相手の名前の文字数だけウィンクをすると、片思いの人に気持ちが伝わる……のだそうだ。



「おはよう、凛子(りんこ)ちゃん。今日はウィンクの日って知ってる?」


 一緒に通学している依里(より)が、待ち合わせの場所に来るなり聞いて来た。

 私、霧島凛子(きりしまりんこ)と桜田依里(さくらだより)は小学校に入学してから高校二年の現在まで、ずっと同じクラスという奇跡的な縁の親友だ。


「おはよう。今日はウィインクの日だったの。知らなかったわ」

「今日はね、朝起きた時に好きな人の名前の文字数だけウィンクすると気持ちが伝わるって日なのよ」


 私は、えっ? っと思って思考が停止してしまった。


「だから私は朝起きた時に、彰君に気持ちを伝えようと、「あ」「き」「ら」って三回ウィンク……」

「ちょ、ちょっと待って、ちょっと待ってよ。それって今日の朝するんだよね?」


 私は依里の話を遮った。


「朝って言うか、起きてすぐだよ」

「えっ、えっ、じゃあそれって、私はもう手遅れじゃないの?」


 依里はようやく、アッと気が付いたような顔をする。


「凛子ちゃんやってなかったんだ……」

「だって知らないし! そんなマイナーな記念日なんてチェックしてないよ。どうして昨日言ってくれなかったの?」

「だってウィンクの日は今日だから、今日話せば良いかなって……」


 依里は天然なので、こんなことがよくある。長い付き合いだけど、いつまで経っても慣れずに呆れてしまう。


「もう私だってヒカル君に気持ちを伝えたかったのに……」


 ヒカル君はクラスのカースト最上位の男子だ。もちろん私と釣り合う相手でないことは理解している。でも好きな気持ちは止められないので、こんな下らないおまじないにでも縋りたい気持ちなのだ。


「ごめんね。でも直接ヒカル君に向かってウインクしてみれば良いんじゃない。今日はウィンクの日なんだから」

「それって何か根拠があるの? 何かに書いてあった?」


 依里の安易な提案にイラっとした。


「いや、そうじゃないけど……」

「じゃあ意味ないじゃん!」


 別に依里が悪い訳じゃないんだけど、私はキツイ口調で八つ当たりをしてしまう。



 クラスで私の席は、中央よりの一番後ろ。横にはくじ引きで席を決めたのに、当たり前のように依里がいる。ヒカル君は斜め前の席で、私はいつも彼の後姿ばかり見ていた。


 今日も授業中にヒカル君を見てたら、彼が後ろの席の男子に用があったのか、振り返った。その瞬間、私の頭に依里の言葉が甦る。あの時は否定してたのに、私はこっちを見て欲しくて、ヒカル君に向かって必死でウィンクする。

 その必死さが通じたのか、ヒカル君が私に気付いた。

 だが、彼はギョッとしてまた前を向いてしまった。



「凛子ちゃんのウィンクが効果あると良いね」


 昼休みになり、一緒にお弁当を食べていると、依里が嬉しそうに言ってきた。

 げっ、気付いてたんだ。それもそうか。あんなに必死に何回もウィンクしてたら、横に座る依里も気付くか。依里、怒ってるのかな……。

 だが依里は特に私を責めたりしなかった。意味ない言ってた癖に、ヒカル君にウィンクした私に腹が立たないんだろうか。


「うん、でもヒカル君ギョッとしてた」


 私は依里が怒ってなさそうなのを幸いに、素直に謝らず冗談で誤魔化す。


「凛子ちゃん怖い顔してたからね。驚いたのかも」


 キツイことをズバッと言われたけど、依里に悪気がないのは分かってる。それに私も謝らずに冗談で誤魔化したので怒れない。



 放課後になるとすぐ、依里は用が有ると言って教室を出て行った。私は日直だったので、一人でゴミを捨てに行く。


 ゴミを捨てて体育館と校舎をつなぐ渡り廊下に戻って来たら、校舎側からヒカル君が友達と歩いて来た。たぶん部活に行くんだろう。

 その姿を見て、私は体育館建屋に逃げてしまった。怖い顔でウィンクしていたのを思い出して恥ずかしくなったのだ。しかし、冷静に考えると、ヒカル君はバスケ部でこの体育館建屋に向かっているんじゃないの?

 そう考えた時に、ヒカル君が友達と建屋に入って来た。私は咄嗟に、目立たぬようにドアの陰に隠れた。


「しかしさっきの女、変な奴だったよな。お前に『凛子ちゃんがウィンクしたら、ウィンクを返してあげて』って、意味わからんよな」

「あれ、クラスの桜田って奴だ。凛子は奴の友達で、そう言えば授業中に怖い顔してウィンクしてたな。あんな女にウィンクし返せって、何の罰ゲームだよ」


 二人は私たちを馬鹿にして笑う。

 依里……用が有るって、私のことを頼みに行ってくれてたんだ。私は八つ当たりして謝っていないのに。


「あの桜田って女は天然でさ。いつもボケかまして笑われているんだぜ。ホント変な奴だよ」


 私は堪らなくなって、ドアの陰から飛び出した。


「その発言、取り消してよ!」


 私は下駄箱で靴を履き替えている二人の背中に怒鳴った。


「あっ、霧島……」


 ヒカル君は私の姿を見て驚く。


「さっきの酷い発言を取り消してよ!」


 もう一度私は怒鳴った。多分凄い怖い顔をしていると思う。


「あっ、いやだってあんな顔でウィンクされたら……」

「私のことはどうでも良いの! 依里が笑われてるとか、変な奴って発言を取り消して! 依里はね、素直な優しい良い子なの。あんたたちみたいに陰で悪口言って人を貶めるようなことはしない。依里のことを笑ったら私が許さないからね!」


 私の剣幕に押され、二人は「ごめん」と謝る。私は興奮したまま体育館建屋を出て、鼻息荒く教室に戻る。


「あっ、凛子ちゃん!」


 教室に帰ると、依里が待っていてくれた。


「依里、ありがとう!」


 私は泣きそうになりながら依里に抱き着いた。


「朝は意味ないって八つ当たりしてごめんね」


 続いて朝のことも謝る。


「い、いったい何のことなのよ」


 依里は私がお礼を言ったり謝っている意味が分からず困惑する。


「あっ、そうだ。凛子ちゃん、もう一度ヒカル君にウィンクしてみたら? 良いことあるかもよ」


 依里は私から体を離して、嬉しそうに話す。


「ありがとう。でも良いの。もうあんな奴好きじゃなくなったから。私は依里が居てくれたら良いの」

「ええっ……どうしたのよ凛子ちゃん……」


 依里はますます困惑の表情になる。

 今回のことで好きな人はいなくなったけど、私は凄く満足してる。だって私にとって依里が一番の友達だって本当によく分かったから。

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