21.影
21.影
『お母さま。物事を決めるときの正解ってなぁに?』
商会の資料を両手で持ちながら隣にいた母に問いかける今より少し高い声。
『そうね。全てのことに正解は無いが答えかしら』
『そうしたら決められないわ』
『例えばよ。母さんにとっての正解とルミーの思う正解って同じだと思う?』
カルミーユは少し考え母を見上げた。
『お母さまの心が読めないもの同じかどうか分からない』
『ね?この屋敷や商会にいるみんなの正解って似てる時もあればやっぱり違う時もあるものなのよ』
『私はどうやって決めれば良い?』
『そんな時はね――』
「お母様……」
掠れた声と共にカルミーユの目尻たまった雫が流れる。夢だと分かっていても会えた事に嬉しさと寂しさが自身の胸を満たした。
「正解……ね……」
昨日フリージアの育った孤児院であった出来事。カルミーユの独断と強行で彼らを雇い入れた事に後悔はしていないが、リト少年の言葉や貴族に怯えていた幼い子達の姿が胸に残った。
「東の地にいる人達もあの子達みたいに色んな事を抱えているのよね……」
告発した事で、救われる人が居ると同時に、路頭に迷う者もいるかも知れない。不正を正すことは過ちでは無いが、関わる人が多ければ、1つ1つの糸が複雑に絡んでいく、それを1つ1つ解いていくのも大切な事なのだろう。
「向こうに行けるようになったら沢山の声を聞けるように頑張らないと」
「人を知るには対話から」母の教えである。対話したくとも不可能な人達もいるわけだが――
***
人が1人半通れるくらいの薄暗い通路は、目を凝らして先を見れば幾重か枝分かれしている。先導してくれている者に遅れを取らないように歩くこと数分――
(眩しい)
何度か瞬きを繰り返して、目が明るさに慣れてくるとたどり着いたのは見知った学園長室だ。違うのは人の多さだろう。皆ローブを羽織っている。
「おはよう。カルミーユ君」
「おはようございます。学園長」
「とりあえず簡潔に言えば、ここにいる人達はみんな影だよ。ティア痛い……耳がちぎれる」
カマドの耳を容赦なく引っ張ったのは、隠し通路を先導してくれていた特待生寮の寮母マネッティアである。
「適当にしないの」
「自己紹介は各自でするんだし、1番分かりやすいだろ?」
「よくそれで学園長やってるわね……」
全身で呆れているのを隠しもしないマネッティアに対し、カマドはいつも通り楽しそうに笑っている。それを眺めていたカルミーユは、己に向けられている幾つもの視線を感じ、スカートを軽く摘み、軽く腰を落とす。
「カルミーユ・フォンテーヌと申します。至らぬ事が多いとは思いますが、皆様どうぞ宜しくお願い致します」
「嬢ちゃん気楽に話してくれ、俺たちはこれから共に戦い守っていく仲間だ。上とか下とかねぇし、ここに居る大多数は俺を含めて貴族でもなんでもねぇから逆に嬢ちゃん不快にしちまうかもしれねぇんだが……」
本来の出入り口に寄りかかって立っていた男が頬を掻きながら言った。かなり体格が良く、強面の熊にも見えなくは無い。
「身分を気にしては、本当の意味で人と人が出会う事は出来ませんわ。私とも気兼ねなく話して頂けたらと」
カルミーユの言葉に男は、目尻を和らげた。
「了解。表では冒険者をやっているラークだ。まぁそこそこ強いと思う。まぁ困った事があれば遠慮なく言ってくれ!あ、呼び捨てでいいぞ」
最後は思い出したかのような言い方に、目を瞬かせたカルミーユは、彼の意に沿う事にした。
「では私のこともお好きに呼んで下さいな。ラーク」
「当分嬢ちゃんって呼ばせて貰うよ。陰で使う名前は相棒と考えた方がいいからなぁ」
「そうなのですか?」
「あぁ情報は全員が共有するけど、相棒と行動する事が多いからな統一した呼び方の方が、別の人物として認識されやすいんだ。特に嬢ちゃんは元々が
最後の言われた言葉の意味が、理解出来ずカルミーユは首を傾げた。すると直ぐ近くで笑い声がした。
「フォンテーヌ嬢。先ずは座って下さいな」
「ヤマブキさん?」
「先週ぶりですね。お変わりないようで何よりです」
カルミーユをソファーへとエスコートしながら挨拶をしたこの男は王都の商業ギルド職員だ。フォンテーヌ商会も利権の手続きなどで、何度も世話になっている。
「影だったのですか……」
マネッティアの時にも思ったが、本当に分からないものだという驚きが、混じった声でカルミーユは無意識に問いかけていた。ヤマブキは悪戯が成功したかのように笑みを深くした。
「はい。私は陰でもヤマブキのままなので、いつも通り呼んで頂けたらと、区別がつきにくいのであれば、影の時はヤマと呼んで下さい」
影間では敬称は付けずに呼び捨てが基本らしい。これに関してはカマドが「僕らは運命共同体みたいなものなんだよ。何かあってもみんなで共に背負うし補う謂わば家族や兄弟みたいな物だよ。だから畏まった言い方はしないようにしてるんだ」と言ったので、カルミーユは言われた名の呼び方を覚えていく事にした。そこでふと疑問に思う。
「呼び名は変えなくても大丈夫だという事ですか?」
「人によって様々です。まず影は表立って動く事は有りませんが、請け負う任務形態は様々です。王宮や学園にいる彼方の方々は基本王都から動く事は有りませんが、大抵の影は国内外各地で情報を集めたり、調査をしたりします。なので迅速に動けるように、ギルド職員や冒険者など素性を詮索されずに検問等を行き来き出来ように、影の大半は何かしらのギルドに席を一応置いているのです。そこにいるラークのように冒険者のみやっている人も居ますし、ドマやティアみたいに両方を取る人も居ます」
(えっ!学園長が冒険者!?)
カルミーユが驚いてカマドの方に視線を向ければ、考えている事が分かったのだろう拗ねたように頬を膨らませた。それが妙に様になっているのが不思議である。カマドは護衛するよりされる人が似合う人間なのだから仕方がない。あと普段の様子からとても冒険者には見えない。
「私の場合は学園長としてのカマドって名前が知れ渡ってるからね。冒険者と影ではドマって名乗ってるんだよ。これでも少しは戦えるんだからね!相棒はティアだよ。怒らせると口より手が先に出るのが困るんだよねぇ」
「危険な罠にも気が付かずに突っ込んで行くからでしょ?物理で止めた方が早いじゃない」
「罠?」
カルミーユが首を傾げると、ヤマブキが苦笑しながら言った。
「冒険者にも色んなタイプがいるのですが、その中でもドマは古代の遺跡の調査任務を良く請け負ってるみたいで……」
「古代の人が仕掛けた罠に学園長が?」
室内にいた他の面々が正解だと頷いた。誰かが「ドマと任務をする時は、10歩くらい下がっている方が安全」と補足までしている始末である。言われた本人は不服だと更に頬を膨らませている。本当に違和感がない。
「そんな事より!カルミーユ君にはまずこれ」
これ以上失態を晒されたくないのか無理やり話を切り、手渡されたのは皆が羽織っているローブとなぜか靴だった。
「靴ですか?」
「うん。君の背格好で特定されたら駄目だからね。誤魔化す為だよ。君の成長に合わせて靴の調整をすれば気付かれないよ」
中敷が上底になっている外からは分からないタイプの物だ。持つと見た目に反し驚くほど軽い。靴自体は、戦闘特化の影達が色々注文をつけ作らせたらしい――というのも作った人物も影の1人だからである。実家が騎士団や冒険者に靴を作っている職人で、戦時の最中に影になったが、家業を継ぎながらでもし仕事が出来るのでそのままだそうだ。(
「基本、公の場に出る時も僕たちはこうやって――頭までフードで覆う。このフードは元々大きめに作ってあるのに加えて、口元も基本見えないような作りになってるから顔や表情が見える事は無い。あと公の場で話すのは、王城組の影で、後は控えてるだけだから……下手な事が無ければ身バレは無いかな?けど背格好は中々誤魔化せないからね?どうしようか考えてたところにこの方法を提案してくれたんだ」
そのままでは、後ろ姿で子供だと分かってしまう。カルミーユは同年代の中では小柄ではないがそこまで大きくもない。同じような背格好の人もいるが、特定しようとすればいくらでも出来るという事だ。カマドは続けざまに言った。
「さっきも言ったけど、カルミーユ君はすでに表で目立ってるからねぇ」
「そんなに目立っていますか?」
「うん。当主代理って肩書きがある時点で、大人からは目立ってるよ。それに商会界隈ではやっぱり君も完全に身を隠す事は出来ないだろ?」
商会の大きな取り引きでは、商会長が出なくてはならない場面が多々ある。話す際には注意し、商会を切り盛りしている店主達を中心に話させてはいるが、最終決定権を持つのは、カルミーユなのだから遅かれ早かれ勘づく者はいるのだろう。
「商業ギルドでは、貴女が前当主の代わりに何度も訪れているのを見ていますが、人はたくさんいますからね?」
ヤマブキが困ったように言った。商業ギルドではお使いを何度もしていて気にしてはいなかったが、商人の出入りが激しいのだから人の目は多いという事だろう。
(お父様に任せる事が出来ないし、現在の取り引き内容や取り扱っている商品の事も知らないみたいだし、やっぱり無理よね……母様が出会った頃は、一生懸命にやっている人だったって言ってたんだけど……レオルガ達に聞いても
当時の父に何が起きたかは分からないが、今の父親に任せれば確実に商会が傾くので、結局のところカルミーユが動くしか無いのである。
「嬢ちゃん」
ラークが深く考え込んでいたカルミーユの頭をあやすように撫でた。
「嬢ちゃん家の現状もある程度、俺達は聞かされている。嬢ちゃんがその歳で色んなもん背負っている事。その延長でまた色々増えちまっているが……とりあえず気負わなくていい。分かんねぇなら聞けば良いし、助けて欲しいなら遠慮なく言ってくれ、此処にいる人間は影の仕事を円滑にする為に、表でもそこそこの地位を確立してるんだ。要は使えるもんは使えって話よ!それに噂っていうのは、把握してしまえば、こちらで良いように操作出来るんだ。だから嬢ちゃんは今まで通り思う存分暴れてくれ!」
親指を立てて言ったラークに、この人はまだ子供であるカルミーユを自身と対等に、扱いつつも甘える事を知らないカルミーユに気兼ねなく頼って甘えろと言う。その裏表無く損得の駆け引きもない純粋な優しさにカルミーユは自然と笑みが溢れた。
「ふふ、暴れるのですか?」
「おうよ!今回の件なんて俺らでも難儀する案件だからなぁ〜かなりの手柄なんだぞ?もっと誇って良いんだよ」
これまでにも多々横領などで、摘発された話は何度も聞くが、難儀すると言っていることにカルミーユは驚いた。
「その顔は納得してねぇな?嬢ちゃんから話を聞くついでに、影が何してるのかも話をしよう」
そう言ってラークは、カルミーユが座っている椅子の斜め横に向かい合うよう床に座った。
「ラーク椅子に座りなさいよ……」
椅子があるから座れとマネッティアは顎で示す。
「そしたら嬢ちゃんが俺の事見上げるから首痛めるだろ?これなら目線丁度良いんだよ」
このラークという男は、強面の顔や体格に見合わないくらい気遣いやで優しい性格らしい。彼と入れ替わるように扉付近に立った男が「ラーク、顔の怖さで全てが台無しになってるよ」と揶揄うように言っている。
(もしかしてラークは外の気配を探っていたのかしら?私と話すから役を交代したということ?)
今日は休日なので校舎内に人がいない。けれども警戒を怠らないという点で、彼等が常日頃からそのように生活する場に身を置いているのがよく分かる。それを理解すると窓辺にカーテンが閉じていても何人かが寄りかかっている理由が分かるものだ。座っているのは非戦闘員という事なのだろう。
「じゃあ、まず嬢ちゃんは今回の件、何故調べようと思った?」
「従業員が話していたのを聞いて、違和感を覚えたからです」
「まずそこだ。俺たちも色んなところから情報を集めている。噂なんて色んなところから入ってくるんだ。探すのもしらみ潰しに探して見つけたとしても根源を叩くまではいかないんだよ。けど嬢ちゃんは商人として知識があるから効率よく、そして根源の1つにたどり着いた。掛ける時間の違いが分かるか?」
時間を掛ければ掛けるほど証拠を隠されてしまうのだから被害を最小限にするには、迅速に動かなければならない。カルミーユは1つ頷いた。
「今回の件、商業ギルド、王城の文官等の役職を持っているやつが絡んでいた。小さいものを叩いただけでは、証拠が消されてしまうが、今回根源に近い者たちを一掃できる機会かもしれないんだ」
あの晩に調べ上げただけでもすでに東の地にいた貴族やそれに連なる大きな機関が真っ黒だったのだ。叩けば叩くだけ埃が出るのならそれに越した事は無いという事だ。
「これから行うのは、繋がりを探すという事でしょうか?」
「俺たちも前から追っている案件や今回の事で浮上した怪しい物を集めている所だ。それを君に一度確認して貰おうと思ってな」
「私で宜しいのですか?」
「正直にいえば、貴族だけ、商業ギルドの範囲だけ、冒険者ギルドの範囲だけなら俺たちでもなんとか出来るが、関わりが複雑なら複数の知識を持っている人間が見る必要がある。類似性を見る為にも過去にあった案件も嬢ちゃんに全て覚え貰わないといけないがな……基本相棒とまず調べて、影全体でその真偽をさらに突き詰めるって流れだ。今回は商人や貴族が主だっているからな適任者は嬢ちゃんだ。王城の
「あれは偶々ですわ」
疑問に思って探したら見つかった。ただそれだけである。
「偶然でも運でもそれは嬢ちゃんが引いたものだ。そして嬢ちゃんの武器はそこだ」
「武器ですか?」
「此処にいるみんなだって得意不得意が多少なりともある。だから互いに特性を生かす事にしてるんだ。影を意識してするより普段の生活で違和感や疑問がある時に更に深掘りしていくの気持ちでいたらいい。意識し過ぎると見える物まで見えなくなるからな。妙に思ったら今回みたいに従者に調べさせてもいいし、相棒と相談するのも手だな。ただし絶対に1人で動こうとするな」
「命の危険があるからですか?」
「それもあるが、嬢ちゃんは利用価値があるからな」
カルミーユは、最近何処かで同じように言われたような気がした。
「利用価値……」
「嬢ちゃんはでかい商会を抱えてる家の人間だ。嬢ちゃんみたいに商会や屋敷の人間との関係が親密だと、それを人質に捉えられたら言いなりになるしかないだろ?悪い事する奴は、卑怯だと言われようが汚い手を平気で使うんだ。それに嬢ちゃん狙ってるのは、普通の貴族でも多いんだよ」
「下位の貴族である私を狙うですか……」
「嫌な言い方をするなら手っ取り早い方法で、嬢ちゃんと婚姻関係を結ぶ。そうすれば、後々商会を乗っ取れるからな……んな顔するな……ごめんなぁ〜驚かせるつもりは無いんだ。嬢ちゃんは必死に生きてるだけだからそのままでいいんだよ。ただ自分を大切にしてくれ、自衛を覚えるんだ。分かるな?」
カルミーユは静かに頷いた。ラークは優しく言葉を噛み砕いて説明してくれている。
(お母様の事を目の前で見ていたのに、言われるまで自分がそうなる可能性を考えて無かったわ……)
ふと今朝の夢を思い出す。
『当主として直ぐに決断を強いられる時は沢山あるわ。数えきれないほどね。けれど何が最善かを選ぶのに時間に少しでも猶予があるのなら今出来ることを増やしなさい。自分への選択肢を増やすと言う事は、その時の正解を導く力になるわ。だから沢山のことを見て聞いて、沢山の人と対話をしてごらん。そこから得られる学びが1番大きいのよ』
(今私が出来ること……)
カルミーユは、ラークの顔を真っ直ぐに見つめた。
「あの、元より狙われているのなら逆手に取って私が、成人までの間に餌として動くというのはどうでしょうか?」
「嬢ちゃん自衛って知ってるか?」
ラークが呆れ顔でカルミーユを見る。それが己の従者達に「また何かしでかしたのですか?」と言われている時の顔と重なる。ついでに言えば、脳内で「お嬢様!!またですか!」という幻聴も聞こえてきた。
「知っていますわ。情報をこちらで誘導出来るのでしょ?学園は王都の縮図のような場所です。貴族主義や派閥同士の対立が既に始まっているのですよ。フォンテーヌ商会は名だけは大きいですもの。勢力を増やしたい保守派の方々の接触が増えているのはいますし……」
「ドマから聞いてはいたが、やはり酷いのか?貴族主義の起こしている行動は」
これに答えたのはマネッティアだ。
「寮内に住んでる子達は、至って平和そのものよ。自身の研究に打ち込む子が大半だし、なんなら互いに協力しているわ」
「それ聞いてると貴族主義って、暇人のボンボンが威張ってるだけか?」
「「「否定はしない(しません)」」」
ラークのなんとも言えない顔を見て、カルミーユは苦笑する。
「学園内では、宰相であるダル様のお孫さんが目立ってます」
「フォンテーヌ家は、爵位は男爵だもんなぁ〜古参の伯爵家が目立つってことか?」
「そうです。私の事は精々大きな商会の跡取りという認識でしょうかね?まぁ元々商会では多少なりとも目立つのは覚悟していたのです。婚約云々はすっかり抜け落ちていましたが、要は
「嬢ちゃん本当に7歳か?」
自らを餌にして獲物を呼び寄せる提案を普通の7歳はしない。そこら辺の貴族や商人なんなら冒険者より肝が据わっている少女を見ながらラークが呆れ半分で問えば、カルミーユは不敵に笑う。
「これでも前当主の補佐として2年、当主として4年過ごしてますのよ?後今思いついたのですが、私が影として過ごす時に、男装するのはどうでしょうか?」
「確かに、それなら嬢ちゃんを特定されにくくなるが、身体つきがこれから変わるぞ?そこの対策も考えないといけないな」
「男装とそうでない人は、直ぐ分かってしまいますか?」
「嬢ちゃんがそこら辺にいる街娘の格好して歩いてたとして、歩き方とかそういったので直ぐ貴族だってバレるかな」
「立ち居振る舞いも男性らしくという事ですか……」
カルミーユの周りの男性は、商会員という仕事上、丁寧に優雅見えるよう振る舞うのが身についている。だから男らしいを身につけるのは中々に大変な事なのでは?とカルミーユが遠い目する。
「どちらにせよ。嬢ちゃんが俺らといる時に、些細な貴族感を消せるようにならないとなぁ〜いっその事口調変えてみるか?王宮では話さなくても良いけど、嬢ちゃんの場合は演じ分ける事が必要かもしれんが出来そうか?」
「使用人として紛れるのなら何の問題も無いのですが……男性の振る舞いはした事が無いので参考になりそうな人が入れば良いのですが……」
「……なぁ嬢ちゃん」
「はい?」
「何で使用人になるのは、問題無いんだよ」
(些細な言葉すら拾うのは、さすが影と言ったところかしら?お爺様の教えにあったわね「商機を得るには慎重かつ時には大胆に――」)
どう答えるべきかカルミーユは少し考え、結局ありのままを伝える事にした。
「屋敷で父達がいる時は、使用人として暮らしてますので……」
「「「「は?」」」」
室内にいた全員の声を合わせると小声でも響くなぁと呑気な事を考えながらカルミーユは言葉を続ける。
「父に『貴族だからと言ってお前が怠けるのは良く無い。これからは身の回りを全て自分でするのだ。使用人の助けを借りるのも禁止だ』と言われまして、部屋も妹に譲りましたの。元々母の世話をしたくて従者の背後をついて回っていたので、一通りの事は出来ましたし、今の部屋は従者達と近いので、仕事が円滑に進むのは気に入っていますわ」
使用人が住まう階層には父達は決して入らないので、静かに仕事が出来るというものだ。現在の自室については、正確な場所を言わなければ良いのだ。従者の近くという言葉で、普通に浮かぶのは陽当たりあまり良くない部屋の一つくらいだ。まさか使用人と同じ階層にいるとは思わないだろう。
「まぁ父達の給仕は私がするのが、
「カルミーユ君の従者よく怒らないね?」
「僕その話聞いてないよ!」と盛大に驚いていたカマドの率直な疑問だ。当主が理不尽な目に遭うのを黙っている従者は、よっぽど嫌われていない限りまず居ないからだ。
カルミーユは、静かに目を伏せて言った。
「私を守ってくれているのです。従順にしていれば、父達は何もしませんから……まぁ父達の目を盗んでは手助けしてくれています」
フォンテーヌ家の従者と商会員達は皆過保護なのだ。
カルミーユを1人にしない為、静かに守ってくれている彼等には感謝し足りないくらいだ。
「なるほどね。普通はそういった事って、噂程度に流れるもんだが、フォンテーヌ家ましてや嬢ちゃんの事に関しては不思議とねぇからなぁ〜嬢ちゃんの事を本気で守る為に、従者は範疇超えた技量持って、嬢ちゃんは嬢ちゃんで当主なのに使用人スキルを磨いちまったと」
「そうなりますね……なので従者達だとあまり見本になりません」
話しながらラークは、正しくそして静かに行われたカルミーユの駆け引きに内心舌を巻く、この話がフォンテーヌ家から全く出ないという事は、秘匿されている事実だ。ラーク達を試し見極めたとしても平然とこの場で自身の足枷になる事を言ってのけた。何も隠さずそこに提示されれば、こちらに絶大な信を置くと言ったも同然、ならこちらもそれに応えるのが仲間というものだろうとラークは思う。
「そうだわ!」
手を叩く音がしてカルミーユが、ラークから音の方へ視線を向けるとマネッティアがこちらをキラキラした目で見ていた。その視線が見知った誰かと重なる。
「良い事思いついたわ!ドマ、紙と書くもの!ロドリー今から言うからデザイン書き起こして!」
興奮気味に指示を出し始めたマネッティアに、意図が分からずカルミーユとラークは互いに目を合わせ首を傾げる。
「カルミーユさんの男装で思いついたのよ!影の時は男性物の制服の上にローブを着るのよ。ローブ長いから気にしてなかったのもあるけど、ついでに私達も影の制服も作って、色はローブと同じ黒で……そうすれば、みんな同じ格好をしてるから背格好が似てる人が近くにいれば誤魔化せると思うのよ。歩き方とか誤魔化せない部分だけ、練習すればそれなりに誤魔化せるわ。いっその事、暗部の歩き方真似るのも1つの手かも足音立てず気配を消す方法は覚えて損はないわ。それとは別に冒険者用の服、中性的なイメージで、商会で冒険者ギルド以外なら大分出入りしてるだろうから調査任務で動くとしたら出入りしてない冒険者ギルドが適任ね」
大抵のギルドと取引があるので、身バレ防止の為である。
「まぁ嬢ちゃんの相棒は確実に登録するだろうからな」
「ラークは、知っている方なのですか?」
カルミーユはまだ相手について何も聞かされていない。
陛下曰く先入観なしに会って話した方がいいとのことだ。
「遠目に見ただけだが、数年しない内に武力だけで言えばこの中で1番強くなるだろうな……嬢ちゃん含めて新入りコンビは規格外……」
ラークが突如黙り込んだ。カルミーユを含め影達は何事かとラークを見ると険しい顔をしている。
「嬢ちゃん……」
「はい」
「些細な事でも動く時は、相棒と含めて俺たちの誰かに必ず報告しろ」
カルミーユだけでなく、強いと言われた相棒となる人物もと言われると首を傾げる。ラークは至極真面目な声で言った。
「嬢ちゃん達は、厄介ごとに好かれる体質なんだと俺は思う」
「厄介ごとに好かれる?」
「大まかに分けて3つのタイプがいる。ドマみたいに動くだけで周りを無意識に巻き込む奴、意図的に誰かを巻き込む奴、宰相はそれだ。そして何もしてなくても気がつけば厄介ごとの渦中に巻き込まれている嬢ちゃんみたいな奴な」
若干腑に落ちないが、妙に納得してしまう。最近の学園生活はまさにそれだ。厄介ではないが巻き込まれている。
「嬢ちゃんらが、調査に当たってどういった行動をするのか事前に分かれば、2人で行動するのか俺たちの誰かも一緒に動くか決められるからな。あと、心に少しでも引っ掛かりとか違和感があったり、これ以上は駄目だと思ったら一旦引くんだ。体制を立て直すもしくは人員を入れ替えるって方法も取れる。深追いだけは絶対にしたらいけない。嬢ちゃんの場合は、今後貴族の付き合いとか増えてくるからな茶会や食事会も含め招待されたら俺たちに必ず一報入れてくれ、誰かは付くようにする」
「これも自衛の1つだと?」
「そうともいうが、嬢ちゃんなんか変わり者が寄ってくるなぁ〜って自分で思わないか?宰相とかそこにいるドマとか」
問いかけられてカルミーユの頭に咄嗟に浮かんだのが、ヤグルマギクである。ついでに言えば、一部の従者の顔も浮かぶ。確かに変わり者が自身の周りに少しばかり多いのでは?とカルミーユの遠い目に何かを悟ったラークが同情の籠った目で見てくる。
(従者……あ!)
「そうですわ。昨日友人の育った孤児院にいきましたの」
「フリージア君の何処かい?」
「はい」
カルミーユは孤児院で起きていた事をかい摘んで話した。それに加えてリッシュが確認し得た情報を話す。
「――という事なのです。皆さんの見解を聞こうかと」
「うん……俺らへの報告絶対怠らないように、あの子含めて陛下が嬢ちゃん囲っておく理由が理解できた」
疲れたような雰囲気のラークに、何かおかしな事を言ったのだろうかとカルミーユは、疑問に思う。ラークはそれを察したのか「そうだなぁ」と考え始めた。
「例えばとある貴族が不正してそれが粛清されたとする。噂好きの奴らは誰がそれを暴いたのか根源を探し始めるんだよ。陰謀なのかどうかってな。今回の件が嬢ちゃんからだってなると、万が一お溢れを貰っていた奴が逆恨みで狙ってくるんだよ。それを防ぐには影の調査で摘発されたって事が1番良いんだよ。現に今みたいに、これ1回で済まないだろ?陛下もそれを見越してたんだろうなぁ」
しみじみと話すラークを見ながら「だからお嬢様はやらかすんです!」と脳内でレオンが大真面目に怒っている。カルミーユはなんとも言えず、渇いた笑みを浮かべるしか無い。
その後も東の地とフリージアの故郷周辺についての話に上手く答えられたと、カルミーユ自身はホッとしていたのだが、彼らに
レオンの言葉を借りれば、無意識に「また何かした」のである。
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