19.孤児院へ


 まだ人通りの少ない早朝、見慣れた店の扉を開けば

 

「ミーユお嬢様〜」


 低い猫撫で声で、暴れ牛の突進の如く迫り、抱きしめる形を保ったままカルミーユの目の前で男が停止した。


「リッシュ。ミーユお嬢様を殺す気か?」

「俺がそんな事するわけないだろ!レオンいい加減離せ!俺とお嬢様の涙の再会の邪魔をするな」


 襟首を掴んだまま離さないレオンと掴まれて身動きの取れないリッシュは、そのままの状態で言い合いが白熱しどんどん言葉遣いが荒くなっている。


「そこまでになさい」

「「申し訳ありません。お嬢様」」


 カルミーユの冷めた声に、我に返った2人は姿勢を正し仲良く90度お辞儀をして謝っているが、それをそのままにしてカルミーユは後ろを振り返った。

 

「フリージアごめんね。……あと慣れて」

「大丈夫だよ。多分……」


 言いながら目を逸らすフリージアに、カルミーユは問題を起こした2人に視線を向けてにっこりと「引かれてますわよ?」と意味合いを込めて微笑む。当の2人は視線だけで「お前のせいだ」と再び言い争いを始めている。


 (仕事の相性は良いのに、どうしてこうも仲が悪いのかしら?)


 喧嘩の半数が、カルミーユに関連する事であるなど本人は気づいていない。


「レオン、リッシュ下まで声が響いとるぞ。いい歳した大人が落ち着かんでどうする」


 地下へと続く階段から上がって来たのは、カルミーユの親代わりの1人だ。問題を起こしたレオンとリッシュの頭をすれ違いざまに叩いている。顔には出ていないが、とても良い音がしたのであれは相当痛いだろう。


「お嬢様お帰りなさい。元気にしておりましたかな?」

「トマ!勿論元気よ?手紙にも書いてるじゃない」

「目で見ないと安心出来ないのが親心、従者心と言うものです」

「トマも相変わらずね。フリージア紹介するわ。我が家の庭師で私の研究仲間のトマよ」

「初めましてフリージアお嬢さん。トマと申します。いつもお嬢様と仲良くしてくれて有難う」


 お辞儀の仕方は一級品だ。庭師と言わなければ分からないのが、トマの凄いところである。

 

「初めましてフリージアです。あのぼ……私の事は呼び捨てで良いです孤児出身でお嬢さんって呼ばれるの慣れてなくて……」


 しどろもどろに話すフリージアを見てカルミーユ小さく首を傾げた。


 (フリージアもしかして緊張してる?もしかしてさっきの見てトマ叔父さんの事怖がってる?)


 カルミーユの心配を他所にトマはゆったりと穏やかな表情で話している。


「そうか、そうか……私も孤児なのだよ。まぁお嬢様の祖父の代から居るのは基本孤児が多いがな……では内輪だけでは、お互い楽に話すとしよう」

「有難う!トマさん」


 (流石トマ叔父さんね)

 

 少し固さが抜けたフリージアの表情を見てカルミーユはホッとした。

 

「お嬢〜さ〜ま〜!」


 感極まった声が聞こえたのとほぼ同時に視界が柔らかなもので覆われ――いやこれでもかというくらい押し付けられるように頭を抱えられる。一体全体何処からこの様な力を出しているのか不思議なくらいだ。


「あぁ……夢にまで見た愛しのミーユお嬢様だわ」


 会えるのを心待ちにしてくれていたのは嬉しいが、カルミーユの息が持ちそうに無い。

 

「……リ、リアナ苦しいわ」

「すみません。またやってしまいました」


 言いつつもカルミーユを抱きしめたままである。勿論直ぐ近くで不満たっぷりな声が聞こえる……

 

「レオン。リリアナが良くて俺がダメな理由は?」

「お前が力の加減無しにお嬢様に飛び込めば、お嬢様が潰れる」


 飛び込まれたら確かに危ないが、潰れるまでいかないのではとリリアナの腕から顔をだした。

 

「レオンそこまで私弱く無いわよ?」

「お怪我でもされたらどうするのです?御身は1つなのですよ?」


 カルミーユの従者達の一部がこの様に熱烈歓迎が多いせいかレオンの過保護が加速している気がする。


「リリアナ。友人のフリージアよ。髪を整えてあげてくれる?」

 

 リリアナを見上げてお願いすれば、何かを噛み締めるような表情を一瞬したが、直ぐに侍女の顔に戻った。

 

「畏まりました」

「あの……宜しくお願いします」


 フリージアの引き攣った表情が少し気になるが、触れないでおく。触れてはいけない気がする。

 

「では中庭へ」

「フリージア後でね」


 2人の背中を見送り、カルミーユはこの場にいる3人に視線を向けた。


「行きましょうか?」

「「「はい」」」


 ミモザ店舗3階、カルミーユの執務室の横にある会議室に向えば一足先に着いていたレオルガが扉を開けて待っていた。礼を言って中に入ると、見慣れた顔が笑顔で出迎えてくれる。


「コレッタ!朝早くから呼び出してごめんなさい。屋敷は大丈夫?」

「お嬢様。また背が伸びましたのね。大丈夫ですよ。あの方達は朝から観劇に行くとかで居ませんので、屋敷は平常通りですわ」


 コレッタ達にとっては、父達がいる方が非常時らしい。皆んなが苦労していなければ、カルミーユは何も言わない。


「確か今やっている公演は1つよね?この間も見ていなかったかしら?」


 領収書をつい先日、確認しているので首を傾げれば、コレッタは途端に無表情になり言った。

 

「3度目です」

「そう……」


 あいも変わらず散財しているらしい――

 何とも言えない表情で、椅子に座るれば、カルミーユが幼い頃から好んで飲んでいた。少し甘めのミルクティーが差し出された。

 一口飲むと懐かしい味に、自然と笑みが溢れる。


「みんな掛けてくれる?」


 各々席について少し落ち着いたところでカルミーユは切り出した。


「手紙でも書いたのだけれど、この度横領と虚偽報告の告発の報奨として、我がフォンテーヌ家に領地が与えられる事になったわ」

「お嬢様。それは爵位が上がると思ってもよろしいのですか?」


 爵位は一代限りのものもあれば続いていくものもある。功績の度合いやその家の不用な争いを避ける為である。過ぎる権力は人を貶めてしまうからともいえよう。フォンテーヌ家は男爵の位を賜ってから静かにその位を守ってきた。正直に言えば、父達の行動次第では大変危ういところにいるので、気が気でないのがカルミーユの心情だ。

 

「陛下は、成人するまでは現状維持だと仰っていたの。どうなるのかは私にも分からないの」


 領地を与えられるのに爵位は男爵のままだと、他の貴族が黙っていないので、爵位が上がる事は念頭に入れておいた方が良いのかもしれないが、カルミーユ自身も成人までまだまだ先なのだから分からない。何度も言うが本当にいつ没落してもおかしく無いので、父達をどうするのかを真剣に考えなくてはならない。


「場所は王都から東の地区一帯、ここね。表向きは復興で王宮から派遣という形になるわ」


 地図上で円を描くように指を動かすと従者達が驚いた顔をする。


「お嬢様。思った以上に広いのですが?」

「それが……」


 カルミーユは王宮内にも多数この件に関与している人がいた事を告げた。そして芋づる形式に浮かび上がった疑いがある人達をこれから取り調べていく話をすれば、各々その表情は厳しいものに変わった。


「ケイ大将の推測では、まだ増えるかもと……」

「ケイ大将?」

「あ……」


 カルミーユは、手紙には領地と教師役の事しか書いてなかったのを思い出した。過保護な従者達の視線が突き刺さる。


「えっとね……フラウ家、フドル家、ソル家、アルブル家の御当主とお友達になったの……後継の方々とは彼らが爵位を継いでからにはなるんだけど……」

「お嬢様何かやらかしたのですね」

「「「「……」」」」


 何故従者達は、可哀想な子を見るような目で見るのだろう。カルミーユは拗ねたように頬を膨らまして言った。

 

「ねぇレオン。何故、私が前提なの?」

「お嬢様の思考が、世間一般の子供からズレてる自覚がありますか?」


 大分失礼なもの言いだが、言わんとしている事は理解出来るのが悲しい。カルミーユの視線がレオンからスーッと横にずれる。


「先生方と話している方が楽だと思う事は多々あるけど……」


 同年代らしくどう振る舞えば良いのか分からないのが、学園に入ってからの悩みなのだ。

 

「そもそもお嬢様が当主として全て取り仕切っている事自体が、他の方々からすればぶっ飛んでますもんね」


 リッシュが楽しそうに言うが、カルミーユは愕然とした。

 

「ぶっ飛んで……」


 普通だと思っていたが、側から見れば異質に見えるか――

 

「リッシュ言葉遣いに気をつけろ」

「でもレオルガさん。他に言い方無いですもん」

「た、大した事はしてないと思うのよ?告発して陛下に質問されて答えただけだし」


 カルミーユがあの日の会話を事細かに思い出してもそれしか無い。特別何かをしたわけでは無いはずだ……


「返答の仕方でしょうね」

「普通に答えたわよ?」

「その普通がズレてます」


 ならどうしろと言うのだとカルミーユは遠い目をする。


「お嬢様の為を思えば四家の方々とご友人は良いと思うが……」

「そうですわよね。お嬢様が成人して当主である事を周知しても若いとからと足元をみられますもの」


 失礼な発言を続けるレオンやリッシュとは対照的に、親代わりを務めてくれているトマやコレッタは冷静だ。これから先の事を心配している。

 

「ケイ大将も同じような事を言っていたわ。敬称も敬語も要らないって」


 懇々と「今のは固過ぎる」「先程の感じは良いぞ!」とあの日訓練のように、会話毎に一言添えられ、周りが苦笑してたのが記憶に新しい。

 

「お言葉に甘えましょう。私共もお嬢様に貴族の後ろ盾があるのは望ましいです。正式な場で我々はお嬢様の側にいる事は出来ませんから」


 従者達は、夜会や王宮の公式行事でついて行ける場所は控え室までだ。その先は、カルミーユ1人なのだ。父や義母は味方になるわけが無いので期待出来ない。カルミーユが夜会に出る頃には当主の事も公開するのだ。むしろ何かしでかしそうで怖い。


「話を戻すけど、封鎖までまだ少し時間があるのよ。だからどういった領地にしようかみんなの意見を聞きたくて、後そこに常駐してくれる人選も選ばないと」

「東側は近場ではありますが……川を挟んで友好国との国境も近いですしね。すぐに動ける者がいた方が良いですな」


 遠くもなく近くもない絶妙な位置関係にあって国境付近だ。有事に動けなくては意味がない。

 

「ねぇリッシュ調査に行った時、周囲の環境とかはどうだった?」

「この辺りが森林で、というか国境沿いはほぼ森ですね。川を隔てて隣国は断崖絶壁の上にあります。居住区があるのがこの辺なのですが、気候も穏やかな場所でしたよ。ただ税収が重くなり、暮らしていくのもやっとで手付かずになっていた場所から荒れていったという印象を受けました」

「スラム街はここ以外で他には?」

「此処ですね。後この辺も怪しいです」


 スラム街が出来ているのなら荒れた土地だけでなく、民家も荒れているだろう。放っておけば疫病などが出てくる危険性がある。


「元々は別々の領地だから此処にある壁は、壊しても良いのかしら?」

「1つの領地になるのですから壁は無くても良いかと、ただ一部の壁は作り直しがいりますね」


 (壁を取り払うのは良いとして、元々ある自然の形態は潰したくないのよね)


「ねぇ。民家を建てるのにどれから位かかる?」

「規模にもよりますが、簡易的な物なら早いかと……」

「皆んなは自分達を苦しめていた領主や貴族の屋敷が残ってたらどう思う?」

「腹が立つので壊したくなります!」

「辛い記憶を思い出したりはしますかね……」


 リッシュの発言がやたら物騒なのは置いて、カルミーユはどうすべきか考える。フォンテーヌの本邸は王都にあるが、領内に領主の館が無いのはよくないだろう。


「お嬢様。残った領民達に聞くのはどうでしょう?」

「領民達に?彼らが残すといえば残し、壊したいと言えば壊すって事?」

「はい。我々にとってはただの建物であってもそこに住んでいる彼らからすれば意味合いが変わってきます。」

「壊すのなら残った調度品は売り、屋敷の使える物は再利用するという事も出来ますね」

「そうね。リッシュとりあえず、此処の領地の歴史について調べてくれる?どんな物を特産としていたとかも調べて欲しいの」

「はい。お嬢様」


 その土地は住んでいる者が1番詳しいのだ。なるべく彼らが元の生活に戻れる環境を作らなくてはならない。


「コレッタは王都と領地を行き来できる人選と封鎖が始まったらまずは彼らの生活環境を整えれるように準備を」

「医者はどうなさいますか?」


 病があるかどうかは、医者でなければ分からない。ただ封鎖されている場所なので行ける人間が限られている。


「ルドさんに頼もうかと……事情を知る人で無いといけないわ」

「分かりましたわ」

「トマは、東の地で育てる事が出来そうな薬草などを調べておいてくれる?」

「空いた土地で、商会に使える物を育てるのですか?」


 トマの質問にカルミーユは思いついたように手を叩いた。

 

「そうよ!それよ!」

「お嬢様?」

「レオルガ、レオン。領民をフォンテーヌ商会の者として雇い入れるわ」

「領民が商会の者ですか?」

「領地経営は全く分からないからどうしようかと悩んでいたのよ。でも商会の運営の仕方は知っている。ミモザで使う蜜蝋は、買った土地で蜂を飼育して作っているでしょ?それと同じように考えると、土地の範囲が大きくて、自然豊かな森林があるのよ。領地で育てた物で、商会が取り扱う物を作る。今回の事で影響を受ける商会は多いと思うのよ。安定した供給と価格を維持するには、自身で作れる物をもっと増やすのは……どう?」


 原材料を出来るだけ自身達で作る。そうすれば、貴族や富裕層で無い人達でも手に取りやすい物が作れるのでは無いのか?とカルミーユは考えたのだ。


「なるほど、今商会で取り扱う物はそのままに、新たに作る物を領地で手掛ければ、特産品が作れますね」

「フォンテーヌ家はそもそも商人なのよ。売るところには困らないもの」

「国に支払う税は如何なさいますか?」

「当面は復興に時間がかかるから此方が支援を頂く側ね。安定した時に陛下とお話しするわ。領地によって違いが有るのでしょ?此処がどうなるかも分からないもの」

「お嬢様は、特産品で何か考えが有るのですか?」


 カルミーユは、持ってきていた鞄から幾つか箱を取り出す。


「これよ!1つは髪を洗う石鹸!」

「石鹸ですか」

「貴族は髪を洗った後に香油を使うでしょ?そもそも貴族でない人からすれば、贅沢品で手が出せない。ならみんなの手を取りやすい物を作ればいいと思うの」

「自領で作れば、雇用の斡旋にもなりますしね」


 カルミーユは大きく頷いた。


「コレッタ、教育係も人選しておいて、読み書きが出来ない人も中にはいると思うの軌道に乗るまでに身につけて貰うわ。それと試作品で作ったこれの感想を出来れば聞きたいのだけれど」


 カルミーユは、先程出した箱を指差す。トマも幾つか箱を取り出してカルミーユの方へと差し出す。


「お嬢様、私も幾つか試作しているので、意見を貰いたい」

「分かったわ。後殿下の教育係で……」



 コンコン――


 これからの事や屋敷の事などをあらかた話終えた絶妙なタイミングで、扉を叩くので何処かに潜んでいるのかと毎度考えてしまう。


「入って」


 何故か背を押される形で入ってきたフリージアは何処か落ち着かない様子だ。カルミーユは姿を見ると目を輝かせた。


「フリージアとても似合っているわ!」


 顎のラインまで短く切られた髪に、切れ長の目を隠さぬように整えられた前髪。女性騎士で稀に見る短髪姿だが、フリージアの長身と相まって凄まじく似合っていた。服装次第では、何処ぞの貴公子と言われても違和感が無い。


「変じゃ無いかな?」

「フリージア。ご満悦な顔をしている私の侍女を見なさい。それとも着せ替え人形になってみる?」

「いや……これ以上は……」

「リリアナ既に着せ替えたのね」


 どうりで結構な時間が経っている。


「私だけでは有りません」


 ミモザにいる面々も加わったという事だろう……少しフリージアに同情したカルミーユだった。


 

 そのままフリージアを伴い、フォンテーヌ商会へ足を運ぶ。裏口から入れば、数人が嬉しそうに近寄ってきた。


「お嬢様ではありませんか!」

「久しぶりね。変わりないかしら?」

「お嬢様のお陰で、みんな元気に楽しく過ごせてますよ」

「なら良かったわ」

「お嬢!丁度良いところに使いをやろうかと思ってたんですよ」


 出てきたのは30代前半の気さくな笑顔が似合う男だ。本店の責任者の1人である。


「どうしたの?」

「お嬢に見てもらおうと思ってた物の納品が、夕方になってしまってな。用事があるって言ってたろ?だから先にそっちを済ませてもらおうとしてたんだけど、一足遅かったな」

「夕方にもう一度寄るくらい平気よ?そうね……軽食食べたら出るわ何か試作品有るのでしょ?」

「カフェの方ならお嬢の料理長来てたぞ」

「ならそっちに行くわ。また後でね」



 ***

 


「フリージア大丈夫?」

「うん。すごく緊張したけど、勉強になった」

「なら良かった」


 あの後料理長と会ったフリージアは、ガチガチに緊張しながらも色々と質問していた。フリージアの研究分野と重なっている部分もあり、店に飛び込で聞きに行きたくても行けないので、その職業にいる人からの意見は得難い物だったらしい。


「それに、いつかはカルミーの専属料理人目指しているからね」

「フリージアは、本当に私で良いの?」


 カルミーユの問いに、フリージアは優しく目を細めた。


「カルミーが良いんだよ。僕ら孤児はさ大人の都合だったり、戦争とか病気で親を亡くしたり色んな理由で孤児となっただろ?それが現実だって受け入れて暮らしているんだ。でも周りは「可哀想」って口で言いつつ上っ面の同情だけして、いざという時、貴族も平民も誰も助けてくれない。実の親が居ないと駄目な子だって決めつけるんだ。学園に入ってもそうだった。僕が孤児だって分かるや否や何言っても許されるんだって言いたい放題――でもねカルミー、君は違ったんだ。僕自身も当たり前だと思っていた固定観念をふっ飛ばす勢いで否定しただろ?あの時君は、貴族主義の奴らに向けて言ったのかもしれない。けれど君の言葉は、周りにいた貴族や平民も頭を殴られたかのような衝撃だったんだよ」


 カルミーユはなんて言えば良いのか分からず、フリージアを見つめたままだ。


「その時さ、思ったんだ。君の側に居たらどんな景色が見れるのだろうかって、今日君と使用人達を見てて思ったよ。みんな楽しそうだし心の底から君を慕っている。君の妹の事でどうして静観したままなのか少し疑問だったんだけど、なんとなく分かったしね」


 カルミーユは曖昧に微笑んだ。皆カルミーユを守る為に動いてくれているのだ。例えカルミーユが今当主だと公開しても大人である父達に、物理的な力で押さえつけられたら子供のカルミーユではどうする事も出来なくなる。


 (私が無傷で今こうしていられるのも皆んなが守ってくれているから……私はどれだけ皆に返せるのかしら)


「君で良いのか?じゃなくて君が良いんだよ」


「――お嬢様着きましたよ」


 フリージアが身軽に降りた後に手を差し出される。


「有難う。フリージア」


 色んな意味を込めた礼だったが、フリージアはニコニコ笑いながら

 

「一度やって見たかったんだ〜エスコート。御手をどうぞお嬢様?」

「さまになっていて怖いわ」

「そこら辺の男よりモテる自信がある!」

「貴女女の子よ。モテてどうするのよ」


 可笑しそうに笑うフリージアに、カルミーユも自然と笑が溢れた。

 

「ようこそ僕の育った場所へ……ってあれ?荒れてる?」


 フリージアが驚くくらいなのだから相当変わり果てているのだろう。


 (フリージアはこの間の休暇に帰ってたわよね?半年で何が……)


「だれ?」

「ミリー僕だよフリージア」

「フリージアお姉ちゃん?」


 草の茂みから顔を出した少女は、目を丸く見開きながらフリージアを上から下まで眺めてる。


「ミリー外に出たら駄目だろ!」


 奥から慌てた様子で駆け寄ってきた少年が、ミリーと呼ばれた少女の手を引っ張る。

 

「でもフリージアお姉ちゃんが……」

「姉ちゃん?」


 驚いた様子で、フリージアを見たかと思うと背後にいたカルミーユに気づいた瞬間、敵意を隠しもせず睨みつけてきた。


「姉ちゃん!なんで貴族と一緒にいるんだ!」

「カルミーは僕の友達だよ」

「貴族なんか友達になれる訳ないだろ!お前姉ちゃん騙したな!」


 目を大きく見開き愕然とした表情をしたかと思うと捲し立てるように少年は言った。


「リト!謝りなさい!」


 勿論カルミーユは彼等と初対面であるので、彼に恨まれる事をした覚えは無い。


 (貴族……もしかして)


「何を騒いでいるですか?」

「シスター」


 シスターと呼ばれた女性は、リトとフリージアを交互に見たあとカルミーユを見て何かに気づいたようだ。


「フォンテーヌ様ですね。シスターをしております。カランと申します。この子達が失礼をしたようで申し訳ございません」


 深々と頭を下げるカランに、カルミーユは顔をあげるように言った。

 

「私は気にしておりませんわ。本日はお時間頂き有難うございます」

「寛大なお心有り難く思います。フリージアも大変お世話になっているようで……」

「フリージアは、いつも私を助けてくれているのですよ」


 カルミーユの返答を聞いたカランは、フリージアの方を見て優しく微笑む。フリージアは少し照れているのか視線が彷徨っている。


「おかえりなさい。フリージアその髪とても似合っているわ」

「ただいま。シスター」

「私はフォンテーヌ様とお話するからみんなを頼んでも良い?」

「はーい。カルミー後でね」

「ええ」


 カルミーユは、背後に控えているリリアナを小さく呼んだ。


「何でしょう?」

「フリージアについてくれる?子供達の様子を確認して気になるわ……レオンがいるから私は大丈夫よ」

「はい」


 カランの先導で廊下を歩きながらカルミーユは孤児院の中を見渡す。


 (領地から支援金があるはずなのに、修繕が出来ていない。掃除はしてあるから綺麗に保たれているけど……それにシスターが、酷く細く見えるのは気のせいでは無いわよね……)


 先程の子供達は顔色もよく至って健康そうに見えた。


「お嬢様。リッシュが周辺の様子を見に行きました」


 御者をやると言って着いてきたリッシュが、早速動いていたらしい。カルミーユは声には出さず頷いた。


 通された応接室の卓には、紙の束が置かれていた。


「フォンテーヌ様は、アレルギーについてお知りにやりたいのでしたよね?」

「名前でかまいませんわ。ええ、フリージアからカランさんが詳しいと聞いたので」

「過去に色々調べておりましたので、これが調べた物です。これをカルミーユ様に差し上げますわ」


 研究した内容を丸ごと渡すと言われてカルミーユは驚いた。


「どうして……」


 カランは困ったように悲しく微笑む。


「この孤児院をたたんで、子供達を連れ別の地へ行こうかと思っているのです」

「孤児院をたたむ……何が合ったのかお聞きしても宜しいですか?」


 カランの話をまとめると、元々教会が孤児を引き取り孤児院の役割をしていた。この教会の牧師が高齢で亡くなり教会へと通う人が減っていたのと時を同じく、領主も流行病で亡くなり、その息子が継いだのだが、自身の贅沢に耽り孤児院への援助が無くなったそうだ。それでは生活が出来ないので領民に支援を求めたが、この領地では元々孤児への当たりがキツく誰も相手にしてくれない。仕方なく領主に願い求めたが――


「その、領主は……幼い女子を愛でる趣味が有りまして……」


 皆まで言わずとも察してしまった。孤児院に居る子を寄越せと言われたのだろう。カランの表情は嫌悪感を隠そうとしていない。先程、ミリーと呼ばれた少女をリトが慌てて追いかけて来た理由にも納得がいく。


「逃げる先は、お決めになっているのですか?」

「いえまだ……ですが、急がなければあの子達が……」


 カルミーユは置かれてある研究資料に軽く目を通す。


 (すごく分かりやすいわ。それにフリージアを育てたのも彼女よね?カランさんの様子からして、領主は元々子供達に目をつけていたとしたらあまり猶予が無いという事よね?)


 先程の話とフリージアから聞いていた話を照らし合わせると孤児の子がどうなろうと彼等は気にもしないのだろう……

 カルミーユは、背後で控えているレオンを見上げた。


「商会の寮に空き部屋あったわよね?」

「問題ないかと」

「お嬢様……」


 別行動して戻ってきたリッシュが、カルミーユに耳打ちをする。


「有難う。カランさん子供達を集めれますか?」

「あの……」


 カルミーユはにっこりと笑って言った。

 

「彼らの意見も聞こうと思って」



 数分後――


 集まった子供は、フリージアを除けば10人。フリージアも話を聞いたのか顔色が悪い。リト少年に至ってはカルミーユを睨みつけたままである。他の子達も警戒しているのか身を寄せている。


 (私の事が怖いというよりかは、貴族が怖いのかも)


 平凡だと義母には散々言われているが、彼等からすれば同じような年頃だろうとも貴族は貴族にしか見えないのだろう。


「皆さん集まってくれて有難う」

「貴族がなんのようだ!」

「こらリト!」


 怒るフリージアに、カルミーユは構わないと手で制する。

 

「カルラさんからここの話を聞いたの。皆んな離れ離れは嫌よね?」


 カルミーユはできるだけ明るく問いかけた。


「当たり前だろ!俺たち家族なんだぞ!」

「フリージアから貴方達の話を良く聞いてるから知っているわ。けれどこのままだとみんな一緒に入れなくなる……」


 最年少と思わしき子は泣きそうな顔をしている。酷だが現実は伝えなくてはならない。


「もし、この領地を離れても皆んなが離れず受け入れてくれる場所があるかは分からないもの」


 フリージアもその事を気づいていたのだろう。不安気な妹と弟達の頭を撫でている。


「そこで提案があります!皆さんを私の商会で雇いますわ」


 えっへんとカルミーユは自信胸を叩き宣言する。

 

「「え」」

「カルミー!?ちょっと雇うって」

「そのままの意味よ。フリージアは私に仕えたいって言ってたでしょ?」

「言ったけども!」

「フリージア貴方は優秀よ。その貴女を育てたのはカルラさんでしょ?なら同じく育っている彼らも将来有望株なのよ」


 フリージアは既に呆気にとられた顔をしている。


「それに私カルラさんのしてきた研究を商会で更に役立てて欲しいの」

「私の研究ですか?」

「ええ。私は今、香りなどに敏感な方でも使える物を作ろうと思っているのです。それで貴女のお力をお借りしたいの。衣食住も保証するし、給金も出すわ」


 カルミーユはビシッと子供達を見て言った。

 

「貴方達もただ貰うだけでは、信用出来ないだろうから貴方達にも働いて貰うわ。人手が足りないのよ。ちゃんと働きに見合ったお給金は出すわ。その代わりお勉強もしてもらうけれど、悪くない話でしょ?」


 カルミーユの従者達以外は、戸惑った表情のままカルミーユを見つめている。


「カルミー」

「何?フリージア」

「君1人の独断で決めれないだろ?」


 公には2人で当主代理なので、2人の決定が必要である。カルミーユと父親の関係を知っているフリージアは、カルミーユが無理をしないか心配なのだろう。

 だが実際父の決定など必要な無いのだ。カルミーユはスッと姿勢を正して言った。


「そういえば、自己紹介をしていなかったわね。改めまして私は、フォンテーヌ男爵家当主 カルミーユ・フォンテーヌと申します」

「僕たちと変わらない歳の当主なんて聞いた事無いぞ!」


 (リトくんの素晴らしい反応ぶり、やはり将来有望だわ)


 咄嗟の判断に長けているのは商会で生きていくには必要な要素だ。いつ何時のトラブルに対応出来てこそ顧客の信頼を勝ち得る事ができる。

 

「ええ。この事はエテ国の機密事項の1つよ。だから外で話せば、貴方達は処罰されるわ。知っているのは私の従者と商会の人達後一部のお偉い様だけよ」

「お嬢様ここは私が……」

「そうね。レオンお願い」


 レオンが分かりやすく経緯を話せば、フリージアとカルラは目を見開いてカルミーユを見ている。


「ねぇリッシュ」

「なんです?お嬢様」

「そんなに驚く事なのかしら?」


 部屋の隅っこでみんなの様子を見ているカルミーユは、隣にいるリッシュへ問いかければ、呆れた顔をされた。

 

「さっきも言いましたけど、お嬢様規格外なんですよ。7歳のお嬢様が大人と変わらずいやそれ以上に動いて商会と屋敷回してるんです。大体大人でもここの現領主みたいにゴミのようなのが沢山いるんですよ?」

「ゴミとか言わないの」

「人の心も無い人間は、ゴミと同じです。でも良かったんですか?身分証して」

「許可は貰ってるわ。それに彼らは家の人間になるの。他人じゃ無いわ」



 ***


 

「窓から顔出したら危ないわよ」


 あれから暫くして、元々離れる準備をしていたのに加え、リリアナが驚くくらいの速さで荷造りを手伝った甲斐があり、今日の内に動く事が出来たのは幸いだ。貴族だと分からない馬車で来ているが、万が一もあり得るのだ。

 離れる前、名残惜しそうに家具だけが置かれている部屋を一部屋ずつ眺めているのが印象的だった。


「カルミー」

「なぁにフリージア」

「有難う」

「私は優秀な人材を雇っただけよ。お礼は要らないわ」


 フリージアが無言で、頭を肩にぐりぐりと押し付けてきたが、カルミーユは笑って受け入れた。


 (とりあえず、レオルガには小言を言われるわね)


 これだけは確定事項なので、甘んじて受け入れよう。


 

「大っきい……」


 フォンテーヌ商会は、王都一の大きさを誇る商会だ。小さな商店への仲卸業から自社製の商品の販売。工場にカフェやレストランもあるので、必然的に規模は大きくなる。

 裏手には宿舎もある。王都に部屋を借りるか宿舎に住むかは個人の自由だ。家庭を持っているものは近くに家を借りている者が多い。

 

「皆んなこっちよ」


 裏口の前で口をあんぐりと開けている子達を微笑ましく思いつつも此処に固まっていたら目立つので、宿舎へと続く道へと歩いていく。


「お嬢!帰ったんですか?品の確認……って大所帯になってるなぁ」


 従業員に指示を出していたロレンスがカルミーユの後ろにいる子供達を見て、「血筋だなぁ」と言いながら笑っている。他の従業員もカルミーユを見ると笑を浮かべて手を振るので、こちらも大きく手を振り返した。

 

「ロレンス丁度良かったわ。彼等を雇い入れたから面倒見てね」

「了解。ロレンスだみんな宜しくな」


 大柄のロレンスにびっくりしているのかぺこりとお辞儀だけしているのがまた可愛らしい。


「此処が今日からみんなの住む場所よ。商会のみんなが家族になるから分からない事があれば遠慮なく聞きなさい!それとリリアナに医師の手配させてるの。カルラはしっかり診てもらってまずは体調を戻しないさい」

「お嬢様。本当に有難うございます」

「元気になったら私の研究に付き合って貰うわ」

「はい。喜んで」


 数時間前の子供達の今後を憂いた顔のカルラはもういない。優しい笑みを浮かべている。

 

「フリージア。みんなが落ち着いたら先に宿舎戻ってて、私もう少し時間かかると思うから」

「分かった。帰ったら教えてね」

「ええ」


 店の方へと足を向けようとすると誰かがスカートを引っ張った。


「あの……さっきはごめんなさい」


 今にも泣き出しそうな少年の視線に合わせるようにカルミーユは屈む。


「ねぇリト貴方は家族を守りたかったのでしょう?それは悪い事かしら?」

「けど何も悪く無い人に酷い事言った」

「では、同じ貴族の1人として貴方達を苦しめていた事を私も謝罪するわ。そして貴方の謝罪も受け入れるわ。これでこの話は終わりよ」


 目を瞬くリトに、カルミーユは微笑む。


「これから此処でたくさん食べて、たくさん遊んで、たくさん甘えて、その後しっかり学んでいつか私に力を貸してくれる?」

「お嬢様は俺の家族を守ってくれた。だから……俺これからお嬢様を守れるくらい強くなるよ」

「ええ。待っているわ」

「ちょっとリト。カルミー専属は僕が先だよ」

「じゃぁ姉ちゃん今日からライバルだ!」


 明るいリトの笑顔にカルミーユはホッとした。


「なぁ……リリアナ、リッシュ。聞きたくは無いが、なんで泣いてる?」


 少し外れたところで見守っていたロレンスは隣で号泣している2人を見ずに言った。


「「お嬢様が尊い」」

「お嬢!こいつらも医者に診てもらった方が良いと思うぞ!」

「え!?なんで泣いてるのよ」

「お嬢様治らない病気ですのでお気になさらず。ロレンスお嬢様に用があるのだろ?」

「そうだった。ほら行きましょう」


 ロレンスは、カルミーユを片腕で抱き上げスタスタと歩き出す。


「ロレンス歩けるわよ」

「今度はお嬢が甘える番ですよ」


 ロレンスもカルミーユの親代わりと言っても差し支え無いくらい支えてくれている1人だ。商会の仕事は彼から教わった。


「少し怖かったの……」


 カルミーユは端くれでも貴族だ。その権力は人を救うこともあれば、貶めることだって出来る。自身の判断で人を不幸にするのでは無いかと気が気でなかった。

 

「お嬢はあの子達の笑顔をちゃんと守ったんだ。胸を張って良いんです。お疲れ様ですお嬢」


 優しい声にカルミーユは張っていた肩の力を少し抜いた――


 

「ねぇこれはどう言った商品なんだい?」


 耳に覚えがある声にカルミーユは、先程入った品物の確認を止め、店内へと続く入り口から少し顔を覗かせる。


 (何故此処にいるのよ……ヤグル様)


「ロレンス。あそこに居る帽子を深く被った人を丁重にVIP室へと連行して」

「連行で良いのか?」

「お連れして、私も直ぐに向かうわ」

「料理長まだ居たからお嬢食べたい物リクエスト伝えておきます?」

「料理長スペシャルで……」

 

 カルミーユの口からは自然とため息が溢れでたのであった。

 

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