ループⅡ
減゜
一 ガラス玉
朝のニュース。アナウンサーが淡々と告げる。この世界は近々終わりを迎えるらしい。天変地異が起きて、地球とそこに暮らす生物はそれに順応することが出来ずにゆっくり、ゆっくりと滅んでいく。箸が指から滑り落ちて何かが心の中でことんと音を立てる。成程、僕には時間がないようだ。
昼休み。
「終わりがどんなか、気になったりしないの」
「死んだ先のことだからね」
朝霞はいつもの柔らかな微笑をその顔に湛えたまま、小説のページを一枚めくる。だけれどこんな調子なのは朝霞に限ったことではない。終末が近づく中、僕らはいつも通り学校に来て、授業を緩く聞き流して、今こうして昼食をとっている。それでもこうして見渡してみるとぽつぽつ空席が目立つのは……いや、いつも通りかもしれない。昼休みといっても、みんな他のクラスの仲良しに会いに行ったり委員や部活の仕事があったりで忙しそうにしているから。
「気になるの? 世界の終わり」
「え?」
「死ぬことは君にとって、ただの中継地でしょう。でも今回は違う」
「ああ、」
朝霞のシャツの袖口を留める金色のカフスボタンが光る。僕は指に巻いた絆創膏で、制服のシャツに留めた自分の銀のカフスに触れた。
「そうだね」
僕には前世の記憶がある。あるといっても大層なことではなくて、僕がこの十七年で経験したはずのない変な記憶ほんの一握りと中身のないロケットカフス一つがここにあるだけ。前世の記憶があることは僕の生の繰返しの証左になる。そうやって死を中継地点として生きる僕という存在が、本当の意味で死ぬこと。僕はカフスの蓋を開いて何もない中身を見つめた。昔々は終わりある生を嘆いたことがあったのかもしれない。今となっては……どうなのだろう。僕はこの先、僕の限りある人生の中で、この記憶を持って生まれた意味だとかこのカフスが挟んでいた僕の知らない僕の意思だとかを汲んで、使命めいた何かを果たすべきなのだろうか。目の前で本を読む朝霞が目に留まる。何とはなしに、頬杖をついていない方の手でカフスの蓋をその伏せた目に翳す。視線に気づいた朝霞がこちらを見やると、蓋に開いたホールに目がぴたりと嵌まる。
「どうしたの。にやにやして」
「そうだな、」
もしこのカフスに今の自分が好きなものを嵌められるとしたら、朝霞の眼球が良い。そんなことを考えながら、本を読む朝霞をただ眺めていた。
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