幻想喰らいのドラゴン・レーヴァティン ~幻想生物や闇堕ち英雄が跋扈する日本で、元作家の冴えない俺は、空想を現実化する魔剣と竜血の力で英雄となる~

虎戸リア

第1話:ファン? 来襲

 20XX年、日本――東京都内。


 カーテンを閉め切った暗い部屋の中で、モニターの光だけを頼りに俺はテーブルの上のどこかにあるスマートフォンを探す。

 ようやく、積み重なったピザの空き箱の横に見付けたそれを、素早く起動させネットバンクの口座を確認。


『入金の確認はできたかい? 理宮りみや由宇ゆう君』


 目の前のモニターから飄々とした声が流れてきた。画面の黒い背景に、通話アプリの初期アイコンだけが浮かび上がっている。その下に、<山下やました>とだけ表示されていた。


「……ああ。きっちり百万円」


 俺は自分の口座に振り込まれた金額を確認して、わざと仰々しくそう<山下>に答えた。


『じゃ、また次も頼むよ。君のやつはよく売れるんだ……だてに<オーサー王>なんて大それたペンネームを名乗っていないね』

「ペンネームで呼ぶのは止めろっていつも言っているだろ。いつまで人の黒歴史を弄る気だよあんた」


 中学生の時――俺は英雄になりたかった。


 運動も勉強も平均点な俺は、学校を襲うテロリストを、モンスターを、怪異を、突如覚醒した力で倒したかった。

 気に入らないクラスメイトを見返して、好きなあの子を守って両想いになりたかった。


 そんな妄想を、ずっと思い描いていた。


 きっと誰だって一度はそういう経験をしたことがあるだろう。でも学年が上がるにつれて周りの奴等は現実を見て、諦めて、どうしようもないこの世界と折り合いをつけていく――大人になれ。そう自分に言い聞かせながら。

 

 でも俺はそうはならなかった。いつまでも妄想に囚われたまま、ずっと英雄に憧れていた。現代日本で何の努力もしていない中学生が、英雄になんてなれるわけがないのに。


 だから仕方なく俺はその妄想を、あるいは空想を形にした。


 小説という形で。


 幸い――とでも言うべきか、俺には文才があった。才能があった。センスがあった。


 書いた作品はあっという間に小説投稿サイトで人気作になり、俺は中学生ながらにしてプロ作家としてデビューすることができた。


 その時の俺のペンネーム<オーサー王>は、有名な英雄であるアーサー王と、著者を意味する英単語〝authorオーサー〟をもじったもので、今思うと死ぬほど安易で恥ずかしい。


 それにそんな大それた名前をつけたわりには、俺は英雄とはほど遠い人間だった。俺より年齢が上で、俺よりも努力している奴等を出し抜いてプロになれたことに快感を感じ、暗い喜びに浸っていた。


 ほら、やっぱり性格が悪いだろ?


 でも、いつかきっと、俺は誰もが尊敬し認める売れっ子小説家になれる。そう信じていた。


 はずなのに。


 今となって、、俺は執筆活動を続けてしまっていた。


「それで、次はどんなのがいい。百万程度じゃ食っていけない」


 俺がそう次の仕事を催促すると<山下>の、のんびりした声が返ってくる。


『そうだなあ。やはりそろそろ王道で真っ当な、英雄譚なんてどうだい? 竜を殺した少年がその竜の力を得て、英雄に……あるいはバケモノになっていく物語』

「くだらん。ニーベルンゲンの歌でも耳に突っ込んでおけ」


 俺はそう竜殺しで有名なドイツの英雄譚の名を口にした。英雄譚なんて探せばこの世界にはクソほど転がっている。そんなものをなんで俺が書かなきゃいけないんだ。


『それを読めないから君に頼んでいるのじゃないか。五年前の〝空想の逆流現象バックフロー〟のせいで、世界的にフィクション……特にファンタジーやサイエンスフィクション類は全て禁止になった。読むのも勿論、書くのも、それを発表するのも、配布するのも』


 <山下>が今更なことを言ってきやがる。

 

 〝空想の逆流現象バックフロー〟……それは五年前、中学二年生にしてプロ作家になった俺が、まさに妄想していたような世界規模の超常現象だった。


 突如、世界各国に同時多発的に謎の生命体が出現。それらは外見や行動、能力ともに――ドラゴンやゴブリンといった西洋ファンタジーなものから、鬼や天狗などといった和風のものまで、いわゆる伝承上の存在、あるいは空想上の産物とあまりに似た特徴を有していた。


 ゆえにそれらはひとまとめに、幻想生物ファンタズマと呼称されるようになった。


 さらに、国や土地によって出現する幻想生物ファンタズマに相違があり、〝その土地における、知名度の高いものが出現しやすい〟という調査結果が出ていた。

 

 各国が対処に追われるなか、特に幻想生物ファンタズマによる被害が大きかったのが――この日本だ。


『私はね、未だにこのフィクション禁止法を疑問に感じていてね。〝日本はフィクションの創作が他国に比べ活発であり、様々な幻想生物ファンタズマに対する知識と知名度が他国より高かったがゆえに――〟……なんて論説はね、結果論以上のなにものでもない』


 <山下>の声に、怒りが籠もっている。


 日本でバックフローが何度も起こり、幻想生物ファンタズマが頻出したのは全てフィクションのせいだと。そう政府は言い切ったのだ。


 馬鹿馬鹿しい。妄想も大概にしてくれ。

 俺含め、創作に携わる者は皆、最初それを鼻で笑った。


 しかし幻想生物ファンタズマにより被害が拡大するにつれて、フィクションを禁ずるべきという声が大きくなっていった。

 

 そして四年前――世論の圧倒的支持を受け、フィクション禁止法が発令。

 プロ作家だった俺の未来はあっけなく断たれたのだ。


 俺の空想が現実となり人々を傷付けた。作家が、漫画家が、あるいは創作に携わった全ての人間が。――そう叫ぶ世界になってしまったのだ。


 人々の生活から、小説漫画ゲーム映画ドラマなどなどの創作物が、一部を除いて全て消えた。


 創作の暗黒時代である。


『それでも人は創作を渇望する。フィクションを求める』


 <山下>がまるで自分に言い聞かすようにそう呟いた。


『だから君のようながいて、それをブラックマーケットで卸す私のような商人がいる。人類は歴史から何も学んではいない。禁酒法によって密造酒が増え、結果反社会的勢力が拡大したという事実からまた目を背けている。人という生物はどうしようもなく欠陥品で、禁じられたものほど欲しくなるというのに』


 <山下>がそう言って、笑った。

 このどうしようもない世界を。

 そこで小狡く生きている俺達を。


 きっと笑ったのだろう。

 

「世界がどうなろうと、俺にはこれしか才能がないんでな。取り上げられて、はいそうですか、と諦めがつくほど大人でもねえし」


 仮に俺のこの作家活動のせいでバックフローが起きていたとしても……創作活動を辞めるつもりはなかった。それが高校を中退して選んだ俺の道だった。


 英雄とはほど遠い、薄暗い未来。


 やっぱり英雄なんて……クソ食らえだ。


『私からすると君はまだ未成年とは思えないほど、大人だけどね。ああ、そうだ。ニーベルンゲンの歌で思い出した。ドイツにいる同業者から面白い話を仕入れたのだが、聞くかい?』

「興味ない」


 俺はそう言って、通話を切ろうとモニターへと指を伸ばした。こいつはいつも話が長いんだ。


『そう言わずに。ドイツにおける〝ネームド〟が突如、姿を消したそうだ。君もよく知っている名だよ』


 その言葉で、俺は指を止めてしまった。


 〝ネームド〟――それはただドラゴンだとか、鬼だとかと呼称されるような幻想生物ファンタズマとは格の違う存在だ。文字通り、がついたものであり、同時に甚大な被害を生み出した幻想生物ファンタズマであることの証明でもあった。


 例えば、現在は日本政府から半独立状態となった京都府の北部には、〝酒呑童子しゅてんどうじ〟と呼ばれるネームドの幻想生物ファンタズマが君臨しているそうだ。それはまさに伝承通りの強大な鬼であり、現在は討伐が困難とされ半ば放置されているという。


 そんなネームドが世界各地に存在しているという事実を当然、俺も把握している。なんせ現実となったフィクションの存在だ。興味ないと言えば、嘘になるに決まっている。


「どのネームドだ」

『それは――』


 その言葉の途中で、突如モニターが光を失う。


「なんだ? おーい、<山下>~?」


 俺がパソコンの電源を確認しようとした瞬間――スマホから、不快な音が響き渡る。


 警報に似たそれが、示すことは一つ。


「まさか」


 俺は慌てて窓へと駆け寄り、遮光カーテンを開いた。


 眩しい日の光を右手で遮りながら、俺はベランダへと出る。


「嘘だろ……」


 マンションの十階。ベランドの向こうには幻想生物ファンタズマによって破壊され、それでもなお意地で復興された東京都内の歪な景色が広がっていた。


 そんな見飽きた光景の中に、異物が紛れ込んでいる。最初はただ空にある小さな沁みだったが、数秒ごとにその大きさが膨れ上がっていく。


『――区民の住民はすぐに地下シェルターへ避難してください。繰り返します、幻想生物ファンタズマが出現しました――』


 そんな放送が街中に響き渡っているなか、悠然と空を飛んでいたのは――だった。


 既に空の半分が、その黒い群れによって覆われている。


「いくらなんでも多過ぎるだろ」


 何より問題なのは、そのドラゴンの大群がこちらへと向かって飛んできていることだ。


「……避難しないと」


 俺は冷静になると、反転。マンションの地下から繋がるシェルターへと避難するべく玄関へと向かう――はずだった。


 俺の足が、止まってしまう。


 背後で、どうしようもないほどの気配。

 無視できないほどの威圧感。


 振り向くな。振り向かずにドアへと走れ。


 そう頭で考えているのに――俺は振り返ってしまった。


 そこには。


「――


 そんな第一声と共に、誰もいないはずのベランダから現れたのは――赤髪の少女だった。


 少女はいつの時代の、どこの国のものなのかさえ定かではない、古めかしいドレスを纏っていて、その顔は恐ろしいほどに整っている。


 なんだこいつは。なんなんだこいつは。


「やれやれ……こんなに可愛いファンがはるばる日本までやってきたというのに、歓迎の一つもできぬのか?」


 どう見ても日本人には見えないのに、流暢な日本語を喋ってやがる。


「……日本は土足厳禁って知らないのか? 勉強が足りないぞクソガキ」


 俺は辛うじてそう言葉を返せた。奇跡とも言っていい。それぐらいに俺はその存在に圧倒されていた。


「裸足だが? ほれ」


 少女がそう言って、その白く小さな足を俺へと見せてきた。


 それ自体は無邪気な行為なのに、オーラだとか雰囲気だとか、そういう安易な言葉では絶対に片付けられない、恐ろしいほどの存在感を放っている。


「……誰なんだよ、お前」


 そう聞いた俺に――そんな畏怖すべき存在が、それはそれは獰猛に笑いながら、こう名乗ったのだった。


「ふむ。誰だ、と問われれば、われはこう答えるしかあるまい――我こそが赤き黄金の竜、であると」

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