第52話「崩壊の序曲」
満月の夜が訪れた。
待ちに待ったこの日、黒龍屋総本店地下で待機する魔女シャーロット一行の顔は、一様に不穏な陰を帯びていた。高堂亜門の離別から1日が経過しても、彼らはその事実を咀嚼することが出来なかった。彼らの間で交わされる言葉は少なく、ただ同じように一点を見つめていた。
特にシャーロットは、その美しい大きな目から涙を幾重にも溢れさせ、行き場のない感情を表していた。
「亜門……そこまで思い詰めていたとは。私が気付かねばいけませんでした。本当に申し訳ないことをしました」
「へっ! あんな奴どうでもいいですよ。お嬢様のせいなんかじゃありませんぜ。ハンパな奴が、勝手に消えてった。それだけの話ですから」
巨漢の女闘士レイは頭の後ろで腕を組み、心底不快そうに吐き捨てた。シャーロットが眉を顰めてそれを諌めようとする前に、部屋の隅にいる苻術士リースが立ち上がって叫んだ。
「なによその言い方! いい加減にして! 亜門くんがどれだけ傷ついたと思ってるの? どれだけ思いつめてあの結論に達したと思ってるの! みんなのことを、何よりあのクソ狸を信じたいんだけど、どうしても許せなくてこうなったんでしょ! あの人を考えの足りないバカみたいに言わないでくれる!」
「すみません、リース。レイが言葉が足りなかったのは謝ります。どうか気を落ち着けてください。お身体にも障りますから」
「べつにシャルちゃんが謝ることじゃないでしょ。なにか言うとしたら、あそこのクソ狸でしょ。さっきから見てりゃさ……あんたなんで一言も喋んないのよ!」
リースは部屋の中央でぼんやりとキセルを咥える大陸一の大商人、金蛇屋藤兵衛を指差した。彼はいきり立つ彼女を見て悠然と煙を吐き出したが、一切何も語ろうとはしなかった。
「ちょっと! なんか言いなさいよ! どうなの? 本当にあんた亜門くんの心を裏切ったの?」
「この場でそれを答えてどうなるのじゃ? 儂の話が真か虚かなど、お主に判断出来るのかの? 大切なのは結果じゃ。儂の真意など問題ではない。亜門にそう思わせ、斯様に行動させてしまった時点で、全て儂が間違っていたことになる。話はそれだけじゃ」
「ほんっと……いつもいつも冷静で素晴らしいこと! よくそんなことぬけぬけと言えるわね! 一旦死んだ方がいいんじゃない?!」
「お主こそ何じゃ? 先程から聞いておればいい気になりおって。そもそもお主には関係ない話じゃろうが! アガナ神教の工作員風情が儂に意見するでないわ!」
「は? あんたマジ死になよ! ふざけんじゃないわ!!」
「……いい加減にしてください!!」
シャーロットの悲痛な声が響いた。地下の反響で何度も何度も繰り返し彼らの耳に届き、感情的になった2人もバツの悪そうに下を向いて黙り込んだ。彼女は怒気で顔を紅潮させ、涙を流して次の句を告げられずにいた。そんな彼女の肩にそっと手を乗せ、渋い顔をしたレイがその場に割って入った。
「とりあえず落ち着けや。いろいろ言いてえこともあるだろうが、今は胸にしまっとけ。月は十分に輝いてる。まずは『楔』を片付けちまおうぜ。話は全てが終わってからだ。それでいいな?」
沈黙。それに関しては異論は誰もなかった。まずは最優先事項を果たしてから。何も言わずともその思いだけは共通していた。
シャーロットは無言のまま興奮の色を収め、術式の構築のためにその場で闇力を集中させ始めた。この封印術は強大かつ複合的なもので、いかに彼女であっても通常では考えられぬ程の時間と労力が要ることになる。残った3人は最低限の連絡を別にすると、ほぼ黙して周囲の警戒を行なっていた。とは言えレイの武力、リースの結界、藤兵衛の時空間術により、そう簡単にこの場に侵入することは不可能と言えた。
「おい、女狐。気配はないか?」
「……ないわ。レイにも結界張ってあるし」
「ならよいわ。おい虫、違和感はあるか?」
「ありまくりだが、もうしかたねえさ。なんかあったら頼むぜ」
「今の所は順調、かの。さて鬼が出るか何が出るか」
彼らは緩んではいなかった。現時点で出来得る全ての策を講じ、全ての終わりへと向かっていた。だが彼らは気付いていない。自分たちの相対する敵がどれ程の存在であるか、敵の孕む闇の深さに、彼らはまるで気付いてはいなかったのだ。
30分ほど経過して、遂にシャーロットの術の下地が整った。彼女は額に汗してにこりと美しく微笑み、仲間たちはそれを見て漸く安堵の息を吐いた。
だが、後は術式を構築するだけとなったその瞬間、突如として『楔』に異変が起こった。奥の芯の部分がゆらりと揺れたように見え、警戒する彼らが身構える前に、一瞬だけ大きくに映し出された人影。それは……金髪の青年が術式を形作る姿だった。
「お、間に合ったねー。ぴったりじゃんか。……『リベラール』っと」
同時にレイに大幅な異変。髪の色が亜麻色に変化し、瞳の色も変化したかと思うと、“彼女”はそのままシャーロットの首筋を手刀で軽く打ち、叫び声すら上げる暇なく失神させた。封印術はその場で嘘のように無惨に飛散し、何事もなかったかのようにしんと冷たい空気が流れた。
レイは、先程までレイであった人物は、無感情でシャーロットを抱き抱え、首筋に鋭い刃を当てた。藤兵衛とリースは驚嘆の声を上げて戦闘態勢を取ろうとするが、“彼女“は無感情かつ無機質に告げた。
「はい、止まってね。指一本動かしたら……シャーロット死んじゃうよ」
その効果は覿面だった。彼女の言葉が脅しではないことは明らかだった。シャーロットの首からは血が流れ、すぐにでも絶命させられる体勢なのは明白だった。2人は動くこともできず、ただ声を上げるのみだった。
「虫! 何をしておるか! 正気に戻れい! ええい、結界はどうなっておるか、女狐!」
「変なこと言うね。どっちかと言えばこっちが“正気”なんだけど。まあそんなことはどうでもいいや。どんなに強力な結界を張ったところで、ミカエル様直々の術の前には無力だよ」
「くっ……。あんた何者なの? やっぱりレイに取り憑いてたってわけ?」
「だからそうじゃないって。ううん、面倒だなあ。……ま、とにかく動かないでよ。そうすれば命だけは助けてあげるからさ。ね、ミカエル様?」
彼女は馴れ馴れしい口調で『楔』に向かって告げた。それを合図に巻き起こる闇の奔流。何らかの強い意志が、強過ぎる力がその場に流れ込んだ。そう、それは初めから全て計算されていたことだった。最初から、シャーロットが旅立ってから、この旅の間中を通して。そしてこの瞬間、つまり……物語の最後までが。
「……あれ? おっかしいなあ。ほんとにこれで合ってる? ……あ、映った映った! 話すのここでいいの? おーい、セロ。ちゃんと俺の姿見える?」
呆れるほどに軽薄な声が『楔』から流れてきた。だがその背後に存在しているのは、致命的な闇の力。間違いなくこの声の主は、只の化け物なぞでは有り得ない。明らかに人とは霊的に異なる、次元を別とする存在から発せられていた。
「うん。ちゃんと映ってますよ。相変わらずイケてますね」
「だろ? 今日の為にさ、この暑い中ずっと整えてたんだよねー。……うわっ、なにこの虫! こっちの生き物デカ過ぎなんだけど。まじドンびくわー」
場違いな明るい声。周囲から聞こえる喧しい虫の声が、その異質さを更に際立てていた。周囲の混乱をよそに、セロと呼ばれた女は『楔』を覗き込み、実に嬉しそうに微笑んだ。
「あらら。でも決まってますよ。ボクも見習いたいです」
「そりゃ愛する妹にカッコいいとこ見せたい一心さあ。でもシャーロット寝ててがっかりしたよ。あんま強くやってないよね?」
「よくお休みになってますよ。あ、ミカエル様。黒さんも死んじゃいましたし、話せて3分くらいみたいですから、そろそろ本題に入った方がいいんじゃないですか?」
「あ、アイツ死んだの? ハッハー、マジうけんな。殺したのお前? やったね。仇討ててよかったじゃん」
ミカエルは藤兵衛を指差して、実に愉快そうに笑った。藤兵衛は悠然とキセルをふかしながら、全く動じることなく返答した。
「ありがとうございます……とでも言えばいいのかの? で、貴様は何じゃ? シャルの兄というのは貴様か?」
「……シャル? ねえ、何その呼び名?」
どくん、と空間が歪んだ。圧倒的な闇力が『楔』を通して部屋中に巻き起こり、リースは思わず恐怖で身を屈めた。今までありとあらゆる闇の眷属を相手にしてきた彼女が、心底から震え上がり立つことすら出来なかったのだ。
(これは……この男は………今まで見てきた全ての者とは別格の生き物! なにこのふざけた闇力! 次元が違いすぎるわ!)
「なに、なに、なに、どういうこと? ねえ、セロ。ちゃんと説明して。あいつに説明させて。なに、さっきの呼び名。俺の最愛の妹に、なんかふざけた呼び方してたよね? お前にも聞こえたよね? ねえ、セロ。早く返事しなよ」
「え、ええと。それは……」
あまりの剣幕にセロと呼ばれた女がたじろぐ中、藤兵衛はキセルを深く吸い込むと、声の方向へ不躾に煙を吹き付けた。
「何じゃ。敵の首魁と聞き、どんな大物かと楽しみにしておったが、只の変質者ではないか。ハイドウォーク家の跡取りとやらが聞いて呆れるのう」
「……ねえ、お前さ。言葉に気を付けな。次の言葉一つでお前の人生が真っ二つに分岐するよ。お前さ……シャーロットの何なの?」
言葉と共に、再び地を割くほどの闇力。崩れ始める地下を目の当たりにしながらも、藤兵衛は決して動じない。この男はどんな時も動じない。
「ほう。それを聞くか。なら教えて進ぜようぞ。シャルはの……儂の女じゃ! 貴様のものでは決してなく、正真正銘に儂のものじゃ! ケヒョーッヒョッヒョッヒョ!! 残念じゃったのう。悔しいか? 悲しいか? 臓腑が千切れそうかのう? まあ今後とも宜しく頼むわい……“御義兄様”よ」
「……………………」
長い長い沈黙。心の臓が止まるかと思う程の沈黙の後、反転するように莫大に流れ出した闇力。その勢いは地下を破壊し、建物すべてを飲み込むほどだった!
「ち、ちょっと、ミカエル様! 冷静になって下さい! こいつらに伝えることがあるんでしょ」
「……いや、もうないよ。ぜんぜん、一つも、まるで存在しないさ。お前はシャーロットを連れてこちらに来な、セロ。俺はここで……こいつを殺さないと気が済まないんだ」
荒ぶる闇力が全てを飲み込まんとし、部屋中で狂ったように唸りを上げた。シャーロットを抱えたまま逃げるセロを追うと同時に、藤兵衛は身を翻してその場から逃れようとした。だか彼は倒れ込み未だ自失状態のリースを横目で捉え、くっと目を細め唇を噛んだ。
(ええい、このままでは女狐が殺されるわ! 奴を止めねば……じゃがそれは……ええい、もう仕方あるまい! 『ナーガラジャ』!!)
藤兵衛は決意を固めて銃を抜くと、すぐさま紫色の強大な螺旋が『楔』の中央を正確に貫いた。と同時に爆発的に消え去る闇力と、それを背景に一瞬だけ映し出されるミカエルの影。真っ直ぐで足先まで伸びる金髪を腰のあたりで一つに括り、シャーロットによく似た端正な顔に張り付いた薄笑いとは裏腹に、その眼だけは怒りで真紅に染まっていた。
「……面白い。面白いよ。実に面白いじゃん。金蛇屋藤兵衛か。必ずまた会おうよ。俺の妹に手を出したゴミに、想像もつかない苦痛を与えてやるからさ」
彼は笑いながら最後にそう言い残し、不気味に輪郭を失っていった。茫然と立ち尽くす藤兵衛の頭上に不穏な光が差し込み、彼はリースを抱えて地上まで駆け抜けていった。
斯くして黒龍屋総本店は崩壊し、藤兵衛たちの旅は再び白紙に戻った。いや、白紙であればまだよかった。失ったものはほぼ全て、残ったのは希望と呼ぶには心許ない粒の如き存在だった。
ダール街外れ。
小高い丘の上で立ち尽くす大柄な老人と、その横に侍る1人の年若き緑龍。彼は一軒家程度の身体を持ち余し気味に動かしながら、実に穏やかに老人と談笑していた。
「ダッハッハ! そりゃあ難儀じゃのお。ワシも龍に産まれてたら、同じことを思っちょったかもしれん」
《だろ? 人間なんてクソさ。あいつらが俺たちに何をしたか知ってるだろ? 『龍戦争』だとか偉そうに呼んでるみたいだけどよ、要はかつて一緒に戦った戦友を切り捨てただけだ。どこぞで手え打った爺さんどもはいざ知らず、俺ら若い龍はみんな腹立ってんだ。だから……人間を敵対視するあんたらに協力する。それだけだよ》
「おんしらの協力、誠に痛み入るわあ。こと戦争となったら、ワシの主であるミカエルも協力を惜しまんけえのう。……さ、そろそろ予定の時間じゃが、セロのやつはうまくやっとるかのお」
と、言い終わるかどうかの時に爆発。街の中央で上がる黒煙を見て、白髪の闘士ガンジはにやりと頬を上げて、屈強な太い腕に闘気を込めた。事情を把握していない若い龍が傍で怪訝そうにする中、彼は屈伸をしながら陽気に呟いた。
「ダッハッハ! そりゃボンも怒るわなあ。溺愛するシャーロットを、“あんな風”にされたら。金蛇屋藤兵衛……か。件の件といい、やはりワシらにとって最大の障壁となりそうじゃのお。さて、そろそろ準備してつかあさいや」
《準備? 出立のか?》
ガンジはそれを聞いて嬉しそうに、狂気の笑みを浮かべて全身から力を噴き出した。
「出立は勿論じゃが……戦のじゃあ! さあ、忙しくなるけえの!」
その瞬間、風が吹いた。彼の元に現れたのは、シャーロットを抱えた亜麻色の髪の女セロ。舞曲の如き優雅な登場に呆気にとられる龍。一方ガンジは嬉しそうに笑いながら、親しげにセロに話しかけた。
「久しいのお。積もる話の前に……敵はどうしたんじゃあ? 金蛇屋藤兵衛と小娘はボンが何とかしたろうが、厄介な秋津の侍がおるからのお。ありゃワシの獲物じゃけえ」
「それがさ、愉快なことに彼は袂を別ったみたいよ。ガンジがいる意味なくなっちゃったね」
「な、なんじゃそりゃあ! 気合い入れて損したわ! 久々に“本体“でガチれると思っちょったのに!」
「まあまあ。年なんだから無理しちゃダメだよ。さ、そろそろ行こうよ。早くミカエル様にもお会いしたいしね」
「そうじゃなあ。かれこれ50年ぶりかのお。追っ手もおらんなら、ちいとばかりゆっくり行くとするか。行きと違ってちと時間がかかるけえの」
《ああ。川を避けてくんだな。任せてくれ》
ばさり、と飛び立つ龍の背に乗る2人。いや、3人。風を切って進むにつれ世界はどんどん小さくなり、やがて消え入りそうになっていった。ガンジは腕組みしたまま愉快そうに笑い、セロは何を考えているのか検討もつかない不思議な表情で、揃ってただ空を見つめて続けていた。
一方、黒龍屋総本店脇の空き地。
命からがら危機を脱した藤兵衛とリースが、廃墟と化した地下から這い出して来た。彼女は恐怖と衝撃で高鳴る心臓を必死で抑えながら、彼の背に向かって問いかけた。
「な、なんなのあれ? あんなの……圧倒的じゃない! あんなバケモノがシャルちゃんの敵なの?」
「さあての。儂が知る訳なかろう。それより……もう動けるかの? すぐにシャルを追うとしようぞ」
「う、動けないことはないけど……そもそもあれってレイなの? それとも別人なの?」
「知らぬ。皆目検討も付かぬ。何もかも分からぬことだらけじゃが、1つだけはっきりしておるのは、儂は必ずシャルを救わねばならぬ。付きおうてくれるな、リースや?」
リースは震える手を力尽くで握り締めると、徐々に目の輝きを取り戻して、自分自身に言い聞かせるように叫んだ。
「誰に言ってんのよ! 当たり前でしょ! あたしのせいでシャルちゃんもレイも奪われたのよ! すぐに出発しないと間に合わなくなっちゃうわ!」
「もう間に合わん。ある意味ではな。これは用意周到に立てられた計画じゃ。あの虫2号の足には、儂らでは到底追いつけぬ」
「な、ならどうすんのよ! 行き先も分からないで偉そうに……って、あんたまさか!」
リースの驚きの色を察し、藤兵衛は偉そうにふんと大きく咳払いをしてから、悠然とキセルに火を付けた。
「儂を誰と心得るか? 行く先の見当なぞとうに付いておるわ。まず先程の狂人の発言、聞こえてくる音。“でかい虫”、“灼熱の気候”。斯様な野蛮な場所は自然と絞られようて。そしてシャルの移動可能な範囲を考え、更に連中の思考様式から想定するに、間違いなく連中は最後の『楔』の場所……即ち南のスザク国じゃ」
「と、とは言っても……スザクったって広いんでしょ? 地点まで特定できるの?」
「可能じゃ。歴史を紐解けば答えは明白じゃて。それに……儂には一つ心当たりがあるのじゃ。敵の本拠地は『神都パルポンカン』を置いて他ならぬ。恐らくは間違いあるまいて」
自信満々に言い切る藤兵衛を見て、リースは自身への無力感と同時に、彼に対して分厚い信頼感を改めて抱いた。気を抜けば涙が出そうになる瞳を一旦閉じてから、彼女は大きく見開いてにっこりと笑った。
「……今更だけどさ、あんたは流石ね。さっきのミカエルへの啖呵といい、やっぱいざって時には頼りになるわ。あたしなんて何も出来なかった……ほんとどうしようもないわ」
「何も言わんでよい。終わった事を穿り返しても1銭にもならぬわ。今出来る事を全力でやり切るしかあるまいて。そもそも事の全責任は、一座の管理者たる儂にあるからのう。下らぬ過去など何も気にせず、お主にしか出来ぬ事を全力で行うがよいぞ」
「誰が管理者なのよ! でも……ありがとね。あいにく、あたしはスザクとやらの地理はさっぱりなの。これからも当てにしてるからね」
「ガッハッハ! 儂を誰と思うておる? 儂は大陸一の……大陸? の? ……はて?」
その時、やっとリースは気付いた。藤兵衛の背中が目に見えて小さく萎んでいっていることに。ふさふさとした頭髪がみるみる抜けていっていることに。締まった体が無残に弛んでいることに。
「あ、あんた! それ……どうしたの?!」
「はて。儂は……一体誰じゃったかのう? そこのお嬢さんは……何処のどなたでしたかのう?」
振り向いた藤兵衛の姿は、紛れもなく年老いて疲れ切った老人そのものだった。ふがふがと体を震わせる今の彼に、先程までの気迫や覇気はまるで感じられなかった。ぼけっと宙を眺めて訳の分からぬ譫言を繰り返す彼を見て、リースは今日一番の叫びを身体中から振り絞った。
「いやぁぁぁぁ!! あ、亜門くぅん! お願いだから帰ってきてえ!」
神代歴1279年7月。
ゲンブ国を巡る戦いが幕を閉じると共に、不安と不穏の暗雲に覆われたスザク国での冒険が幕を開けた。
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