第17話「欠片」

 恐るべき雪の上位眷属を撃退してから数日後、藤兵衛たちは北の国ゲンブの首都、グラジールに向けてひたすらに西進していた。周囲の自然すらをも操る大敵を粉砕した影響であろうか、ここのところ天候も安定し、眷属の襲来も途絶えていた。あれ程降り続いていた雪も一段落し、僅かに浮かぶ雲の隙間から木漏れ日がほのかな暖かさを与えていた。一向は穏やかに、雪の積もる街道をのんびりと進んでいた。

「おい、クソ商人。ひとつ確認しとくことがあんだけどよ」

 力車の屋根の上で横たわって陽の光を浴びながら、レイはぶっきらぼうに言った。藤兵衛は亜門との談笑を一旦やめると、極めて不愉快そうにふんと鼻を鳴らした。

「悪いが儂らは、この世界の政治と経済について激論を交わしていた所での。貴様のような野蛮かつ愚鈍な暇人に構ってやる暇は無き故、精々惰眠を貪るとよいわ」

 彼がそう答えた次の瞬間、天から落ちてきたのは巨大な雪の塊だった。頭から雪を被りむせ返る姿を見て、心底楽しそうに笑うレイ。

「ギャッハッハッハ! クソがまっ白になってやがるぜ! こりゃ愉快だ!」

「何をするのじゃ! これだから原始人の考えは理解出来ぬわ! そのまま下等な児戯に興じておれ! それでの、亜門や……」

「うるせえ!! さっきから上で聞いてりゃ、てめえ自慢話しかしてねえじゃねえか! 俺が話あるっつったら即座に返答しろクソが!」

「グェポ!!」

「はっはっは。相変わらず仲がよろしくて何よりですな」

 そんなやり取りを見ながら、亜門が実に呑気な声で笑った。2人は揃って鋭く彼を睨みつけたが、この東の果ての侍は空気など一切読まず、朗らかな様子を崩すことはなかった。その様子に毒気を削がれ、ふうと一呼吸置いた藤兵衛とレイ。天気は快晴、行く道は順調の極みであった。

「へっ。こいつ見てっと力がぬけちまうぜ。んでよ、クソ商人。てめえこの前、お嬢様と一緒にクソ狐に食われたろ? あいつの体内は闇の力を吸収する厄介極まりねえ体質らしいじゃねえか。それなのに、倒れかけてたお嬢様はピンピンしてるどころか、今まで以上にビンビンになっててよ。おまけに満月の夜にしか使えねえはずの禁術まで使ってらした。いったいあそこでなにあった? 今後のために聞いとかなきゃならねえ」

 急に真剣な表情になってレイは尋ねた。亜門も興味深そうに大きく頷き、2人に割って入った。

「それは己も聞きたいと思っていたでござる。あまりに不自然な状況でござりましたからな。あの魔女の体調などどうでもよいが、斯様な危険極まる術を無軌道に使われては堪りませぬゆえ」

 藤兵衛は2人の矢継ぎ早の質問にすぐには答えず、懐からキセルを取り出して悠然と煙を吸い込んだ。答えを待ちその時間に耐えるレイ、だが彼は無言で力車の引き手を取り、再び歩みを進めようとした。

「てめえなに無視してんだ! マジで殺すぞ! いい加減にしろクソが!」

「分かっておるわ! 何から話せばよいかと案じておった所よ。結論から言うとな……こいつが全ての引き金よ」

 藤兵衛は親指で自分の胸を指し示し、何ともなしに煙を吐き出した。レイは唖然としながらも、訝しむように尋ねた。

「あ? 気力とか精神力とか、そんなヨタ話ならどうでもいいぜ。なあ亜門?」

「いえ、レイ殿。精神力は肝要でござるよ。己もかつて戦で刀折れ、満身創痍になった折にですな……」

「ええい、これだから阿呆は嫌なのじゃ! 儂の心臓に埋まっておる、奇天烈な石があるじゃろうが。今にも力尽きんとする儂らに、此奴が闇力を注いでくれたのじゃ。まあ儂と似て気分屋のようでな、今はただの胆石と大差ないわい」

 気だるそうに胸を何度か指しながら藤兵衛は言った。すると微かに青白い輝きが胸元から溢れ、レイたちは眼を見張ってそれを見つめていた。

「はっはっは。その石とやらには妖術だけではなく、力そのものを生み出す効果もあったわけですな。『鬼神が金剛持たば天地垂直に貫かん』。秋津の格言通りにて」

「ったくよ、てめえはお気楽な野郎だぜ。だが『賢者の石』っていや、俺もよくは知らねえが、神々に由来するとんでもねえ術具だって話だぜ。けどよ、それにしちゃあ……ちっとしょぼくねえか?」

「ふむ。確かにその通りでござるな(しかしこの石……どこかで見たような……?)」

「ええい! いつまで儂の胸を見ておるか! いい加減にせい!」

 首を傾げて覗き込んだ2人を、藤兵衛は苛立ちながら追い払おうとした。その時、力車からシャーロットがひょっこりと顔を出した。

「皆さまお揃いで。私の見立てでは、その石は力を失っているのだと思います。詳細は私にもわかりませんが、ある種の機能不全に陥っています」

「ふん。其方に何がわかるでござるか。この穢らわしき魔女めが」

「てめえはすっこんでろ! ややこしくなんだろうが!」

「ガォン!!」

 口汚く吐き捨てる亜門を、痛烈な蹴りでレイが吹き飛ばした。だがシャーロットはまるで気にする様子もなく、彼らに美しく微笑んでいた。

「ふふ。レイは誰とでも喧嘩をするのですね。どうか許してください、亜門。体調が戻り次第とんでもないお仕置きを行いますので」

「と、ところでお嬢様……ご気分はいかがですか? ここ数日ずっと御籠もりになられて」

「文句ならあそこの男に言ってください!」

 ピシリと藤兵衛を指差して、シャーロットは高らかに言い放った。嫌な予感が的中し頭を抱えてしゃがみ込む藤兵衛に、拳を鳴らしながら般若と化したレイがにじり寄って来た。

「あ? おい、クソ商人。てめえまさか……お嬢様になんかしやがったのか?」

「い、いや! 誤解じゃ! 儂は何もしでおらぬわ! 儂を信じてくれい、虫よ! それなりに長い付き合いじゃろうが!」

「……ひどい。あんなことやこんなことまでして、何もしていないなんて。接吻や抱擁までしたというのに、それなのに……」

 ざわ、と音を立てて湧き上がる剣呑。涙を拭くシャーロット、顔を真っ赤に染める亜門、両手で頭を抱え震え上がる藤兵衛、そして……鬼神と化すレイ。

「てめえ……まだ懲りてねえみてえだな。言いわけはいらねえ。もう一度三途の河見てこいや!」

「ち、違うんじゃ! これには深い訳が……亜門! お主なら儂を信じてくれるじゃろう?!」

「いくら殿であろうとも、さすがに破廉恥が過ぎ申す! この高堂亜門、殿を初めて見損ないましたぞ!」

「い、い、い、嫌じゃあああああああ!!」

 そして、衝撃。薄れ行く意識の中で、藤兵衛はなぜ自分がこんな目に合わねばならないのか、そして女の怖さを、シャーロットがどんな女かということを、深く深く心の中で反芻していた。


 更に数日が過ぎた。

 一向は街道をひたすら西に進み、首都グラジールまで150kmあまりの地点まで到達していた。未だ天気は快晴、ここ数日は障害や妨害など一つもなし。このまま旅は順調に行くかと思われた。一行の誰もがそう思っていた、そんなある日の昼過ぎのこと。

 藤兵衛は気持ちのよい陽気にあてられたのか、のんびりと鼻歌を歌いながら力車を引いていた。亜門は前方を偵察に向かっており、周辺には雪以外何も存在していなかった。そんな気分よく進む藤兵衛に声をかけたのは、力車からくるりと飛び降りたレイだった。

「おいクソ商人。グラジールまでどれくらいかかりそうだ?」

 だが藤兵衛はちらりと一瞥した後、ぷいとそっぽを向いて極めて冷たく返した。

「さあの。どうせ儂の言葉なぞ、誰も何一つ信じてくれんじゃろうが」

「ったくよ、こないだのことはちゃんと謝ったじゃねえか。懐がせめえ男だなあ。それでも大陸一の大商人様か? 」

「ふん。都合よく言いおってからに。まあよいわ。このまま進めば、じきにアーミスタンの関があろうて。その直前で新道と旧道に別れるのじゃが、関所を超えて新道を西に向かえば、すぐに首都へ到着じゃわい。まあ、せいぜい5日やそこらといったところかの」

「……ふうん。なるほどね。あんまよくはねえな」

「何じゃ! 人が折角急いでやってるというに! 文句あるなら貴様が引けい!」

「ちげえよバカ! 月齢の話だ。ほれ、満月の日じゃねえとお嬢様の封印術は使えねえしよ、あんま早く着きすぎると敵に勘付かれそうだしな」

「成る程。言わんとする事は分かるわい。とは言え……難しいのう。ゆっくり過ぎるのもまた危険じゃしな」

「んだな。さて、どうしたもんか。……なあ、その旧道とやらもグラジールにつながってんのか? そっちだとどれくらいかかるんだ?」

 レイが思い付きで発した、実にささやかな疑問。だかそれを聞いた藤兵衛の顔は、目に見えてみるみると上気していった。それは怒りというよりか、感情の高ぶりを必死で押し殺しているようだった。初めて目にする彼のそんな表情に、レイは違和感と動揺を同時に覚えた。彼はそれでも努めて冷静な声で、自らの感情を隠すように早口でまくし立てた。

「旧道じゃと? 今時あそこを通るなど野蛮な原住民のやることぞ。野生の獣も多く、街道も危険に溢れておるわ。却下じゃ却下。これだから阿呆は好かぬ。新道という便利なものがあるのじゃから、そちらを通ればよいわ。違うか? 儂は間違った事を言っておるか?」

「わかったわかった。道のことだけはてめえに従うぜ。好きにしな」

 レイは半ば強制的に話を打ち切った。すぐに藤兵衛は完全なる平静を取り戻し、悠然とキセルに火を付けてため息と共に吐き出した。

「分かればよいのじゃ。あんな古臭い場所なぞ真っ平御免じゃて。じゃが貴様の言……気にはなるの。やはりグラジールにも“敵”はおると?」

「たぶんな。あいつらは『楔』を封印しようとするお嬢様がジャマなのさ。ゲンブ国の首都グラジールには『楔』があり、あいつらはその力を使おうとしてやがる。ちと不穏な情報もあるが、なんにせよ行ってみねえとな。ったく、どうしようもねえクソ野郎どもだよ」

「ふむ。しかしのう、今やグラジールはアガナ神教の実質的な支配地じゃ。連中の教義では、化け物やら超自然的な存在は存在自体が悪で、汚らわしく唾棄すべき存在とされておる。上手く紛れ込めるとは思えぬが……ん?」

 その時、前方の雪原から足音を殺して駆け寄る長身の男の姿。後頭部で一つに縛った長い髪を揺らしながら、斥候を行っていた高道亜門が剣呑な表情で2人に話しかけた。

「殿! レイ殿も一緒とは好都合にござる。……まずいことになり申した」

「ああ? 意味わかんねえぞ! はっきりしゃべれや!」

「結論から申せ、亜門よ。敵襲か?」

 2人が眉を顰めて見守る中、亜門は彫りの深い顔に影を落としつつ小さく首を振って、素早く端的に報告した。

「いえ。ですが不穏。アーミスタンの関所から新道への道は、アガナ神教の検問で封鎖されておりまする。しかも連中は見た目こそ僧侶なれど、紛れも無く訓練された軍人。通常の方法ではグラジールへは到達できぬものかと存じまする」

 しん、と静まり返る一行。だが事の重大性に気付かぬレイは、馬鹿にするかのように大きく笑い飛ばした。

「ハッ! なんでえ。んなことかよ。こないだみたいに、テキトーにごまかしゃあいいじゃねえか。そういうことしか能のねえクソもいるしよ」

「……阿呆じゃ阿呆じゃとは思うていたが、まさかここまでとはの。よいか、前回は“通すための審査”、今回は“止めるための審査”じゃ。さらに懸念すべきは……儂らを捕獲するための可能性が極めて高いと想定される事よ。儂の知る限り、あんなところで大規模な検問なぞ聞いたこともないし、やる必要もありはせぬ。やるとすれば……儂らの“敵”しかあるまい。人の世に入り込み、意のままに動かすことで自らの目的を果たす。連中はそういう存在……貴様もよく知る所であろう?」

「け、けどよ。んな宗教野郎まで俺らの敵なのか? いくらなんでも……そ、そうだ! たまたまなんじゃねえか? 意外と素通りできたり……」

「儂はの、虫。この旅の中でずっと違和感を感じておった。日々儂らを正確に追尾する眷属。『楔』で待ち構える敵幹部。シャルの力が最も落ちる新月に、図ったかのように狙いを定めた大妖。そして今回の件。偶然は決して此処まで続かぬ。間違いなく……儂らは狙われておる」

「……ぐっ!」

 何も言い返す事の出来ないレイ、深く考え込む藤兵衛。そんな中でおずおずと意見を述べる亜門。

「恐れながらレイ殿、殿の仰る通りかと。遠目から軍の指揮官らしき男を伺いましたが、間違いなく只者ではありませぬ。と言うよりも……あれは“闇”の眷属かと存じます」

「やはりの。敵はこの国の中枢アガナ神教、そしてそれに連なるは眷属じゃ。如何なる理由で相反する両者が結び付いたかは知らぬが、儂らに仇なす歴とした敵じゃ。行くか退くか、早急に決めねばなるまい」

「御意にて。偵察の最中、一度だけ視線のような感覚を覚えたでござる。即座に撤退しましたが、付けられている可能性もあり申す。レイ殿……速やかに御決断を」

 2人の言葉を受け、レイは目を大きく見開いて一瞬で覚悟を決めた。静かな闘気を内で練りながら、レイはちらりと力車の方に視線を送った。

「俺は……てめえらを信じてる。てめえらには、俺にはねえ能力がある。クソ商人だけならさておき、亜門まで言うんなら間違いねえだろう。だが、退く選択はハナからねえ。おい、クソ商人。他にグラジールへの道はねえのか?」

「……旧道を行く他にあるまいて。北回りで大きく迂回し、グラジールの北東部に位置するラドグスク鉱山に抜ける道があるわい。軍事的にも商業的にも価値のない、地元民しか知らぬ道じゃ。日数的には2週間弱……満月に間に合うかどうかは賭けじゃの」

「よし、そうと決まりゃ出発だ! てめえら、さっさと進むぞ!」

「委細承知! ならばすぐに向かうでござる!」

 戦意高揚する一行の中で、どことなく浮かぬ表情を浮かべる藤兵衛。そんな彼を何か言いたげに見つめるレイ。物語は本道からやや迂回し、更なる展開を見せようとしていた。


 一方、ゲンブ国中央部。アーミスタンの関所。

 門の前には100名余りの僧兵が、一糸乱れぬ隊列を築いていた。彼らは白く染めた揃いの僧衣で全身を覆い、外から顔を伺うことはできなかった。服に刻まれた穏やかな表情の女神の印は、彼らの信仰に沿った聖なる証であった。彼らはどんな些細な塵一つも見逃さんとばかりに、異常なほどの緊張感を漂わせてその場に待機していた。その原因は、最後方に位置する1人の若い男によるものだった。

 男は、他の僧兵達と同じ衣服を纏いながらも、明らかに異質な気配を発していた。彼だけが馬に騎乗していることも原因の一つではあったが、短く刈り込んだ金髪からは強い決意のようなものが、高温で燃えるような蒼い眼からは深い漆黒の意志が感じられた。

 日時は昼過ぎ。

 突然男の前で人の列がバッと割れた。その中央を突っ切った馬には、極めて大柄な男が乗っていた。僧衣の下の甲冑が玩具のように思えるほど、あらゆる部位が巨大な男だった。大男は金髪の男の前で、定められたような厳密な動きで馬から降り、恭しく片膝を付いた。大男の傷だらけの坊主頭には幾重にも汗が流れていた。彼は暫しそのまま服従の姿勢を取り、金髪の男の合図を待っていた。

「結果のみ聞く。言え」

 短く、鋭く金髪の男が発した。言葉から放たれる異様な威圧感に、僧兵達は揃って心中で震え上がっていた。大男は滝のように流れる汗を拭うこともなく、下を向いたまま振り絞るような声で告げた。

「……申し訳ありません。取り逃がしました」

 沈黙。何より雄弁に状況を語る沈黙。金髪の男は騎乗したまま僅かに天を見やり、すぐに大男に視線を戻した。

「お前では難しかったか。ザザ?」

「ご指摘後すぐに追ったのですが、完全に撒かれてしまいました。言い訳のしようもありません。ガーランド様、誠に申し訳ありませんでした」

 ザザと呼ばれた大男と彼の部下達は、その場で地面に頭を擦り付けた。彼らは積もった雪の下、氷の層にまで頭を打ち付けて、血が出るほどに土下座をしていた。そんな彼らに向けて、ガーランドと呼ばれた金髪の男は、蒼い瞳を極めて冷淡に向けていた。

 時間にすれば数秒後ほどだった。しかし極限の緊張に晒されたザザ達にとっては、それは何時間にも感じられた。深い沈黙の後、ガーランドは微かにふっと口元だけ微笑んだ。

「仕方ない奴だ。確かに先程の男は只者ではない。まさかあれほど俺に近付くとはな。恐らくは専門的な訓練を受けた武人だろう。殺気の隠し方まで含めて完璧だった」

「ガーランド様のおっしゃる通りです。雪道にも足跡を付けることなく、完全に痕跡を隠しておりました。しかし不思議なことに……闇力を一切感じさせませんでしたが」

「単純に考えると稚拙。一段階進めると陽動。更に進めると誘導。どれにせよ俺は戻る。ザザ。お前に任せる。早馬にて奴を追え。逃げ道は旧道の先しかない。必ず全て吐かせて始末しろ。グラジールに1ミリたりとも近付けるな」

 ガーランドは短く答えて、くるりと後ろを向いた。と、同時にザザの背後に侍る兵が突然痙攣し始めた。異変に気付いた彼が手を伸ばそうとしたその時、彼の首はゆっくりと右回りに回転し始め、やがて人形のようにぐるりとねじ切られた。鮮血を撒き散らして膝から地に落ち、病的に痙攣する死体。吹き飛んだ首はやけにゆっくり弧を描いてどさりと雪原に落ち、魂の抜けた眼でザザを恨めしそうに見つめていた。一連の光景を見て、僧兵達は心底震え上がり声を失った。

「ザザ。次はない。セルシウスも失い俺達には後がない。どんな手を使っても炙り出せ。魔女シャーロット=ハイドウオークは勿論だが……何より優先すべきは『賢者の石』だ。例え誰が何千人死のうとも必ず手に入れろ」

「は、はっ! 命に代えても! アガナの思召しを!」

 バッと重い体を迅速に立ち上げ、ザザは右手を上にあげて左手を胸に当てると、アガナ神教でいう神への畏敬の形を取った。ガーランドが興味薄そうにさっと手を翳し応えると、彼は即座に馬に駆け乗り、全速力で消えていった。

 再びアーミスタンが静寂と緊張に包まれた。僧兵達が恐怖で押し潰されそうになる中、ガーランドは天を見上げて1人呟いた。

「掛かった魚は鯨か鰯か。どちらにせよ俺のいる限りグラジールには近付かせん。600年に渡るアガナ神教の技術の結晶と、本来忌むべき闇の融合。その為に必要なのは『賢者の石』。最終的に世界を統べるはこの俺だ。聖母アガナの思召しを」


 天候は曇り。先行きが何も見えぬ暗雲の中、気付けば藤兵衛一行は恐るべき存在と対峙していた。彼らはこの国の全てを牛耳り、あらゆる力を使って戦いを挑んでくるだろう。それでも、シャーロットは戦わねばならない。世界全てを敵に回しても、誰から信じられることがなくとも、ただ……世界の平和と信じるもののために。

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