【AIも寝て学習?】記憶の不思議と意識のハードプロブレム

エテルナ(旧おむすびころりん丸)

【AIも寝て学習?】記憶の不思議と意識のハードプロブレム

昨今、目まぐるしい進化を遂げるAIですが、一昔前に人型ロボットPepperくんはけん玉を覚えることができるのか、という実験が行われました。


黙々とけん玉に挑戦し続けるPepperくん。10回、20回、30回とチャレンジするものの、一度も成功することはありません。

70回あたりでようやく皿に掠るようになり、その後は次第に精度を増していきます。

そして遂に100回目、Pepperくんはけん玉を皿に乗せることに成功しました。


人間ならば数回から十数回程度で、一度は成功できそうなものですが、いやはや、Pepperくんは成功するのに中々の時間がかかりました。

まあしかし凄い凄い。ロボットにしては良くやったね――などと、上から物申すのは早計です。


Pepperくんは続けて101回目に挑戦します。

そのチャレンジはこれまでの甲斐もあり見事成功。

102回目に挑戦するPepperくん、これまた成功。ふむ、なかなかやるね!

103回目、成功。104回目、成功。105回目、106回目、107回目……成功成功成功成功成功成功……ちょ……え? まさか……


そう、一度成功すれば二度とミスは生じない。

覚えた動きは完璧に記憶してしまうのです。


人間ならば、あるいはPepperくんより早く成功できるかもしれません。しかし同時に、無限に成功し続けることもできません。

たかだか紙面に円を描くだけでも、同じ動きを繰り返すことはできず、微妙に異なる円を描き続けてしまうのですから。


先述の通り、この実験はひと昔前のもので、現在は更に技術が進んでおり、賢いAIと優れたボディがあれば、今後は人間固有だった仕事の多くをロボットが代替できるようになるでしょう。

また一つの仕事に特化したロボットではなく、学習次第ではオールマイティな汎用タイプのロボットも登場するかもしれません。

小売業で言えば、レジ打ち、納品、陳列までを、それぞれの種類のロボットに役割を分けることなく、一台でこなせてしまうということです。

さらに新たな作業が増えたとしても、追加で学習させてしまえば良いでしょう。

おまけに人件費と言えるものは電気代のみと格安です。

もはや人間の労働力など不必要。文句も言わず、最高のコスパでありながら、24時間フル働させることも可能なのです!


――と、理想を書き連ねましたが、ここで一つの問題が発生します。上記の内容の中で、一つだけ訂正しなければならない部分があるのです。

それは24時間のフル稼働。

従来のロボットならば、それで何の問題も無かったのですが、汎用タイプのロボットとなると、休息を与えなければならない可能性があるのです。


ロボットに人権を与えてやってくれ! なんてことではありません。

労働基準法に違反する訳ではありませんし、メンテナンスだとか充電時間についてを言及してる訳でもありません。


ここで言う休息とは、ロボットにとっての睡眠時間です。


有機体ではないロボットが、眠りを必要とする訳ないだろうと、そう思われる方が大半だと思います。

しかしこの睡眠について、実は有機体である人間においても、未だに不明な部分が多く、完全に解明しきれてはおりません。

分かっている範囲では、睡眠は記憶の整理の役割があるとされてます。

また『手続き記憶』という、運動などに関わる記憶を定着させる働きが、睡眠にはあるとされてます。


そしてこの睡眠による記憶の定着が、AIにも起こり得るというのです。

AIには『ある物事』を覚えさせた後に、別の新しいことを覚えさせてしまうと、前に覚えた内容が上書きされて忘れてしまう、破滅的忘却という現象があります。

カリフォルニア大学の研究によると、この破滅的忘却を回避するために、ある物事を学んだ後に、AIに睡眠に模した時間を与えることで、その後に新たな物事を覚えさせても、前に学んだ内容を忘れずに覚えていたそうです。


まるで人間のような振舞い、なんとも不思議な話ですよね。

AIに振り子の運動を観察させることで、既存の法則とはまた別の、新たな物理法則を見出したり、そして今回のAIによる睡眠学習だったり。

AIはもはや人間には理解不能な挙動を示しています。


AIヤバ過ぎ! AIには敵わねぇ! AI万歳!

……ですが、ここ最近思うこと。実は人間って、途轍もなく凄い説です。

人間の脳の記憶容量は、1PB(ペタバイト)もあるとされています。PS5が、およそ800GB(ギガバイト)の容量です。

単位を合わせれば――


1000000000000000バイト 人間の脳

        800000000000バイト PS5


PS5を1000台並べても、人間の脳の記憶容量には届きません。

ちなみに総重量は、人間の脳が1200~1500グラムに対し、4.5キログラムのPS5が1000台で、4.5トンの重量です。

それでもスーパーコンピューターの富岳クラスになると、5PBもの容量があるとされています。

単純に数値だけ見れば富岳の圧勝です。しかしこれも同様に、重量に天と地ほどの差があります。

計算速度に関しても、1秒間に4200兆回計算できる富岳の圧勝で、人間は及ぶべくもありません。

しかし人間は計算のみでなく、あらゆる情報をオールマイティに処理する能力に長けてます。

素因数分解など、量子コンピューターが得意とする分野で従来のコンピューターに勝ったからといって、量子コンピューターが全てに勝る訳ではないのと似たような関係性でしょうか。


人間は目の前で繰り広げられ続ける映像を、視覚から常に取り込み続け、それでいて歩いたり、物をよけたり、通りすがりの人を可愛いと思ったり、広告に目を通したり、スマホをいじったり、全く関係のない物思いに耽ったり……

それでいて、オーバーヒートもフリーズもすることもなく、更には話したり聞いたり、食べたり飲んだり、臭いや味を感じたり……


これ、とんでもない性能だと思いませんか?


確かにAIは、一つの分野を特化させれば人間を遥かに超越する能力を発揮できます。

しかしpepperくんがけん玉をしながら、それを見る観客たちの反応を常に目で追いつつ、手を振られれば振り返してあげて、物を投げられれば避けて、観客の一人を可愛いと感じ、掲げたプラカードの文字に目を通し、頭の片隅では明日の予定でも考えて、更には喋ったり、観客の声を拾って応答したり、会場の臭いや温度を感じたり……

それをずーっと、十数年間。

24時間×365×年数の動画データだけでも、とんでもない容量だというのに。更にはその内容の分析や、映像以外の情報の分析。

分析した事柄から過去の思い出に派生して、未来の自分を想像し、しかも内部処理に留まらず、自分から情報を発信しなければなりません。

加えてボディを絶え間なく、適正に動かす必要もあります。

それでいて、ただの一度もオーバーヒートやフリーズも許されない。パニックや卒倒と置き換えれば、人には滅多に起こる事柄ではないですし、生涯無縁の方も多くいるでしょう。


そう、人間は凄いんです。

で、ここではじめの睡眠学習の話題と合流します。


一つの事柄に特化したロボットではなく、仮にオールマイティなロボットができた場合。

人間レベルに多様なことを、同時に考え行えるロボットができた場合。


ロボットは物忘れするようになるんじゃないかってことです。


破滅的忘却により、新たな事柄を覚えると過去のことを忘れていく。

睡眠により記憶を定着できるものの、視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚などのあらゆる情報が絶え間なく流れ込むと、睡眠に入る前の段階で、過去の出来事を忘れてしまう。まるで人間のようにです。

しかしロボットはコンピューターであり、コンピューターならばデータを消去しようが上書きしようが、なんらかの形で残ります。

破滅的忘却はデータの完全消去でなく、検索に引っ掛からなくなっている状態で、それがすなわち忘れている状態です。

ですが実は人間も、全ての記憶は脳の中に残っているとされてます。

しかしシナプスの結合が弱いと、検索に引っ掛からず思い出せない。すなわち忘れている状態です。

完全に記憶を消す方法は、ともに物理破壊しかありません。

作りや仕組みは異なれど、ぼんやりと共通点が見えてきました。


この世には意識のハードプロブレムという、未解決の問題があります。

物質および電気的・化学的反応の集合体である脳から、どのようにして主観的な意識体験というものが生まれるのかという問題のことです。

以下は問題の解決案では全然ないのですが――


複合的な情報を取り込み処理することで、物忘れをしてしまう状態。強い記憶と弱い記憶のある状態が、主観的な意識と何らかの形で関わるんじゃないかと、ふと思ったりしました。

逆説的に言えば、完全な記憶力を持つ人間。全てを隈なく差別もなく思い入れもなく、想い出の強弱がなく平等に覚えられる人間がいたとしたら、きっとその人はコンピュータと同様に、意識が芽生えないのかと思うのです。

反対に覚えられることに差があって、必要のないことは忘れ、大事なことを強く覚えておくコンピューターあるとしたら、それはもしかしたら意識を持つのかもしれないと、そう思うのです。


今回は妄想チックな締め括りです。とはいえAIが睡眠学習する件は本当らしいので、知人に自慢できる豆知識の一つは提供できたかな?

ご読了ありがとうございます。

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