23 空っぽだけど大切なもの
『今どこ?』
メッセージを送るとすぐ、画像が一枚返ってきた。
まっ黄色の真ん中にぽちっと赤。
「んん……?」
画像を拡大してみる。
サムネを黄色く塗りつぶしていたものが、降り積もった大量のイチョウだと分かった。そして真ん中の赤いのはタカ君のバイク。
「……分かった!」
この規模のイチョウ並木があり、なおかつバイクが入れる場所と言えば、あそこだ。
市民運動公園東口。
ここに来いと言っている。
お互い先輩であり後輩でもある部の一年生に、顧問の門倉ちゃんも交えて、焦点距離二十ミリ以下の世界について熱く語り合うのは楽しい。
だが今日は早めに切り上げることにした。文化祭の助っ人、オレのマジックアワーハンター仲間に、早くフォトブックを渡したいからと言って。
誰一人、早退を咎める部員なんていない。
「じゃお先っす!」
「鷹栖君によろしくね」
「銀杏の落ち葉は滑るから、自転車、気を付けるんですよ」
「ちょ、門倉ちゃん、受験生の前でそれ言う?」
どっと笑いが起きる化学室を後に、廊下を走——ったら怒られるのでギリギリ走らない程度に急いで下駄箱に行き、靴を履き替え、駐輪場へ向かう。
チャリの前カゴに荷物を入れ、ネットをかけた。大切なものなんだ、弾んだりしないよう慎重に固定する。
カメラ部、いい部だよな、ほんと。みんな仲が良くて。
使ってるカメラも、撮影スタイルも、好んで撮る被写体も、ぜんぜん違うのに。カメラが好きって大きな括りが共通している。
オレ思うんだけどさ、写真部とも分かり合えるんじゃないかな。
……いや別に何も、あのモデルが案外こっちの部に理解を示してて、鷹栖さんの写真と部長のメッセージに素直に心を打たれてた、って知ったから掌を返す訳じゃない。
少なくとも彼女のSNSからは『カメラが大好き』を感じられる。そういうキャラを演じてるだけの、ただのプロモーションなのかも知れないけれど。
あの派手シャツ先生よりずっと真摯にカメラに向き合っている。そんな気がするんだ。
オレ達は写真を撮る。
共通点はそれだけ。
『どうやって』撮るのか、『何を』撮るのか、『何のために』撮るのか様々だ。
リバーサルフィルムって何だよ、二眼レフ初めて見たよ、ばえーってどうことだよ、な状態だけど。
オレはこの道を進み始めたばかりだ。
理解し合える仲間もいる。ぜんぜん見当違いなことをしている、訳わかんない奴らもいる。
けれど。
オレ達は写真を撮る。
「待たせたなあぁっ!?」
本当だった。
いつも横滑り気味に停止する癖がついているオレ、タカ君の前でチャリを倒しそうになった。
市民運動公園東口。公園中央の噴水まで続く見事な黄金色の絨毯は——良く滑る。
ポールに腰掛けてスマートフォンを見ていたタカ君は、動じなかった。
いやオレには分かる。こいつ動揺するとリアクションがなくなる。
多分今めっちゃ驚いてる。
「ここ滑るよ?」
「……知ってる」
片足で愛チャリを支えた。倒すものか。前カゴには大切な、鷹栖さんのカメラが入ってるんだ。
部長が言うには二度と撮影できないそうだけど、それでもタカ君に返さなきゃいけないんだ。
自分が撮ったフィルムは『やるよ』で、鷹栖さんのカメラは『渡して欲しい』だった。このニュアンスの違いを汲めないほど、空気が読めないオレではない。
タカ君のフィルムは貰ったもので、鷹栖さんのカメラは預かったものだ。
「あーびっくりした。オレ受験生じゃなくて良かった」
タカ君が肩を小刻みに揺らして笑っている。
化学室の柘植部長とそらちゃん先輩、安心してください。オレが代わりに滑っておきましたからもう大丈夫です。
「しかしここ、綺麗だね」
「こんだけ人が歩いてたら撮れないけどね」
「じゃあ明け方が狙い目かな。ほらオレ達マジックアワーハンターだし」
両手の親指と人差し指で四角を作って、目の前にかざしてみる。
うん。いい景色だ。まっすぐ伸びる銀杏並木。両側から枝を伸ばした、黄金色のアーチが見事だ。
……オレら以外にも撮る人やらワンコと散歩中のお爺さんやらジョギング中のお姉さんやら、見切れる一般人が多すぎるけど。
「今までは『良い風景だなー』で終わってたけど、最近、撮ることを考えるようになった」
「まあ、そうなるよね」
「綺麗な写真を見たら、どうやって撮ったんだろうって思うし。撮ってみたい、どうやれば撮れるかなとか、タカ君はどう撮るだろう? 部長だったら、副部長なら、ってなんか色んなこと思うよ」
ふ、って。
横で小さく、師匠が笑った。
「俺ならここから噴水は狙わない。広角で人が切れる瞬間を待つか、諦めて空を透かして撮る」
「ほぉー、なるほど」
「あと、ほら、影がいいし」
それは思った。
黄金色の絨毯に落ちる木漏れ日の濃淡。
隙間をすり抜けた光と、幾重にも重なった葉陰が生み出すコントラスト。
「思いついた。タカ君、カメラを地面に置いて、視点めっちゃ下げて撮ってみたらどうかな」
「んー? ああ、あのレンズ開放で?」
「そう。奥行きどーんて感じの!」
「……通行人の迷惑になるんじゃないかな」
「そこ!?」
やってみたいな、猫目線撮影。カメラ持ってくるべきだった。
「君は? 撮んないの?」
「フィルムがない。もう親父に貰えないし」
変な笑いが出た。
そんな理由だったんだ、って。
「じゃあさ、カメラ部においでよ。新品のデジイチがある」
ずっと考えていた。あれほどオールドカメラを愛している篠塚先輩が、部費でデジタルカメラを買った理由を。
写真を始めたいと思っても、機材を揃える最初のハードルが高い。こんなんじゃ好奇心がなかなか伸びない。
最初の才能——気軽にカメラを触れる環境が必要だ。
カメラ部をそういう場所にしたいんだ。
「デジイチねえ」
「大丈夫。操作方法ならオレが教えてやる」
「……えー」
「露骨に嫌そうな貌するなよ。デジカメはオレの方が先輩だぜ?」
ふと銀杏の色が変わったことに気付く。
太陽が傾き、さっきまで白かった木漏れ日がほんの少しオレンジ色がかってきていた。
銀杏の黄色と相まって、いい色だ。
「そうだ、忘れるところだった。カメラ部と言えば、預かってきたよ。文化祭の記念品」
「記念品もらえるんだ?」
「展示した写真をフォトブックにしてくれた」
それと。
預かっていたものを返さないと。
タカ君は、カメラ屋の紙袋に入っているものをすぐに理解したようだ。
「こじ開けたんだろ。だったらもう使い物にならないよ、それ」
「だけどさ、使い物になることだけが価値じゃないんじゃない?」
誰にだってあるはずだ。他人から見たらガラクタだけど、大切にしているものが。
「君ほんと……面白いよね」
「うへへ。よく言われる」
時間をかけて、タカ君はそれを受け取った。
玉手箱に閉じ込めていた時間は解き放たれ、空っぽの、ただの壊れた箱になってしまった。
タカ君がそれを選んだことを、鷹栖さんは喜んでくれていると思う。
ねえ、爺ちゃん。
もしそっちで鷹栖さんに会ったら、挨拶しといてよ。
幸いオレ達には未来がある。
必ず追い抜くから。
いつかもっといい写真を撮ってみせるから。
覚悟してて下さいね、って。
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