14 流行性オールド・ガール
中間テスト期間は部活動ができなかったので、終了後すぐカメラ部の有志が『つげカメラ』に召喚された。
顧問の門倉先生に、副部長の篠塚先輩、広報担当そらちゃんこと和田先輩。そして部で最も下っ端なオレ。
「ごめんねみんな、せっかくの休みなのに」
「テスト終わったから別にいっすよ」
「君はそう言うと思った」
どうもオレのことを何か誤解しているフシがある柘植部長。今日の私服も相変わらず男子っぽかった。ジーンズと、かっちょいい柄が付いた大きめの黒いパーカー姿。
なんかオレの私服とそっくりだ。モロ被っちまった。
「気にしないでミサちゃん。早くカメラ触りたかったんだ」
朗らかに言うそらちゃん先輩は、柘植部長とも門倉先生とも別方向のタイプだった。ショートカットで私服は可愛い系。メインヒロインの友達ポジに収まってそうなキャラだ。主人公とヒロインの仲を取り持つ——実はこっそり主人公のことが好き——みたいな。
ちなみに柘植部長は見た感じツンデレヒロイン風味だけど、実はデレツン。親しい仲には暴力的だ。いつかオレも脇腹をシメられる日が……来ないことを祈る。
「そらちゃんも俺も普段からフィルムカメラだから展示物に困ることはないけど、デジカメオンリーの部員は大変だろうなあ。まずはカメラの手配から始めなければならないのに、邪魔な中間テストのせいで身動きが取れないとなると」
「学生さんは勉強最優先ですよ。部活が忙しくて勉強ができないなんて言われたら顧問として困ります」
普段着もほっとんど学校と印象が変わらない門倉先生と、なんかチャラチャラした格好の篠塚先輩の会話は興味深かった。
そっか。そらちゃん先輩もフィルムカメラなんだ。
「やっと撮影解禁。大っぴらに準備に入れるね。まずは三十五ミリ」
「俺が預かる」
「みんなの分だからね。使い込まないでよ。それから百二十ミリはそらちゃん。二眼レフ組に配ってね」
「はあい」
二種類の未使用フィルムの紙箱が、先輩達に配られた。
「部長、オレの仕事は?」
「広瀬君はこれ。リバーサルフィルム。鷹栖君に渡してあげて」
「了解っす!」
タカ君専用フィルムは、普通のとおんなじサイズ。見た目はほとんど一緒だ。
篠塚先輩がこっち見ながらヨダレを垂らしている気がして、急いで鞄に入れた。
「鷹栖君の様子どうだった?」
「親父さんの写真、けっこう効いてました」
「そっか。一歩進んだね」
カウンターの向こうの部長と、手前の顧問と部員三名で、だいぶ手狭感のある小さなフィルムカメラ店。新商品よりプレミア価格の中古が多いショーウィンドウ。酸っぱい匂い。
部長の自宅が、タカ君親子にとっても馴染みの店であったという事実は、縁を感じる。
オレ、カメラ部を選んで良かった。
「え? ヒロ君もしかして鷹栖嘉裕さんの未発表作品を見たの!?」
そらちゃん先輩がオレに食ってかかる。
忘れてたけどあいつの親父さん、カメラ好き界隈では有名人なんだった。
その劇的な最期も含めて。
「どうだった!?」
「すごかったっす」
「それだけ?」
「言葉にできないって言うか……オレぜんぜん詳しくないんであれなんすけど、なんか、矛盾してたっす」
タカ君パパの写真のすごさは、素人が撮ろうと思ってすぐ真似できるものじゃないってところにあった。
道具がどうのって、篠塚先輩は言う。でも多分、ふんだんにプロの機材を使えたってあれは撮れないだろう。
矛盾している。
その一言に尽きた。
「オレの知識じゃ理解できなかったっすね。なんで天の川と遠くの山と近くの田んぼが一緒に、ぜんぶいい感じの明るさで写ってんのか。星がクリアで、なのに暗い田んぼの水に雪山が映ってるのまではっきり撮れてて、なんかもう訳わかんなかったっす」
「安心して良いよ広瀬君。多分俺の知識でも理解できない。あの人が撮る山の写真は、フィルムの限界を突破してたからね」
いつも言うことが大袈裟な篠塚先輩だが、今回ばかりは柘植先輩も門倉顧問もそらちゃん先輩も同意していた。
本当にそう思う。
写真が魔法でなく科学技術だってことは、つい最近理解したけれど、理解できないくらい優れた写真はもう魔法でしかない。
「あのレベルの写真が撮れない限り、目標を見失ったとは言えない。そこに気付いてくれたかな」
部長の言葉に頷く。
親父さんは亡くなったけれど、作品を遺してくれている。
「ま、鷹栖にはプランBが無いわけではないからね。広瀬君、検討してみるよう提案してくれないかな」
「何すか」
「デジイチ」
にんまりと、副部長が口角をあげる。
デジイチ。——デジタル一眼レフカメラ。オレが持ってるやつ。
「部の備品としてひとつ買った。豊富なマウントアダプタに対応していて他のメーカーのレンズを使いまわせる汎用性の高い機種だ。もし親父さんと『全く同じこと』をしたくないんだったら別の手段を模索すれば良い。カメラ部に籍を置いてくれたらいつでも貸」
「しーのーづーかー?」
ぴしっ、と。
ドスのきいた部長の声で、場の空気が凍結する。
あ。思い出した。初めてカメラ部を覗いた時のこと。
篠塚先輩は内緒で部費を使い込んだ罪で、コブラツイストの刑に処されていた。
あれデジタルカメラだったんだ……。
自分が触ってみたかったのもあるんだろうけど。
タカ君に、別の写真道を示せる。
さすが副部長!
「みんな大変っ!」
今にもカウンターから飛び出しそうな柘植部長による、場外乱闘が始まる寸前。
そらちゃん先輩がスマートフォンを凝視しつつ叫んだ。
「どうしました?」
落ち着いた声で門倉顧問が訊く。
そらちゃん先輩が画面をこちらに見せてくれた。なんかオシャンティな女の人が写っている。肌の感じがプラスチックみたいだ。目もでかくてキラキラで不気味。
「西校祭にリュリュさんが来るって」
「はぁー!?」
「待て待て、それ反則じゃね?」
「あらら……そう来ましたか……」
オレ以外の全員が理解していた。
あの修正バリバリ女子が文化祭に来たとして、一体何がそんなにショックなんだ?
「すんません。誰すか」
「あ、ごめん知らないよね。うちの高校の卒業生で、写真部のOG、今は雑誌のモデルやってて女子高生に人気のインフルエンサーで」
「そりゃいかんっすね。大人しく寝てないと」
「それはインフルエンザ!」
めっちゃお手本通りの綺麗なツッコミを入れてくれたそらちゃん先輩、あざす。
「病気じゃなくて流行の発信源ね。ほんと人気があるのよ」
「あっちの女子部員ほとんど彼女のフォロワーだよね。おんなじミラーレスカメラ持ってる」
「あのさあ門倉ちゃん、いくら何でも卒業生は助っ人に入らないよな?」
「どうでしょう……」
「ホントいかんっす。まじ家でじっとしてろって話っすね」
雑誌モデルが来たとあれば、話題はそっちに持っていかれる。
派手シャツ先生、やりやがった。
「こっちに協力してくれる有名人、誰かいないんすか」
「校外の助っ人に頼る前に、まずは私達で何とかしてみません?」
門倉先生の言葉がすっと沁みた。
オレらの展示の成功条件は、勝利ではない。
有名人を呼んで、写真部より人が入ったとして。それが一体、何になる。
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