01 オレとあいつと爺ちゃんのカメラ
爺ちゃんのカメラ一式は正式にオレのものとなった。
デジタルとフィルム、二種類のカメラと共通のレンズが数本。この辺りが、使いこなしてたんだなって感じでわくわくする。
厳選されてる。
オレも必ず、こいつらを使いこなしてあの夕焼け写真を撮ってみせるぜ。
まずは、デジタルの方のバッテリーを充電。それから操作を練習した。
もちろん爺ちゃんは取説なんか取っといてくれてないから、行き当たりばったりで。
ネットで調べろと親は言うが、偉大なる先人が言っているではないか、当たって砕けろと。そう、素人という壁をぶち破るにはまず当たってみるしかないのである。
幸いオレは、新しいデジタルガジェットを弄るのが嫌いではない。むしろ好き。すぐにプログラムモード撮影をマスターした。
……いや電源入れてなんとなく構図を決めてシャッター半押しからの全押しするだけだけど。
これがまあ、意外と楽しい。
半押し状態でカメラを動かすと、撮りたいものにピントが合ったまま構図を変化させられる。何これプロっぽい。
そうやってうちの茶トラ猫の超絶かわいい写真が、新しいメモリーカードに何十枚か蓄積されたところで、はたと気付いた。
家猫写真家のままでは、永遠に夕焼けハンターにはなれないことに。
いざ、撮影に行かなくては。
……山の上公園まで。
遺品の中で一番大きくてかっこいいレンズに付け替えて、袋に入れて自転車の前カゴにイン。安い三脚を買ってきて、両端に紐を結んで斜めに背負った。この格好、親兄弟にはダサいと嗤われたが、ヒーローが背中に装備する長尺武器みたいでオレ的には気に入っている。
美作川を見下ろす山の上公園は、名前の通り山の上にある。かなり急な坂道をチャリで駆け上がった。
ちょうど夕刻。良く晴れている。ばっちりだ。
「——っしゃあ!」
豪快に横滑りしつつ公園の駐輪場に着く。
レトロなバイクが一台あるのみだ。よしよし。どうやら穴場らしい。カメラマンいっぱい居たらどうしようかと思った。
施錠して、カメラを手に、三脚を背負い直して、公園に続く階段を少し昇る。
先客は一名。さっきのバイクの持ち主だろう。ひょろっとした男がベンチに腰掛けて、まさに爺ちゃんが撮影した風景を眺めている。両膝の間に三脚を立てて、格好良いカメラに顎を乗せてぼんやりと。
撮っている風ではなかった。
……挨拶すべきか?
同じ景色を狙うカメラマン同士って、どういう関係なんだろう。仲間か? それともライバルなのか?
「ちわっす」
さりげなく声をかける。
と、その男は視線をくれ、セルフレームの眼鏡を軽く直しながら会釈した。若いな。同い年くらいだ。夕焼けハンターやってる高校生って実在したんだな……オレ以外にも。
二人ってのはなかなか気まずい。むしろライバルが沢山いた方が注意が分散して良かった。
初めて外で撮影するずぶの素人だが、格好だけは練習した。颯爽と三脚を立ててカメラを据える。
横の男がこちらを気にしているのが分かる。
川の上の空はあんまり綺麗じゃなかった。まあいい。いきなり簡単にいっちゃ、面白くない。
レンズを橋の方に向けてカメラをオンにし、ファインダーを覗き込みながら、シャッターボタンを半押しする。
……あれ?
おかしい。
半押しでピントが合うはずなんだが……。
落ち着いて確認しよう。カメラの電源オン。プログラムモードオーケー。オールクリアー、何も問題なし。
なのにファインダーの向こうに見える美作川は、ぼやーっとしている。
なんで?
視線を感じて横を見る。
男が何か言いたそうにしている。
声をかけたいけど、お節介かも知れないし、そんな葛藤が見て取れる。
「あ、あはは、何かピント合わなくて」
「それ、多分マニュアルレンズ」
「……ま?」
「電子制御されてない奴」
ま……マニュアルレンズ……?
ナニソレオイシイノ……?
変な汗がでてきた。
爺ちゃん、使い方の違うレンズ混ぜるなよ。
カメラに最初から付いてた奴で操作に慣れたつもりでいて、このでっかいレンズで実際に撮ってなかったな、そう言えば。
こんなばかでかいレンズが必要なほど我が家は広くないからやむを得ない。
「どうやってピント合わせるか知ってる?」
「こうやって」
奴は自分のカメラに付いているご立派なレンズの胴体部分を、親指と中指でぐりりと回してみせてくれた。
ほうほう。なるほど。見たことある操作だな。
改めてファインダーを覗きながら、レンズを回してみる。と、ぼんやりした絵が遠くなった。反対に回したら近付いて来た。
「それはズームリング。フォーカスリングは、こっち」
「ええと……これ? ここ動かして良い?」
「多分それ」
三度目の正直。今度は……一気にピントが合って一気にずれていった。
意外と繊細。
「……むっず……」
「なんで古いレンズで撮ってんの?」
「爺ちゃんの形見分けで、貰ったんだ。で、いっぺん撮ってみようと思って。ここから見る夕焼けが、凄ぇ好きなんだ」
「夕焼け……は、あっちじゃないかな」
奴が真後ろを指差した。
振り向いたら、確かにそこに。
それはそれは見事な、真っ赤な夕焼けが広がっている。
「なん……で?」
「なんでって、こっちは東。あっちが西」
「でも爺ちゃんが撮ってるんだよ。まさにここから見た夕焼けを。ほら」
スマートフォンに移しておいたあの茜色の写真を出す。
奴はベンチを立って、セルフレームの眼鏡の真ん中をずり上げつつ見に来た。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……これ朝焼けじゃないかな……」
意外で。
でも、言われてみればその通りなことを。
背後に見事な夕焼けを背負って、地味な色をしている目の前の景色の、本当の意味を。
「朝……焼け……だと?」
もしそれが事実なら。
夕焼けハンターの憧れた景色は、夕焼けではないということになる。
「オレ今、地球が回っていることを肌で感じた……」
「何だそれ」
「知ってるだけで分かってなかった。そっか、写真を撮るには太陽系の動向を把握しなければならないんだな」
「そんな大袈裟なことじゃないよ。光と、光を留める技術。それだけだ」
「すげー深い」
奴は曖昧に微笑んでから、前を向いた。
「やってれば自然に覚えるよ」
「ふーん」
「マジックアワーって言って、日の出前と日没後の短い時間は、良い写真が撮れる。その写真撮った人、分かってて狙ってるね。いい腕だ」
まるで猛者が猛者を認めるような発言だった。別にオレが褒められた訳じゃないのに地味に嬉しい。
そうか。夕焼けも朝焼けも似たようなものか。じゃあ夕焼けハンターは改名が必要だ。
「あんたもマジックアワーハンター?」
「……俺は写真は撮らない。もう辞めたんだ」
露骨にいい機材を構えておいて、面倒くさいことを言う奴だ。
事情があるのかな。
こいつとは、いい感じに、好敵手と書いて『とも』になれそうな気がするのに。
「あ、そうだ。オレ広瀬太一。よろしく」
「ええと。鷹栖。鷹栖和行」
「たかす……鷹の巣?」
「そうだけど多分、今思い浮かべた字と違う。木偏に西って書く方」
「うーん?」
字面が想像できなかった。
向こうも、慣れっこって感じで。苦笑する。
撮りたい茜色の空があさっての方向に在った、その日。
オレ達は、こうやって出会った。
後に理解する。写真というもので繋がれた、撮りたいのに撮れないオレと、辞めたくても辞められないこいつの出会いは、ある意味で大きな運命だったんだと。
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