彼の話
mil
彼を見つけた日(4/27-5/1)
4/27に長男から届いたLINE
「ごめんなさい。今日体調を崩して仕事に穴をあけてしまいました。明日からがんばります。」
私は息子たちに常々「自分の責任は自分で持ちなさい」と教えてきた。
息子たちのことは愛している。でも一般的な母親像とはかけ離れていると思う。
私は彼らを「個」として扱うし「人」として話をする。
「自分の道は自分で決めなさい」これが私の育て方であり、彼らが協力や援助を求めたらそれに応じるかどうかを話合う。
失敗をしたとしても責めたりはしないし、常に最終的な逃げ場所は私だという話をしている。だから私が守り切れる程度の失敗にしてね なんて笑いながら育ててきた。
さて、話を戻そう。
長男からの連絡を見て嫌な予感がした。先月も長男は調子を崩し病院へ行っている。
『ごめんじゃなくて、体調はどうなの?先月も調子崩してたりしてたし。
採血してもらった?点滴の内容はなんだった?』
その後彼との連絡がとれなくなった。
私は看護師でカウンセラーでもある。
精神面身体面、1番最近の彼の様子や表情を思い出していた。
次の日、彼は仕事を無断欠勤した。
その知らせを聞いたのは午後だ。すぐにLINEを入れ、電話を鳴らしたが返事はない。
長男は夫(義父)の会社で働いている。
夫と相談し私は退勤後、息子の家に行ってみることにした。
・事件や事故に巻き込まれたんじゃないか?
・体調がおかしく部屋で倒れているんじゃないか?
・たださぼっただけ
・心が疲れている
いろんなことが浮かんでは消え浮かんでは消え。
どんな状態でもいい
『生きててくれますように。顔を見れますように』
それだけを考えて彼の部屋へ向かった。
私と長男は同じ市内に住んでいるがお互いの家を行き来したことがない。
夫が来たときには一緒に食事をしたりもするが、基本的には用事があるときに連絡しあう程度だ。
希薄な関係に思われるかもしれないが、私たち家族はそれぞれが自分で決めた場所に住み、自分の決めた生き方をしている。4人家族がそれぞれ違う場所で生活をしているのだ。会えば食事をし笑いあい喧嘩もする。だが普段の生活は個人が考え自分の人生を作って行くのがうちの家族だ。少し変わった形の家族だと思う。
私ははじめて長男の家に行った。
何度インターホンを鳴らしても出ない。音もしない。
事件に巻き込まれたのでは?倒れてしまってるのでは?という不安が頭を支配し出した。まず鍵を開けてもらわなければ・・・と夫に管理会社を調べてもらい連絡するも夜遅かったため、営業時間外。
救急車か??でも中にいるのかもわからない・・・警察だ。
110番へ電話をし、現状を話した。「途中何度もお母さん落ち着いてください。」と言われながら。「警官を向かわせますからその場にいてください。電話にはすぐ出られる状態にしておいてください」と言われその場で待った。
しばらくすると長男からLINEが来た。
「今はだれとも会いたくないし、話したくない。来てくれたのはうれしいけど会えない」
『生きてたーーーーーーーーーーーーー』
舞い上がりそうだった。
『なにも話さなくていいよ。でも警察を呼んでしまったから、一度鍵を開けてくれないかな?あんた顔を見て確認したら警察の人に大丈夫でしたって説明して帰ってもらうから。』
と話ししばらくして鍵を開けてくれた長男に抱き着いた。
なにも言わず抱きしめた。私より高い身長の彼の頭をなでた。
彼は泣いていた。
私も泣いていた。
彼の部屋は暗かった。すぐ隣に家が建っていて、1階の部屋ではカーテンが開けられない。ロフトの布団の上に彼は座り込み1点を見ていた。
私は警察が来るまでの間彼の部屋を見ていた。
決して清潔ではない。でも驚くほど食べ物のゴミがないことに驚いた。
彼は食べることが好きだった。おやつも食事も。
やせ細っているって感じではないけれど以前なら転がっていたようなジュースのペットボトルやおやつのゴミが一切なかった。
インターホンが鳴り、警察の方に事情を説明し、長男と私の身分証明書を見せ帰ってもらった。
さて、どうやってこの部屋から彼を連れ出そうか考えていた。
その場に1人には出来ないことはわかっていた。
どう話そうか考えたが、言葉を選ぶ余裕なんて私にはなかった。
『ねぇ。ここに1人でおいておくのは怖い。私と一緒に私の家に来ない?来ないなら私がしばらくここに居ていいかな?仕事のものを全部置いて、私と少し帰ろうよ』
泣いていた彼はうなづいた。
リュックから彼の仕事用品を出し、彼の仕事メモを見たとき驚いた。
同じことが何度も書いてある。3冊に及ぶメモの中身はほぼ同じことばかりだ。
彼は覚えられないのか?それがそんなに重要なことなのか?これはいつからなんだろう??などと考えた。
でもとりあえず今は彼をこの部屋から出さないといけない。それだけに集中した。
彼の下着と着替えを数着用意し、絶対に必要だと思うものを教えてと伝え、財布・携帯をリュックに突っ込んだ。
なぜか彼はゲーム機のコントローラーだけを入れようとしていて、
『本体も持っていこうか』と私が言うと静かにうなづいた。
もうすぐ25歳になる長男の手をひき、電車で涙をにじませる彼の手をひいて連れて帰ってきた。
彼が何にぶつかったのかは知らない。特に聞いてもいない。
私の直観が『この部屋に彼を1人にしておいてはダメだ』そう感じたから連れてきただけだ。
暖かいお茶を淹れ、2人で黙って飲んだ。
ぽつりぽつりと彼が言葉を出す。自己嫌悪とネガティブのループの中にいる。
私は吐きださせるのが大事なのか、でも夜は不安を煽る。やめさせて寝かせるべきなのか考えていた。
結局決められないまま、彼は泣き疲れて眠ってしまった。
次の日彼は夕方近くまで眠ったり起きたりを繰り返していた。
起きたら一緒に食事をし、お風呂を促し眠剤を与えてまた寝かせた。
眠剤のせいで翌日起きた彼は少し頭のだるさを言ってきたが、連れてきた直後より目が動いていた。
「おかんの部屋おしゃれやね。こんな高いところ(私の部屋は13階だ)よく住めるな。」
『ベランダは結構広いねん。一緒に出てみよか?』
息子と一緒にベランダから外を眺めた。
飛び降りたりしないように細心の注意をしながら。
症状的にはストレス症状だと思う。
これがいつからなのにもよるが、抑うつ状態なのは間違いないし、不眠や生活バランスも崩れている。清潔とは言えないし言葉や感情の表出もスムーズではない。
軽い栄養失調はあるのかもしれないけれど、食事をしても嘔吐や下痢はない。
徐脈にもなっていないし、血色などを見ても明らかな貧血もなさそうだ。
病院に行くかどうかを彼と話したがGWに入ること。人と会いたくないことを言われ連れて行くのは一旦やめにした。
私は自分で驚くほど冷静だった。彼が生きており、泣いている。
自分のそばにまだ居ることを拒否しない。
それだけでよかった。彼の今後や、現在の心の状態はゆっくりでいい。
まだ24歳だ。今後彼がどんな人生を歩むにしろいくらでも道は選べる。
今私がすべきことは、彼のそばにいて彼の安全で安心できる場所を提供すること。
そして今まで通り「彼」を「彼」として扱うこと。
壊れかけていようが、怠けていようが、今の「彼」をそのまま見守ること。
親としてこの行動が合っているのかわからないし、彼にとってそれが合っているのかもわからない。
でも結果が答えを教えてくれるはずだ。
「私」は「彼」を「彼のまま」受け入れるだけ。
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