第276話 1日目午前の部2

土方歳三


新選組副長にして、幕臣として最後まで新政府に抵抗する。

鳥羽伏見の戦い以降は北上、壬生、会津など転戦しながらも生き抜き、最後は函館の五稜郭で戦死した『最後の幕臣』と呼ばれる男。


ベストには15個のボタン。

そこから懐中時計のチェーンが見える。

上から羽織る少し大きめのフロックコートの首元を隠すかの様に白いマフラーを巻かれているのが印象的だな。


足元にはもちろんウエリントンブーツ。


髪型をオールバックにした裕太君は、『最後の幕臣』の姿を堂々と演じていた。


「今年の大河ドラマ『花散る五稜郭』で堂々主役土方歳三を演じる西郷裕太さんの登場でーーす。


衣装はドラマで着用されているものをそのままの、凛々しい姿を披露してくれています」


スポットライトの中の裕太君は、幕府軍が次々と撃破され、満身創痍で最期の地として選んだ蝦夷地に向かう悲壮な土方歳三の姿を映し出している。


ゆっくりと剣に手をかけたかと思うと一気に一閃。


その剣撃で闇を切ったかのように会場の電気が着く。


その見事な演出に拍手がこぼれる。


悲壮感さえ漂う真剣な顔に満面の笑顔が戻ると、黄色い悲鳴とともにため息が聞こえるようだね。


さすがは役者のサラブレッド西郷裕太って感じがするよ。


ランウェイを一巡して元の位置に戻って来た裕太の下へ舞台の袖から俺と朝里が出ていく。


さっきまでフォーマルな出で立ちで舞台上にいた俺達がその場から消えた上に、衣装を替えて袖から出て来たもんだから、お客さんも驚いているよ。


俺は榎本武揚の衣装で朝里はドラマの中で歳三と束の間の恋人となる鶴代の衣装を着ている。


そして裕太君とハグと握手を交わして会場に向けて一礼。


満場の拍手を受けながら手を振ってランウェイを共に歩き、一巡してそのまま袖へと入った。


それで午前の部は終了。


「皆んなお疲れ様!いやぁ良かったよ。特にあのスポットライトが当たった時の西郷君の表情。若き日のお父さんと見間違えたよ」


電報堂の沢村さんが笑顔で俺達を迎えてくれた。


そう、今回の大河ドラマの衣装は大河ドラマを一社提供している電報堂の全面的な協力があって実現したものだ。


某公共放送局が民営化したお陰で、こんなことも出来るようになったんだよね。


沢村さんもうちの事務所の社外取締役だから、ちょうど良かった。


お昼はケータリングのイタリアン。


近くに石渡さんがよく行くイタリアンレストランがあるとかで、この会場を使う時はいつも店を閉めて来てくれるそう。


スタッフも合わせると今日だけでも50人くらい居るし、ランチ客よりも儲けが良いのかも。


そんな詮索は邪推ってもんだね。


とにかく、楽屋だというのにまるで高級レストランのようなメニューが次から次へと並べられ、すっかりお腹もいっぱいになっちゃった。


午後の部は3時からだから少し横になろうかな。







「お兄ちゃん、そろそろ起きたら。

後20分で午後の部が始まるよ」


「もうそんな時間か。よし、これからが俺達の本番だからな。


よし!気合いを入れていくぞ!」


「うん、頑張ろうね」


朝里は衣装を着替え終えて化粧もばっちり。


俺も急いで着替えると、舞台袖へと移動する。


そこには既に裕太君とステファンさんがスタンバイしていて、俺達を笑顔で迎えてくれたんだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る