乙女ゲーは詳しくないんです!

木乃

第1話

別に何か事件や事故にあった訳でもない。いつものように趣味に没頭して眠るのを怠っていただけで苦しんだ覚えもなく、俺は気絶するように意識を手放した。

こんなふうに意識が無くなるのはいつもの事で、気付けば時間がたっている。寝ている間は夢も見なくてまるで時間が飛んだような感覚。ただ今回は何か恐ろしい夢を見たような気分でゆっくり目を覚ますと森の中に立っていた。

珍しく夢でも見たのかと不思議に思っていると足が奇妙な感覚を訴えてくる。まるで、少し濡れた地面を裸足で踏んでいるような……

「……?何だこれ?」

首を傾げながらよく見てみると俺は裸足で、見たことの無い服を着ていた。まるで、ファンタジー小説に出てくるような服装に身を包ませた自分の体はいつもと何か違う感覚がしてとても気持ちが悪い。立ちくらみのような感覚に襲われて思わず地面に座り込めば森の奥から微かな物音がする。

「おいおい、まさかクマとかじゃないよな……!」

物音の主がだんだんと近づいてくる。思わず顔を守ると茂みから小さな兎が飛び出てきた。

「何だ、兎か……驚かせるな…よ……?」

ゆっくりとその兎を見つめると明らかにおかしい。どうして兎に角が生えてるんだ……!?

(おち…落ち着け……!あれはただの兎…兎だよな?いやいや、いくら俺が兎に詳しくないからってあんな角の生えた兎いるわけないだろ!?あれじゃまるでゲームに出てくる敵…じゃ……)

混乱する頭を置いてじっと息を殺す。

ただじっと石のように緊張と不安で流れる汗も気にせずひたすらに……。

汗が顔から足に滴り落ちたタイミングでやっと兎がどこかへ消えた。

「た、助かった……!」

何兎ごときに怯えてると思われるだろうがあれは無理だ。ただでさえ身体が気持ち悪いなか、あの角で貫かれれば命は無い。アレが敵対してこなくて本当に助かった。

「まずは此処が何処なんだって話だよな」

俺の手持ちには何も持っていないし、ここが何処かも分からない。さっきの兎だけでなく他の動物もいるなら危険だし、何より水と食料がなくては死んでしまう。

「川でも探しながら村でも見つからんもんかねぇ?」

ゆっくりと立ち上がり今だ気持ち悪い身体を動かす。

「あぁ、もう邪魔!鉈とか欲しいわ〜」

生い茂る草木に苦戦しながらも歩いていくと突然視界が開ける。目に入る光に顔を顰めながら見渡すと家が並んでいることに気付く。

「よっしゃー!村や!村見つけた!」

上がるテンションのまま村に駆け込み辺りを散策していると

「なんで、1人も人がおらんの?」

村人が1人も見つからない。走って家を見ていくが何処にも人らしき影は無い。

「嘘やろ…?まさかの廃村?誰もおらんやん!」

頭を抱えたままうずくまっていると何やら嫌な臭いがする。生肉を腐らした時のようなあの臭い。

「何この臭い……。なんか腐っ…て……」

あぁ、気付いてしまった。臭いの元を見てしまった。赤黒い色した何かを。ハエにたかられたまるで何かに潰されたようなその肉の塊を。

「…………オエェェェ」

見たことの無い死体に思わず嘔吐する。見てしまった、ミテシマッタ…。肉塊からはみ出した頭蓋骨のようなものを……。あれは間違いなくヒトのアタマだ。

吐くものがなくなっても止まらない吐き気を必死で堪えながらすぐ側の民家に入る。

「は…?あれ、ヒト?そんな……そんなことある?何に潰されたらああな…る……!?」

口を抑える。何かがこちらに近づいてくる音が聞こえたからだ。人より大きい何かがズシンと音を立てながらちょうど入った家のそばを通り過ぎようとしている。

(……!アレや!アレがあの死体作ったヤツや!)

必死に息を止めながらも窓から通り過ぎようとしている存在を確認する。

ソレは言うなれば二足歩行の豚だった。豚のような顔にたるんだお腹、ヒトの2倍ほどありそうな大きさで丸太のような棍棒を持っている。今まで読んできた小説に登場するオークだった。

オークが通り過ぎるのをじっと待ち、ゆっくりと深呼吸をする。

「とりあえず、此処から移動せんといかん」

(ここに留まり続ければいずれアイツに見つかるだろう。家の持ち主には悪いが使えるものを貰っていこう)

申し訳なくも思いながら物色すれば鉈や包丁、鍋に塩、服と恐らく替えの靴が見つかる。いつまでも裸足のままではあれなので靴を履いて、見つけたものをベットのシーツを風呂敷のようにして包み、ドアから外の様子を見る。

(人が居なくなったにしても、山賊に襲われたとしても物がやけに残ってると思ったけど恐らく、さっきのオークとかが来た為急いで逃げたんだろうな)

周りに何もいないのを確認し、安全確認をしながら森の中に隠れる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る