第3話 いつも通りの、いつも通りじゃない朝

 そんなこんなで、なじみとアクーヤの二人が互いの自己紹介と、この"やり直し"にかける情熱と意気込みを再確認したところで、二人はさっそく”小山内なじみの人生”二周目をスタートしたのだった。

 なじみは最早条件反射みたいに、朝5時に起きると二人分のお弁当を作って幼馴染くん♂の家に彼を起こしに向かおうとしてしまうのだが、それを止めたのはアクーヤだった。


『なじみ!それがダメなのですわ!そんなことはお辞めなさい!』


「え、ええっ…な、なんで…」


『前回自分がなぜ敗北したのか、もっと頭をお使いなさいな。貴女とその男は主従関係でもなんでもないのでしょう?頼まれてもいないのに必要以上に世話を焼く貴女が、彼にとってどういう存在だと思われていたのか…本当にわからないんですの?』


「……え?え?…」


『"世話焼き"の乳母か召使いになってしまうということですわ』


「……はっ…。そう言えば"お前は母さんか!?"とか言われたことはあった気がする…」


 乳母も召使いも、なじみの暮らしにはピンとこない単語ではあったが、要するにベビーシッターとか家政婦だというニュアンスはわかる。


『ほら見なさい!今回また同じことを繰り返しても意味がないでしょう!!貴女が男に尽くし過ぎて、相手にそれを当たり前と思わせてしまうのはダメなのですわ!』


「…な、なるほど………」


 弁当を抱えて幼馴染くん♂の家の前で立ち止まったまま、脳内に響くアクーヤのダメ出しを聞いて、ウンウン唸っているなじみを現実に引き戻したのは、彼女にとって何処か懐かしい声色。大好きな声だった。


「…お、おい。なじみ…どうしたんだよ…。こんなところに突っ立って……」

「え?」


 顔を上げるとそこに立っているのは、中肉中背で黒髪の男の子だ。特にこれと言った特徴はないが、何故か伸びすぎた前髪で目が隠れていて、ひと昔かふた昔前のギャルゲ主人公のような容姿をしている。(ある意味で悪目立ちはするかも知れないが)


「お、幼馴染くん!?…お、おはよう…」

「…ん…。おはよ…」

「…あ、あの、えっと………今日は一人で起きられたんだね……」

「……いや、だって なんかお前が家の前で一人で騒いでるって母さんも心配してて、たたき起こされたんだよ…」

「ええ!?」


 思ったより大きな声で話してしまっていたようだ…。独り言をつぶやき続けていたと思われているのもとても恥ずかしい…。なじみは顔を赤くして俯いてしまった。


『なじみ!しっかりなさい!』


 頭の中ではアクーヤがぎゃんぎゃんと叫んでいるが、なにを言っているのか今のなじみには良く聞こえていない。

 もう会えないと思っていた幼馴染くん♂とまたこうして会えて話が出来たことに対しての感激・感動と、その彼にいきなり自分が壮絶な独り言を呟いているという奇妙な姿をさらしてしまったという羞恥の感情で心は滅茶苦茶で、大混乱状態だった。


「あ、わ、わわ、わたし…その… ね…ええと…」

「なじみ…?」


 なじみの様子がおかしいと、幼馴染くん♂は怪訝そうな、心配そうな顔をする。


「…な、なんでもないよ…!…そ、その、とうとう私たちも高校生なんだなぁと思うと、落ち着かなくって…」


 精一杯の誤魔化し笑いで、手をぱたぱたと振るなじみ。


「あはは。なんだよそれ」


 なじみのその笑顔はもしかしたら彼にとっても見慣れたものだったからだろうか、あるいは言い訳が何だか微笑ましかったのだろうか。幼馴染くん♂は、ぷっと噴き出すみたいな調子で、呑気そうな顔でふにゃっと笑う。

 なじみは、その表情かおが凄く懐かしくて、泣き出しそうになってしまう。


 そう、以前もこんな風に他愛のない会話をした。

そんな当たり前みたいな時間をとてもとても大事に思っていた。

 でもあの時と一つだけ違うのは、自分だけは"このまま進んだ先の結末"を知っているということ。


「………それじゃあ、幼馴染くん。私、今日は先に行くね…!」


 なじみは精一杯の笑顔で幼馴染くん♂にそう告げると、さっさと先に学校へと向かってしまう。


「……え?…あ、 うん…」


 後ろから聞こえてくる幼馴染くんの少し戸惑ったような返事に後ろ髪を引かれながらも、なじみは小走りに走っていく。


『良かったんですの?』


 記憶の上ではもう3年間通いきっているすっかり通い慣れた通学路をパタパタと走りながら、頭の中で問いかけてくるアクーヤの声に、なじみは答える。


「…だって、今まで同じじゃダメなんだもんね。…いつまでもただ一緒にいるんじゃダメだって思って…」


『あら…。押してダメなら引いてみろってところかしら?』


「…そんなんじゃないけど…。とりあえず、前回とは違うことしていかなくちゃいけないし、色々考えないと…。それで嫌われちゃったら意味がないし…」


『———まぁ、いままでただただベタベタ引っ付いてたのが"普通"なら、ちょっと距離を取ってみるのも、相手にとっては「どうしたんだろう…」って気にさせる手段としては悪くない作戦かも知れませんわね』


「……!」


『なんですの?』 


「いえ、えっと…なんだか初めて、アクーヤさんに褒められた気がして…」


『…おバカ!!!別に褒めてなんかいませんわよ!せいぜい匙加減を間違えないようにすることですわね…!!』


「わっ、ば、バカって…。…ううっ、わかってますよぅ…!」


 明るい新緑色の葉々をつけた木々の隙間から、軟かな春の木漏れ日が差し込む通学路。

 すれ違う人たちに、独り言が多い(ようにみえる)なじみは、少しばかり変な目を向けられてしまい、慌てて口を閉じる。


(…アクーヤさんと話してるとこ、他の人に見られると変な子だと思われちゃう…。これからは気を付けないとな…。)


『別に貴女が喋らなくても、こっちには伝わるみたいですしね?』


「!!?」


「それならそれを早く教えてよーーーーー!!!!!もーーーー!!!!!」


 結局、そんな風に、ついつい叫んでしまって、また変な子ポイントをあげてしまったなじみなのだった…。



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