第4話 お風呂を作ろうとしただけなんです




 お父様の治療は順調に進む。


 最初の頃は五分くらいかかっていた治療が最近では三分程度で終わるようになってきた。


 アニメやマンガの治癒魔法と比べると遅く感じるけれど、今行っているのは自分の魔力ではなく空気中にうすーく広まっている魔素を自分の魔力に変換して使うという一手間がかかる省エネ治癒魔法なのでこれでも画期的な速度なのだ。


 ……空気中の魔素ではなく私自身の(ヒロイン補正やらで有り余っている)魔力を使えば一瞬で治癒を終わらせることもできる。


 でも、あまりに高度な治癒術士だとバレてしまうと国に“保護”されて王族専用の治癒術士に~とか、徴兵されて最前線で治癒を~、となってしまう危険があるので表面上は『街に一人はいる治癒術士』程度のレベルで留めておきたいのだ。


 まぁそれでも治癒術士というだけで貴重な存在なのだけれど。本気を出してお偉いさんに目を付けられるよりはマシだろう。


 そんなことを考えている間に治癒は終わり、お父様の体調は目に見えて回復した。ついでにを使って健康診断を行い、弱った腸も回復させておいたのでさもありなん。


「ふぅ、ありがとうリリア。助かったよ」


「私のせいですからお気になさらず。前世の記憶によるとストレス――精神的な苦痛が原因で胃痛になるみたいですし」


「……わ、私はリリアとのやりとりに苦痛を感じてなんかいないよ!?」


 目が泳いでいますわお父様。


 うん、ごめん。私にだって、破天荒な性格をしているせいでお父様を振り回している自覚はある。治そうとしても治らないだけで。


 ちょっと罪悪感を覚えた私はお父様に助言することにした。


「お父様、治癒魔法に頼ってばかりいれば自然治癒力が衰えてしまいます。これからはなるべくストレス――精神的な苦痛を感じないようにするべきです。具体的にいえば私や『お爺さま』の言動を重く受け止めすぎないように。私が結婚して家を出ればお父様に治癒魔法を掛けるのも難しくなるのですから」


 私の性格が破天荒だとするならば、お爺さまはもはや天変地異だろう。そんな二人が娘と義父なのだから、お父様の胃にかかる負担は推して知るべし。


 私の助言を受けてお父様は苦虫をかみつぶしたような顔をした。そういえばこの世界にも苦虫はいるのかな?


「う、わかってはいるんだよ。ボクの心が弱いってことくらいは……。リリアは幸いにしてお義父さんに似てくれたけど、アルフレッドはボクに似てしまったし。後継者が引きこもりでは我がレナード家の未来は暗い。いっそのことリリアが後を継いだ方がいいのだろうか……」


 お父様がうじうじと悩み始めてしまった。いつの間にか一人称が『ボク』になっているし。子供が二人もいる人間が情けない姿をさらしているというのに、それでも絵になってしまうのだからイケメンは卑怯だと思う。


 しかし、そうか。我が弟はまだ引きこもっているのか。

 弟は領地で静養しているから王都の屋敷にいる私とは接点があまりないのだ。領地は馬車で一泊くらいなので比較的近いけど、それでも頻繁に帰れるような距離でもない。転移魔法テレポートはさすがの私も消耗が激しいし。


 あと、私は一人でいても平気なタイプの人間なので弟のヒッキー状態も『まぁ、若いんだし自分と向き合う時間も必要だよねぇ』的な思考であえて関わろうとはしなかった。

 我ながら可愛くない9歳児だと思う。


 ……それに、弟であるアルフと触れあおうとするとが怒ってしまうし。


 でも、このまま放っておいたら引きこもりからのニート一直線だし、そうなると私がレナード家を継いで女子爵をやらなければいけなくなる。そろそろ私も重い腰を上げるべきだろう。


 あ、もちろん重い腰を上げる理由第一位は『弟が心配』だからだよ? 決して『家を継いだらスローライフできないじゃん』なんていう邪な理由ではございません。


 まぁ、弟のことは次回の帰郷の時に本気を出すとして、今日のところはお風呂を作ってしまおうか。私の性格的に一度放置するとそのまま飽きてしまいそうだし。


「ではお父様。胃痛の治療費代わりといっては何ですが庭石を使ってもよろしいでしょうか?」


「ん? あぁ、どうせ放置してあるものだしね。ちゃんと片付けるんだよ? あと、くれぐれも、くれぐれもやり過ぎないようにね?」


 私の肩を掴んで念を押してくるお父様である。やだなぁ、5歳のとき初歩攻撃魔法の練習で森一つ消失させちゃったくらいで大げさな。今の私はちゃんと力加減を学んでいましてよ? おほほほほほ。


 ……たぶんね。


「なんだか今寒気がしたんだけど!?」


「気のせいですわお父様。ではさっそくお風呂作りに取りかかりましょう」


 意気揚々と裏庭へ向かう私と、心配なのか後をついてくるお父様。数分もしないうちに庭石が山と積まれている場所に到着だ。お爺さまはどうやら庭石をそろえた時点で飽きてしまったみたい。それにしても集めすぎだと思うけど。

 しかし、私の飽きっぽさはお爺さまの遺伝なんだろうなぁ。前世はもっとマシだった気がするし。


「さて、じゃあ適当な石を使いましょうか」


 湯船にするので大きめな、私の身長ほどの高さがある岩を選ぶ。

 土魔法を使って地面を波のように動かし、庭石の一つを目の前まで移動させる。『なんでそんな高度な土魔法を無詠唱で行使できるのかな……?』というお父様の発言は無視。そろそろ慣れてもらいたいものだ。


 さて。岩を切るなら風魔法で切断してしまうのが一番簡単かな? いわゆる“かまいたち”ってヤツね。


 しかし、前世の記憶を思い出した私としては試してみたいものがあった。水を高圧で噴射して物を切断するウォーターカッターというものだ。水が鋼鉄すら切断してみせるとか中二病心を刺激されるんだよねぇ。


 というわけでウォーターカッターっぽいものを使ってみよう。まずは水魔法を使って庭にある池から水球を作り出す。

 空中に浮かんだ水球の大きさは直径二メートル程度。その水球の周りを風魔法で包み込んで――


「――風力水圧かぜのちからはみずをあっし万物切裂刃ばんぶつきりさくやいばとなる


 それっぽい呪文を唱え、風で水球を圧縮する。無詠唱で魔法を行使できる私がわざわざ呪文を唱えたのはあまり常識外のこと(無詠唱魔術)をやり過ぎるとお父様の胃痛が再発しそうなのと、中二病的カッコよさを追求した結果だ。


 呪文の内容は別に理論だったものではない。ただその場の勢いで決めただけなので魔法学者が聞いたら頭を抱えてしまうだろう。


 直径二メートルほどあった水球は風魔法によってすでに私の拳ほどの大きさにまで圧縮されている。この状態で水球を包んでいる風の一部に穴を開ければ圧縮された水が『びしゅー!』と噴射される……はずだ。


 初めてなのでやってみないと上手くいくかは分からない。

 なので、さっそくやってみよう!

 こういうとき意味もなく技名を叫んでこその中二病!


「――切り裂け! 流圧風破刃ウォーターカッター!」


 このとき、私は失念していた。


 無詠唱で魔法を使うよりも、詠唱した方が威力などが増大する。


 そんな魔法の大原則は適当な呪文詠唱でも適用されてしまったみたいであり。まぁつまり何が言いたいかというと……。


 ……宇宙戦艦のビーム砲みたいな音がしました。


 端っこを切り取る予定だった庭石は半分程度が跡形もなく消え去り、地面には人一人が入れるくらいの大穴が地中深くにまで達していた。撃ち出したウォーターカッター(仮)よりもだいぶ直径が太いので、あまりの高威力に周囲の地面が抉られてしまったのだろう。


「……やりすぎちゃった♪」


 しかし、辺り一面焼け野原にはならなかったのでセーフなはず! 顔が蒼くなっているお父様からは全力で目を背けるけどね!


 と、私が現実とお父様から目を背けていると、ごごごごご……的な音がどこからか響いてきた。地面も少しばかり揺れている気がする。


 どことなく嫌ぁな予感がした私はお父様の側に寄り、結界(シールド)で周囲を包み込んだ。


 そして。


 地面にウォーターカッター(仮)で開けられた穴から……まるで間欠泉のように水が噴き出してきた。その高さは屋敷の屋根を越えてしまいそう。


 私とお父様を包み込んだ結界にかなりの勢いで水が叩きつけられている。


 うん、どうやらウォーター(以下略)は岩盤を撃ち抜いて地下水脈まで達してしまったみたい。凄いぞ私さすがはヒロインだ!


 ……と、現実逃避していた私はふと気付いた。地面から吹き出る水から湯気らしきものが立っていることを。結界は水温も遮断するのですぐには気づけなかったのだ。


「うぅん? もしかして温泉なのかな? だとしたら銭湯をつくって一儲けできそうだけど……」


 火山が近くになくても温泉って湧くものなの?

 残念ながら前世の私は(温泉好きだったけど)温泉博士ではなかったので詳しいことは分からない。


 あー、でも、酸性泉とか硫化水素泉は生き物に害があるって聞いたことがあるなぁ。そうなると銭湯を作るわけにもいかないし、穴の開いた岩盤を土魔法でふさぐ必要もあるよねぇ。


 調べないとダメっぽいな。

 私は左目の眼帯に手を添えて、ほんの少し眼帯による魔力拘束を弱めた。左目のまぶたは閉じたまま、湧き出る温泉を凝視する。


 鑑定眼アプレイゼル――とはちょっと違うけど似たようなものだ。鑑定スキルは転生チートの定番だよね。

 まぶたを閉じたままなのは完全解放すると》無駄に疲れてしまうから。


「……ふむふむ、湯温60℃で、毒性はなし。ちょっと湯温が高いね。効用は――おぉ、美容に◎かぁ。貴族や商人の奥さんに人気が出そうだね。温泉水を美容液として販売するのもいいかも。確か前世にも温泉水の美容液があったはずだし何だったら錬金術を応用して成分を濃縮するって手もあるね」


 小声で皮算用を終えた私はレナード家当主(お金儲けの責任者)に首を向けた。


「それではお父様、商売のお話をいたしましょうか」


「え?」


 話を振られて顔を引きつらせるお父様。面倒ごとはゴメンだと表情に出ていますわよ?


 そんなお父様も私が温泉ビジネスの話を進めるにつれて目を輝かせ始めた。レナード家は貴族ではあるけど根幹は大商人。入り婿とはいえそんなレナード家の当主をやっているのだからうまい話には乗ってくれるのだ。


 こうして。

 隣の空き屋敷を買収して、この国では数十年ぶりとなる公衆浴場の建設が決まったのであった。


 ……お風呂を作っていたはずなのに、どうしてこうなった?




 まぁ、広い視野で見ればお風呂を作ったことになると思う。



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