【短編】お試しTS少女がヤンデレ属性を解放した親友と一緒に堕ちるまで

赤城其

お試しTS少女 前

「やばい。ほんとに可愛くなってる」


 俺、元宮和輝もとみやかずきがわざとらしく頬に両手を当てて体をよじってみると、姿見に映る毛先が少し内側にカールした髪型の美少女も一糸乱れぬ動きで頬を染めた。


 誰かに見られればツッコまれること必至の行動だが、幸いこの狭いワンルームには俺一人。

 鏡の前でどれだけやらしいポーズを自撮りしたって咎める人は誰もいないのだ。


 ……まあしないけどさ。


 見た目はゆるふわ愛され系。されども中身はパッとしないどこにでもいる男子高校生。

 俺は今、とある妙ちきりんな病気に感染して、世の闇深いオタクが言う『朝おん』を身をもって体験していた。



TSトランスセクシュアルウイルス感染症』



 ようやく最近になってただの風邪やインフルエンザと肩を並べだした病気だ。

 主な症状は発熱に倦怠感、そして本命の一過性性転換。

 もれなく美男美女になれるとあって密かに人気を集めている変わった病気でもある。


 完治するまで大体一週間。お医者先生いわく、普通に暮らしていればよっぽど性別が固着してしまう恐れは無いらしい。


 だから俺は今の姿を素直に楽しむ事にした。



 以前わずかでも身長が伸びていればすぐに分かるようにと姿見に付けたマーカーを見る。


 身長は百五十五センチいかないくらい、か。

 悲しいかな、元々低かった身長はどうやら更に縮んでしまったみたいだ。


 それに比べて長いまつ毛が縁取る大きな目にふっくらとした唇が印象的な顔と、こんもりとパジャマを持ち上げるマシュマロチックな膨らみのなんと素晴らしいことか。


 特に少しダボついたパジャマから覗く鎖骨。そこからゆったりと始まる曲線がなんというかそこはかとなくエロい。うん、エロい。


 少したるみ気味のお腹周りも括れはちゃんとあるし、どっかのモデルみたく骨と皮だけのいかにも不健康そうな体つきと比べれば全然マシ。


 この体が自分のでなければ頬を擦り付けたいくらいだ。


 なぜ知ってるのかって? そりゃ隈なく調べたからに決まってるだろ! 言わせんなよ恥ずかしい。



────ピンポーン。



 日も高くなってきたというのに未だパジャマ姿で一人遊びに興じていると、扉を挟んだ廊下の向こうから耳障りなチャイムが聞こえてきた。


「はーい、誰もいませんよーだ」


 いけないいけない。普段使わない口調を試しに使ってみたら想像以上に可愛すぎて我ながらゾクゾクしてしまった。


 残念ながら、俺は今手持ちの私服で絶世の美少女たるこの体をどう着飾るか考えるので忙しい。


 一人暮らしをしている俺の手元には母さんが送ってくれたし〇むらの無難な男物しかない。

 それにファッションセンスもご察しな俺にとって無難だと思える組み合わせを探し出すだけでも一苦労で、男物パジャマ姿を差し引いても来客対応なんてしている暇はないんだ。


 せっかくのGW。きちんと見繕ってくれそうな服屋に行くためにも、少しでもみっともなくない組み合わせを見つけ出さなければ。




「帰った、よな?」


 チャイムが鳴ってから数分。少し耳を澄まして様子を伺ってみる……どうやら諦めてくれたみたいだ。


 お客さんには悪いけど、これで心置き無く服を────


「────思ったより可愛くなってるね」


「うひゃあああっ!?」


 反射的に飛び退いて振り向くと、そこにはよく見知った高身長イケメンが立っていた。

 

「そ、総司!? いきなり耳元で囁くんじゃねえ! 危うく心臓が飛び出るところだったぞ!」


「ふふっ、ごめんね。素敵な女の子がボーッとしてたからつい悪戯したくなっちゃったんだ」


「お前な……一体どうやって入ってきたんだよ」


「どうやるもなにも、普通に正面玄関から入ってきたよ? 単に和樹が気づかなかっただけじゃないかな」


 勝手に人の家に忍び込んでおいて憎たらしいほど様になる仕草でやれやれと肩を竦めたのは、親友であり同級生でもある一条総司いちじょうそうし


 迫力あるその身長はなんと、圧巻の百八十五センチ(当社比)。

 水泳の時間に男女問わず魅了した、がっちりしすぎることなく引き締まったその体はある種の芸術品だ。


 後ろで一本にまとめられた枝毛一本見当たらない艶やかな濡羽色の長髪に、たれ気味の目に湛えるのはアイスブルーの瞳。

 整いすぎた顔が放つ柔和なイケメンオーラにやられた女性は年齢の垣根を越えて数知れずらしい。


 当然友人も多くて学校内外問わずの人気者。

 しかしスクールカーストの底辺を行き来する俺が一番付き合いが深いという、よく分からない友人でもある。


「てか、俺が分かるのか?」


「和樹の部屋に女の子がいるなんてそれこそ天地がひっくり返らない限りはありえないからね」


「言うに事欠いて失礼な奴だな。万が一本当に彼女がいたらどうするんだよ」


「その時は潔く謝るよ? こうやって、ね」


 わざとらしく一礼してみせる総司。

 いちいちやることが大袈裟というかなんというか。どことなくフォーマルな私服も相まって、いつかネットで見た『レンタル執事』みたいだ。


「で、何しにきたんだよ。まさか俺をからかいにきたのか?」


「やだなー。君が病気にかかったって教えてくれたから心配してやってきただけで他意は無いって。

 それに誰よりもちまちま可愛くなっちゃった友人をからかう趣味はないよ」


 ちまちま可愛くってなんだよ。可愛いのは知ってるけどさ。


「だけど昨日大丈夫だって伝えなかったっけか?」


「体調は、だよね? でもお腹空かせてるだろうと思って。ほら、精のつくもの持ってきたんだ」


 そう言って玄関に戻った総司が「作り置きだけどね」と差し出してきたのは、中身がパンパンに詰まったタッパーだった。


 なんとこの男、料理も出来ちゃう万能イケメンなのだ。


 毎日学校に持ってくる弁当も全部手作りで、それも日々の家事と予習復習エトセトラをこなしながらとは思えない手の込んだものばかり。

 同じ一人暮らし仲間、だけど毎日冷凍食品を詰めている俺とは自立度が段違いだった。


 体を作り変えるのに相当体力を使ったらしい腹へりな俺にとってこの差し入れはありがたい。

 

 素直にお礼を言って受け取りながら総司の背後を見やると、狭い玄関には大きなスーツケースを筆頭に用途がよく分からない荷物が大量に並んでいるのが見えた。


「総司、あれは何?」


「あれ? あれはね────後のお楽しみ」


「なにそれ怖い。まさか変な物を忍ばせてるんじゃないだろうな」


「…………それよりもお皿に盛り付けて温めておくから先にお風呂に入ってきなよ。ちょっと臭うしね」


「なんだよ今の間は」


「ジト目も可愛いね、かーずきっ」


 隙あらば褒め殺しかよ。ああもう抱きつこうとするんじゃない!


 サッと身を躱してからパジャマを手に取ってみる。総司の言う通り確かに汗臭いな。


 でも風呂の用意なんてしてないぞ? そう思って風呂場へ目を向けると、まるでタイミングを測ったかのようにお湯が湧いたことを知らせる電子音声が聞こえてきた。


 昨日使ったお湯を追い炊きしたにしては早すぎる。玄関に積まれた荷物の事といい、ちょっと用意が良すぎないだろうか。


 総司にTSウイルスに感染したことを伝えたのは昨日病院から出てすぐの事だった。

 まさかとは思うが、俺がTSするって前もって知っていたなんてことあるのか?


 怪しい。もう一回不審者を見るような目を向けてもご機嫌な様子で準備を始めた総司にはまるで効きやしない。


 ……どうやらこれ以上追求してもダメそうだ。すぐに察してため息をついた俺は大人しく風呂場に向かった。



──



 引き戸を閉じてからボタンに手をかけてするすると外していく。

 すでに一度経験しているからか、今更キメの細かい白い素肌やたゆんと揺れる胸が露わになることに抵抗は無い。


 あっという間にすっぽんぽん。一糸まとわぬ姿になった俺は、陽の入らない脱衣所から逃げるように風呂場へと滑り込んでシャワーもそこそこに湯船へ勢いよく飛び込んだ。


「ああ〜これは駄目になりそう」

 

 湯船の縁に肘をかけた俺は早速スライム状態に。

 豊かなお胸は意外と肩の負担になっていたみたいで、お湯にプカプカと浮かんでいる今は身も心もまさに極楽。


 お湯からは良い香りがするし、アクセントとばかりに手ぬぐいを乗せたアヒルまで浮いている。

 何気に可愛い物が大好きだという総司の微笑ましいおもてなし精神に、不法侵入云々の件は水に流してやろうかなとつい思ってしまうのも無理はなかった。


 水面越しに自身の体を見下ろす。


 それにしても、ムダ毛が一本も見当たらない体なくせして下の毛だけはしっかりと茂ってるんだよな。


 まさか、俺の内なる性癖が知らないうちに反映されたわけじゃないだろうけど、実際自分が見られる側に回ってみると不思議なことに手入れが面倒と思うくらいで性欲の『せ』の字も湧いてこない。


 もしかして、TS化の影響でも出てきたんだろうか?

 でもお医者先生は、発症中に心まで引っ張られることは非常に稀だって言ってたし、これは単に気持ちの問題かもしれないな。



────コンコン



「和樹?」


 総司、このまま世話してくれないかな? なんて、とろとろにふやけた思考を繰り返しながら肩まで浸かっていると、曇りガラスの向こうから総司が呼びかけてきた。


 なんだ、タオルでも持ってきてくれたのか?


「どしたー?」


「こっちの準備は終わったんだけど、ちょっと入ってもいいかな?」


「は? ダメに決まってんだろ」


「……ちょっと何言ってるか聞こえなかったから開けるね」


「うわわわわっ!? 待て待て待てって!」


 せめて前だけでも隠さねばと慌てている間に、無情にも軽快な音をたてながら開く扉。


「美しい……」


 固まった俺をまるで絵画か彫像でも品定めでもするかのように眺める扉を開け放った張本人は、ジャケットを脱ぎ袖をまくり上げたベスト&ワイシャツ姿の上に、なぜかエプロンを装備していた。


 ハッとして湯船の縁に身を隠す。

 

「ふふっ、そうやって顔を真っ赤にしてると本当に女の子そのものだね。鍵もかかってなかったし……もしかして俺に食べて欲しいの?」


「う、うっかり締め忘れてただけでそんな願望微塵も持ってないわっ!

 ったく。どうしてお前というやつはダメだって言ってんのに入って来るんだよ」


「そこに和樹がいるから?」


「俺は山かっ!」


 ナイスツッコミ! じゃないんだわ一条さんよ。絶対俺の胸見て思いついただろ。


「そんな良い笑顔で親指立てたって俺は誤魔化されにゃっ!? ……き、急に頭を撫でるなっ」


「怒った顔もまた格別だねっ」


 だ、駄目だ……さっきから話が通じない。


 やっぱり今日の総司は変だ。今だって俺に振り払われた手を愛おしそうに擦ってるし、はっきり言って気持ち悪いぞ。 


 もしかしてTS化するともれなく周囲の人間がおかしくなっちゃうとか? 

 だとしたら非は俺にあるんだけど、これが総司の本性だったら……あれ、控えめに言って俺の貞操ヤバくないですかね?


「もう無理、かも」 


「へ? 今なんて」


「いや、なんでもないよ。それよりも和樹、俺は別にこんな事をしに来たわけじゃないんだ」


「自分から全部やっておいて何を言ってるんだか……で? ご要件をどーぞ」


「実はね、女の子初心者で右も左も分からない和樹のためにこんな物を用意してみたんだけど」


 そう言ってどこか得意げな総司が見せたのは、上品な蔓の装飾が目を引く透明なバッグに入った入浴セット一式だった。

 どれもこれもお高そうなパッケージで、女性向け商品という要素を取り除いたとしても到底俺には不釣り合いな物ばかりだ。


 だけどシャンプーやボディソープは今ので十分間に合ってるんだよな。

 それにわざわざ風呂場に乱入しなくても事前に渡せば済む話だし……一体何を企んでいるんだ?


「あのな総司。気持ちは嬉しいけどさ、たった一週間過ごすためだけにそこまで高そうなものはちょっと」


「遠慮しないの。こういう時は素直に受け取るものだよ?」


 そこまで言われてしまったら仕方がないな。せっかくのご好意。ここで受け取らないのは失礼か。


「そ、そうか? それじゃありがたく」「じゃあ一度上がってこっちに座ろうね」


「え?」「え?」


 てっきりこのまま渡してくれるかと思ったのに、入浴セットを床に置いた総司が差し出したのは風呂椅子だった。

 いや、『え?』はこっちのセリフなんだが。座れって、シャワーの前に? Why? なぜ?


「だって使い方分かんないでしょ?」


「使い方って……ただ泡立てて擦るだけじゃんか」


 そう呟いてみると真顔で「そんなことじゃダメだよ」と怒られてしまった。

 人差し指を一本立てた総司いわく女の子のお手入れというのは、いわゆる俺がしたようなカラスの行水ではいけないらしい。


 いや、だからなんなんだよ。


「────だからね、今まで通りに洗ったらせっかくのお肌が」


「ちょっと待ってくれ。そもそもなんでそんなに詳しいんだ?」


「実はね、昔付き合ってた子の中に体を洗ってもらうのが好きな女の子が」「いや分かったもういい聞きたくない」


 小さな手で回想に沈み始めた総司を止めた。

 なるほど、昔取った杵柄ってやつか。


 モテるのは知ってたけど、そんな闇深そうな経験までしてたなんて思いもしなかったな。

 うらやま……じゃなくて、けしからんなまったく!


「つまり、今まで以上に時間をかけて丁寧に洗えばいいってことだろ」


「さすが和樹。覚えるのが早くて助かるよ。じゃあのぼせる前に教えたいから早くこっちにおいで。

 ……どうしたのそんな顔して。可愛らしさがちっとも損なわれないのは流石だけどちょっと勿体ないよ?」


「お前、俺に何をするつもりなんだ?」


「何って。洗いながら教えた方が効率よく覚えられると思ったんだけど」


 それで湯船から上がれと。そうかそうか。


「総司、一ついいか?」


「うん、何かな」


「っ! ────こんのっヘンタイがっ!! 早くっ! ここからっ! 出ていけーーっ!!!」

 

 胸だけ隠してゆっくりと立ち上がった俺は、出口を指差してありったけの声を総司に浴びせかけてやった。

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