紗枝の趣味

 実のところ、江戸時代では『同性愛』というものは、普通にあった。

 衆道しゅどう、と呼ばれる文化だ。


 女人禁制、または女人が立ち入ってはいけない空間で、男同士の乳繰り合いが行われるのだが、紗枝は人里に遊びに行くと、必ず蔀窓しとみまどから覗く女だった。


「ほ……おぉぉ……」


 女人禁制と聞くと、不公平に思えるかもしれないが、全く違う。

 これを望んでいるのは、男色だけでなく、見て楽しむ女もまたしかりであった。


 女という異質な存在がおらず、美しい男同士で乳繰り合う様は、さながら不純物の取り除かれた世界。――男からすれば、百合もまた然り。


「あ、……あぁ……。すっご……」


 ちょうど格子の位置で隠れてしまい、男が男の股に顔を埋める様が、なかなか見れなかった。

 悶々としていたが、半日ほど同じ場所で紗枝は過ごし、誰かが来れば遠慮なく顎を平手で打ち抜き、留まり続けた。


 紗枝は男に対して、興味がある。

 興味しかない。

 自分も男と乳繰り合いたい一方で、男だらけの空間を傍から眺める。


 この文化を邪魔したのは、西洋であった。


 西洋では宗教上、同性愛を禁じている。

 紗枝にとっては、腸の煮えくり返る思いであった。


 衆道を嗜む女として、個人的な感情が爆発していた。


 紗枝が毛唐に対して、強い感情を抱いているのは私怨も含まれていた。


 *


 ある日、人里へ下りると、一人の若い女が頬を赤らめて紗枝の前に現れた。


「お、お紗枝」

「はい?」

「その、……よかったら、……お昼一緒に食べない?」

「え、っと」


 紗枝は同性の友達がいない。

 鍛錬と仕事以外は、衆道が行われている店に入り浸っているからだ。


 ところが町の者からすれば、紗枝は美しい少女。

 男からすれば、刀のように芯のある子で、凛々しい様に魅了される。

 女からすれば、中性的で男より逞しく、美しい少女。


 紗枝は全く気付いていないが、実は男より人気のある風貌ふうぼうをしているのであった。


 この時、紗枝はお目当ての男娼が仕事をしている最中なので、先を急いでいた。でも、町娘から声を掛けられ、抜刀している暇などなく、つま先がウズウズとしながら、断る言葉を考えていた。


「わたし、これから辻斬りの頬を打ちぬかないといけないから」


 普通の断る理由が思いつかない。

 日常茶飯事の事例を持ち出さなければいけなかった。


「えぇー……。いつも、衆道屋に入り浸ってるじゃない」


 そして、バレていた。


「うっ」

「たまには、……ね? お願いっ。茶菓子食べてお話しましょうよ」


 柔らかい手が紗枝の指を摘まむ。

 可愛らしい所作であったが、紗枝にはイラっとくる女の仕草。


「今日は、松野大夫が、……その」

「そんなに男同士で乳繰り合うのが面白いの?」


 何気ない一言。

 町娘には悪気がない。

 しかし、紗枝には普通の言葉が、何より苦痛だった。


「面白いとか、面白くないとか。そういうのじゃない」

「んん?」

「わたしは、日ノ本を……神道を……愛している。だから、その、男同士は、穢れのない聖域というか、……えと」

破廉恥はれんちよぉ」

「な、何を言う! 無礼者め! 帰る!」


 大きな声で怒鳴り、紗枝は衆道が行われている店へ真っ直ぐに歩いていく。


「いや、そっち、店がある方じゃない!」


 紗枝は、色々な意味で男という存在が大好きだ。

 しかし、同じ女と分かち合えたことがないので、苦手だった。

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