最強のヤンデレ女武者が、魔王側についたら

烏目 ヒツキ

序章 最”キョウ”の女

見知らぬ世界へ

 笛の音が遠くから聞こえる。


「ほふっ、ほふっ」


 町の奉行連中が追ってきたのだろう。

 暗い森の中を頼りない提灯ちょうちんの明かりだけで、紗枝さえは走っていた。


「もぐっ。しつこいなぁ。むぐっ」


 口に饅頭を詰め込み、咀嚼しながら後方を振り返る。

 本当は水が飲みたいが、今は逃げる方が優先だ。


 追ってきた連中は、田舎に部署を構える奉行連中だが、普段とは違い、人数が多かった。


 それもそのはずで、田舎の町にも大勢の応援を送るほど、紗枝という女に手配書を回していたのである。


 では、紗枝が何をやったか。


 とある地方では、役人を30人斬り殺し、首を刎ねた。

 また、とある地方では、博徒連中を56人殺傷。

 ある所では、奉行連中を総数120人殺傷。


 ついに討伐隊を組まれて、全国各地に手配書。

 特徴の記された似顔絵を貼りだされ、この度、無銭飲食で手配書の女だと発覚したわけだ。


 普通は、女人相手に討伐隊を組む事など、あり得なかった。

 世間では、いくら腕が立つと言っても、所詮は女。

 力で男には敵わないし、剣を学ぶ女の剣士はチラホラといても、たかだか知れていた。


 しかし、たった一人の女が常識を覆していた。

 紗枝は、群を抜いて腕が立つ。


 ようするに、のである。


 遠くでは、こんな声が聞こえてくる。


「いいか! 相手を女と思うな! 見つけ次第、必ず斬り殺せ!」

「この先は行き止まりだ!」

「いけいけ!」


 夜闇に響くほどの怒号だった。

 声色には緊迫の色が混じっており、討伐隊はすでに抜刀状態。

 いつでも殺せる態勢である。


 そこから離れた場所で、紗枝は汗だくになり、顔をしかめる。


(何でこんなことになったのよぉ)


 自分の事を全力で棚上げし、悲観していた。


(わたしは、ただ男と仲良くしたかっただけよ)


 未だ、純潔。

 接吻の経験さえなければ、言い寄られたこともない。

 手を握りつぶした事はあるが、恋人のように握りしめたことはない。


 男が異性を求め、恋に憧れるのと同様だ。

 紗枝もまた、モテなさ過ぎて、異性を求めまくったのだ。

 ところが玉砕に次ぐ玉砕。


『代官の野郎、殺せば抱いてやるよ』


 という大嘘を鵜呑みにして、本当に代官を殺してしまう。


『借金があってさぁ。いやぁ、博徒の連中が怖いわ』


 という男の弱みを哀れんで、カチコミ。


『紗枝! 助けてくれ! 処刑される!』


 女を騙すことで有名な男に引っ掛かった紗枝は、見事に奉行連中を皆殺しにして救出。


 と、まあ、紗枝は病的なほどに異性を愛しては、フラれる事を繰り返していた。

 決まって、相手の男は紗枝を女としては見ずに利用するだけ。


 誤解のないように言うなら、紗枝は、かなりの美人である。


 栗色の長い髪は、日の出た時には、より赤くなって輝き、美しい艶を出している。普段は、動きやすいように、白い紐を使い、後頭部で一本に束ねている。


 背丈こそ、他の女より高い方ではあるが、大きすぎるということはない。

 肌の色は雪のように白くて、なめらかな質感。

 体躯たいくは細い方で、均衡が取れている。

 いつも眠そうな目をしているのだって、見方によっては愛嬌あいきょうだ。


 恰好は町娘と違い、真っ赤な小袖に紺色の袴といった派手な装い。

 腰に差した打ち刀を除けば、町にいるどの娘よりも魅力的で、美しい女性だった。


 ただ、一点。

 みんなが口を揃えて嫌がる所がある。


(誰も、わたしを愛してくれないんだ。誰も……)


 非常に病みやすく、面倒臭かった。

 求める事が、いちいち重すぎた。


「いたぞ!」

「うぐっ!」


 走る速度を上げて、男顔負けの逃げ足で、グングン距離を離していく。

 このまま京にまで行き、もう一度初めからやり直そう。

 花嫁修業をして、もっと良い女になる。


 そう決心した矢先のことだった。


「――あ」


 紗枝が走り抜けた先は、崖だった。

 気が付いた時には、もう遅い。

 地面のない場所を踏み抜いてしまい、真っ暗な海面へ真っ逆さまに落ちていく。


「あああああ――」


 紗枝の悲鳴が、途絶えてしまった。

 遅れて追いついた討伐隊の男たちは、慎重に崖の端から下を覗き見る。

 真っ黒いうねりが、底にあるだけだ。


「こりゃ、もう助からねえな」

「くそ。あの世に逃げちまったよ!」


 誰も紗枝の死を悼む者はいなかった。

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