第95話 放送の裏側

「今日テレビ来た。」

 夕飯を囲う食卓で、氷華は少し自慢気にそう言った。

「そういえば、防災訓練の撮影があるって少し前に連絡あったな。」

 何気なくそう返す妻だが、翌朝の報道番組の録画をしているのを僕は知っている。

「お店の宣伝頑張った。」

 何故か訓練の内容ではなく、そんなことを言った氷華に岩穿以外の全員が首を傾げた。


 翌日、録画した放送を見て、その意味を知るまで、何故突然来客が増えたのか分からずに僕と神娘は調理と接客に追われることになった。



−−−−−−−−−−−−−−−−−



 一年生のクラスで大騒ぎが起きている。

 テレビの撮影が来ているから仕方ないと思いながら、校庭にけたたましいサイレンを鳴らし入って来た救急車に、何かとんでもないことが起こったのでは?と僕は不安になった。

 主に妹が何かやらかしたのではないかと…


 結果は想像通り。

 氷漬けになった人が救急車に乗せられていく光景で我が妹が盛大にやらかしたのだと察した。

「もうヤダ、あの妹…」

 能力以外ポンコツな妹のやらかしに痛む胃を押さえながらそう呟いた。

「放送どうなるんだろう…」

 

 家族で見た録画では、防災訓練の様子など1ミリも存在せず、氷華による『百道のプリン』の宣伝が全国区で数分に渡り放送されていたことが分かった。

 拙くも一生懸命に宣伝する氷華の姿は可愛らしい、我が妹が何をやらかしてこんな放送に変わったのか知らないだろう。

 お陰で我が家は大変繁盛したらしいが、それと同時に、クレームを言いに来たテレビスタッフに、父さんと母さんはひたすら頭を下げていた。

 

 そんなテレビスタッフの中、母さんを一瞬見て、青い顔で怯える中堅アイドルヒーロー、『クリアF』が凄く印象的だった。

 



−−−−−−−−−−−−−−−−−



「ヤバい…ヤバいって…」

 テレビスタッフ総出で乗り込んだ『百道のプリン』。何故か私も強制的に連行された。

 事情を怒気を放ちながら説明するプロデューサーに、私は今すぐ逃げ出したい思いしかなかった。

 理由は1つ、そんなプロデューサーに頭を下げている女性。

 ヤンキー時代に教わった、決して喧嘩してはならない絶対的強者、地上最強、人智を超えた怪物こと『武生神娘』その人であるからだ。

 そんな彼女の恐ろしさを正確に理解していないプロデューサーは、鬱憤晴らしとばかりに容赦無い口撃を繰り返す。

「どんな育て方してるんですかねぇ!!こんな危険な子を野放しにする親の考えは分かりませんね!!今度特番でも作りましょうか!?『凶暴な子と無責任な親』って!!」

 そんなプロデューサーの言葉に武生神娘は下げていた頭を上げた。


「テメェに氷華の何が分かる…氷華は私の娘だ…悪さしたら叱る、それで起こした問題は全部私の責任だ…頭も下げるし、場合によっちゃぁムショでもどこでも行ってやる。」

 スゥ…と刀の切っ先を喉元に突き付けられた様な緊迫感が全員を襲う。

「氷華がやらかしたのは謝るし悪いと思ってるし、責任はとる。でもな、親としてウチの娘を…氷華を知らねぇ奴に好き放題言われて黙ってられねぇんだよ…」

 そう言った彼女の前に、私を含めた全員の顔色が青を飛び越え紫色になり始めていた。

「お、脅しのつもりか…」

 そう息も絶え絶えに言う引き際を知らないプロデューサー。

 一触即発の空気に私は泣き出したかった。


「私が出るってので手打ちにしない?」

 そんな空気を切り裂いたのは、SNSで話題でありながら、スポンサーも事務所もついていない謎の中学生インフルエンサー、モッチーの姿だった。

「私が穴埋めするからそれで終わり、それでどぉ〜?」

 プロデューサーの名刺を指に挟みそう言うモッチー。

「一回だけ無料で出たげる。それで氷華と家に関わるのは終わり、それでいいなら出て上げる。」

 話題間違いなしの彼女の出演、それは製作者側からすれば喉から手が出る程の条件。

「今すぐ契約書を準備しろ!!」

 ふたつ返答で条件を飲んだプロデューサー。

「凛樹…」

「まあ、今回はしょうがないってことで〜、許してね〜。あと貸し1個…すみません、冗談です。」

 最強とその娘のやりとりを見て、私は更に震えた。


「モッチー参入とか…『武生神娘』に目ぇつけられたかもとか…私マジでヤバくない…」

 命と仕事、そのどちらも無くなるかも知れない恐怖に怯えた。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る