第10話 パートタイマー神娘

 現在4月も下旬になり、世間は大型連休を控え、忙しなくなっている。

 もっとも、社会人はいつだって忙しいのだが…


 大型連休前、それは百道家において非常に大変な時期となる。

 そもそも、プリン屋は月末の給料日後、女性客や、家族への土産を買いに来る一家の大黒柱たちもやって来る為、普段の倍忙しくなる。


 しかし、本当の原因はそれではない。

 日々、百道家の家計を守る百道家の支配者、神娘が家計の足しにする為に、パートに出るからだ。


「これなんていいんじゃない?」

 凛樹がデバイスから立体画像ビジョンとして映し出す。

「大物過ぎるだろ、協会からクレームが来るぞ。」

 そう返す光。

「氷華にも見せて。」

 まだデバイスの扱いに慣れておらず、難しい言葉も分からない氷華は姉の横から一生懸命に机をよじ登る。

「今月はお小遣い多めにして欲しいんだもん。買いたいコスメも多いし〜。」

 私欲を全面に出す凛樹。


「じゃあ、これは?ゼロがいっぱい。」

 氷華がデバイスを触ったことで映し出されたビジョン。

 現在、世界最高額の懸賞金を掛けられたヴィランが映し出される。

「ママなら勝てるよ。」

「「それは分かってる。」」

 無邪気に言う氷華に、兄と姉は溜息を吐く。


「そりゃあ、貰えんならそれでもいいんだけどよ…」

「あまりにも大物を狩ると、ヒーロー協会の存在意義を否定してしまうから、そこそこの奴に留めておかないといけないのよ…」

 光と凛樹の言葉に氷華は首を傾げる。

「よく分かんない。」

 氷華が分かっているのは、母が世界で一番強いということだけだ。

「大人の言うことは難しい…」

 あーだこーだと言い合う兄と姉を見ながら、氷華は退屈になり、ソファで眠りに就いた。



−−−−−−−−−−−−−−−−−



「では行ってくる。」

「うん、いってらっしゃい。」

 勇ましく玄関を出ていく妻を僕は見送る。


 百道家の主な収入は2つある。

 1つ目にして、本業であるプリン屋。

 基本的にはそれ1つでなんとかやれているのだが、4人の子を持つ我が家において、出費のかさむ大型連休前や長期休暇前は、家計の足しにする為に普段は店の手伝いをしている神娘がパートに出る。

 そう、2つ目は妻の稼ぎだ。

 超短期、しかも期間限定のパート。

 神娘がヴィラン狩りに出るのだ。


 一定のレベルを超えたヴィランには懸賞金が掛かる。

 それがヒーローの稼ぎにもなるし、ヴィランの強さの指標にもなっている。

 そんな懸賞金は、ヒーローでなくとも受け取れる為、賞金稼ぎなんて仕事まで出来ている。

 もっとも、賞金稼ぎで成功出来るなら、ヒーローになった方が遥かに手っ取り早いのだが…

 しかし、世間には、ヒーローになれない者もいる。

 無能力者とされる者たちだ。

 無能力者はヒーローになる資格を持たない。

 無能力者である神娘は、賞金稼ぎとして、時折パートに出る。

 

 この時期をヴィランとヒーローたちは、地獄の釜が開く時と呼ぶ。

 

 そして今日、地獄の釜が開いた。

 


−−−−−−−−−−−−−−−−−



「邪魔じゃボケェ!!」

 ヴィランが暴れていると通報を受けたヒーロー、マッハマンは、何故か一般人の女性に殴り飛ばされていた。

 音速のヒーロー、マッハマン。それよりも速く駆け、殴り飛ばした女は、そのままヴィランを配下共々一瞬で無力化する。

「さて、帰るか。」

 ヴィランを軽々と片手で持ち上げ、女は光速で天空を駆ける。


「ヒーロー辞めようかな…」

 百道家のある街から3県隣のヒーローは、すっかり心が折れていた。



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「今日は豪華。ママのおかげ。」

 久々の外食に興奮している氷華を神娘が抱きかかえる。

「あー、氷華は可愛いなぁー!!どっかのバカ息子とは大違いだ!!」

 そう言ってチラッと長男を見る神娘。

 今朝も一悶着あったばかりだ。

 そんな長男、光は目を合わそうともしない。

「偶の外食くらい、仲良くしようよ…昨日なんか、ツナ缶一個だったんだから。」

 そう言う次男、岩穿。

 すまない、僕の稼ぎが少ないばっかりに…

 上を向いて歩いているのに、涙が溢れてくる。


「焼肉なんて1年ぶりじゃない?ママ最高〜!!」

 そう少しハイテンションにおべっかを使う凛樹。

「小遣いは増やさんからな。」

 肉を焼きながらそう言う神娘に、凛樹はガックリと肩を落とす。

「なんでよ~!!今月発売日コスメが〜!!」

 うぅ、と泣き真似をする凛樹に、救いの手を差し伸べたくなる僕。

 なんやかんや言っても男親にとって、娘は可愛いのだ。そんな我儘でさえも。

「神娘?今月くらいは…」

 代わりに交渉してやろう。そう思ったが…

「何か言ったか?」

 殺気を漏らす妻に、すぐさま言葉を引っ込める。

「いえ…なにも…」

 頼りない父ですまない。


「お肉美味しい。」

「あー、タレが垂れてる。ほら、ジットしてて。」

 岩穿に世話されながらカルビを食べる氷華は、幸せそうに言う。

「クソ!!俺にも食わせろよ、ババア!!」

 一方で、光が取ろうとした肉を全て先に奪う神娘。

「箸でも食ってろ、クソガキが!!それが嫌なら割り箸でも割ってろ!!」

 光速の肉の奪い合いだが、神娘が圧倒していた。

 あまりにも大人気ない妻だが、少し楽しそうだった。


「前借りさせてよ~。」

 凛樹だけはまだ諦めていなかった。








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