魔王を辞めたい魔王は、魔王を辞められない

うり北 うりこ

第1話

「はぁ、魔王辞めたい。いや、魔界を守るためにはやるしかない……」


 褐色の肌に、暗闇の中に光る黄金の瞳を持つ美丈夫はため息をついた。


 勇者に妹を人質にされ、国を破壊されてから早10年。国はかりそめの平和を保っていた。それもこれも魔王が人の国であるリズワルト帝国の暗部を担うという契約のもとに。


 魔王はぼんやりとどこか一点を見詰め、そっと瞼を下ろした。すると、あの日の出来事が脳裏に鮮明に映し出される。勇者御一行に蹂躙される仲間たちの姿が今も消えない。



「おい、魔王。ルズワールの宰相を殺してこい。あいつは邪魔だ」


 当たり前のように魔王城にずかずかと入り込んで来た男の声に魔王は瞼を開くと何か言いたげな視線を向けた。だが、出てきた言葉は了承であった。


「もし、しくじればお前の国の子どもたちの明日はないと思え」


 そう言って立ち去った男の背中を見て魔王はため息をつくと立ち上がった。


「人と魔物。本当に怖いのは人だ。人の国であいつは英雄なんだよな……」


 勇者に拐われた妹は、今も帰ってこない。そんな妹も今や一児の母だそう。その父親が勇者であると知った時はやつを殺そうとしたが、妹と姪を引き合いに出されれば従うしかなかった。


「魔族は好戦的なんじゃない。領地を守るために戦うだけだ。いつも攻めてくるのは人だ。あいつ等ほど欲にまみれた種族はいない」


 魔王はしぶしぶながらも暗殺の準備を始めた。止めなければ、とは思うものの仲間の血を流したくはない。その変わりに他人に血を流させる。


「こんなことに慣れた俺も勇者のことは言えないか……」


 血と共に命が流れ落ちていく男を魔王は見下ろした。

 皇帝となった元勇者が大陸を統一したら、自分も終わりの時を迎える。そう分かっていても、彼に勝ち目など皆無な魔王はその手を血に染める。


「最期はきっと皇帝となった伝説の勇者が太平の世を作り、魔王は罪を背負って裁かれて死ぬ。まさに童話におあつらえ向けだな」


 嘲笑をもらしながら、魔王は静かに自身の国へと帰る。かりそめの平和でもいい。心の安穏を求めて。

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