第363話 考えすぎなのだろうか?
◆
「故にこの時からこの宗教は強大な力を───次第に傍若無人な振る舞いを───結果、この街は三百年前に無宗教の街と───しかし今より二百前程───この無宗教という考え方が新しい宗教として───故に現在ある聖教国の教える宗教とは別物───しかしながら、根本的には同じ個所があり───結局のところ現在確認されている歴史の長い宗教は元をたどれば全て同じ宗教───それを考えれば人という生き物は実に欲深く───今現在の帝国の宗教はこのようにして───しかし、現在帝国の宗教は権力者達により歪められており──しかし先程も申した通り宗教とはいわば権力者達の───だからと言って宗教の教えがダメという訳ではなく、いくら神聖な職に就こうとも人間は人間という───ちなみにこの王国と聖教国の一般的に広まっている宗教ですが、呼び名こそ同じですがその実態は別物で───当然二つの国として数百年経っている訳でその間に独自の進化を───一番分かりやすいのは、聖教国は神を像や絵画等で表現してはならず、王国はそのような決まりはない───」
そして今、わたくしたちはこの街で一番古い教会にて神父様による有難いお話を聞いている最中である。
話を聞けば聞くほど前世の宗教の在り方と酷似している箇所が見受けられこれはこれで興味深いのだが、何よりもネットなど普及しており欲しい情報がすぐ入る環境とは違いこの様な話を聞けるという事だけで興奮物である。
勿論、わたくしは一字一句聞き漏らすまいと耳をかっぽじって聴き、そしてノートへとそれらをメモして行く。
しかし、書きながら思うのだが、この神父は貴族が大多数いる我々の前でかなり際どい、それこそ打ち首もあり得るような事をさっきから言っているのだが大丈夫であろうか?と心配になってくる。
「では、これより皆様には先程の話を聞いた上で、皆様の思う神、又は信じる者を表現してみましょうか。宗教上先ほども申した通り形にできないのであれば文字で表現するのも一つの手ですし、それも憚れるのでしたら神について想像するだけでもかまいません。大事なのは自分中の信じるものを感じ取る事です」
この神父の安否が本当に不安になってくる。
先程の話を言い換えれば『まさか聖教国のスパイはいないですよね』という踏み絵なのであろうことが伺える。
いや、考えすぎなのだろうか?
逆に先ほどからの言動から権力には屈しない真の精神の持ち主であるのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます