第351話 やらなければならぬ事が山積み


しかし幸いな事に我が弟はこの王位継承権が喉から手が出る程欲しいらしい。


そんな犬の餌にすらならぬものなど弟にくれてやろう。


俺は気付いてしまったのだ。


民が居なければ美食は生まれない、と。


その理由として、まず民が居なければ農作物や肉や魚などと言った食品を得る事ができない。


むろん、貴族でもやろうと思えばその一つ一つは出来なくも無いが、その日欲しい食材や調味料を今すぐ目の前に出す事など不可能なのだ。


そしてそれらを市場に流通させるのも、調理するのも民あってこそ。


それら貴族たちがやらない全てを代わりに行っている民たちがいるからこそ俺たち貴族はこうして調理された料理を作る事ができるという事に。


そして、一番の問題は貴族ごとに抱えるお抱えシェフというシステムであろう。


これは言い換えれば食排他的文化と言っても過言ではない。


お抱えシェフの知識、いわゆるその調理技術や調理方法、食材に対する知識等はそのシェフにとっての財産であり、故に貴族のお抱えシェフとして雇ってもらっているのである。


故に他人にそれら技術と知識を教える訳もなく自然と一子相伝的な流れへとなってしまっている。


だからこそ、帝国で見たあの光景は衝撃的であったのである。


そして悔しくもあった。


今まで見下していた庶民という者達、それら民を庶民と見下していたからこそ様々な事を見落としてしまっていたという事に。


これで王国一の美食家と、食に対する知識だけは誰にも負けないと、食に対する意識だけは誰にも負けないと豪語していた以前の俺は豪語するだけで何も見ようとしていなかったのである。


そして俺は何故か怯えている弟に向けこう告げる。


「良いか、弟よ」

「な、何でしょうか、兄上」

「庶民がいてこその貴族(お金をかけて美味しい物を食べれる)である。貴族あっての庶民(お金だけあっても小麦を作ってくれる者がいなければ美食は生まれぬどころか腹すら膨れぬ)ではないと肝に銘じよ」


そして、俺の言葉を聞き弟は一瞬だけ考えると俺の言葉の真意に気付いたのか目を見開き驚愕する。


思考こそ王族故に凝り固まってしまってはいるが地頭の良い弟である。


そして俺は後の事(面倒くさい貴族達を言いくるめる事)は頼んだと言わんばかりに無駄に偉そうな態度で、帰国の挨拶もそこそこに弟の元から去って行く。


さぁ、やらなければならぬ事が山積みである。


大変そうだとは思うもののこれら全てが食に繋がるのだと思うと今からこれからの毎日が楽しみで仕方ない。

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