第275話 井の中の蛙


まぁ、そのうち彼女を連れ出せる時が来るであろう。


その時までの辛抱である。


たかがトカゲ如きにエルフである私の邪魔をされるのははらわたが煮えくりかえる思いなのだが、だからと言って正面切って喧嘩を売る人間のように私は馬鹿ではない。


「馬鹿ではないとすれば何なのでしょうか?知恵足らずとでも言うのでしょうか??」

「だ、誰だっ!?………なんだ、驚かすなよ。劣等種である獣人種の娘ではないか」


そして私があの女神を連れ去る算段を考えているその時、背後から私を馬鹿にする言葉と共にメイド服を着た人間種、その中でもより獣に近い獣人種の女性が現れて来た。


私に気付かれず、私の背後を取った事は獣人の癖には良くやったと褒めても良いが、それだけである。


エルフと劣等種との差には超えられない壁があり、獣人如きがエルフの中でも更にエリート中のエリートである魔術部隊、その中でも更に上位ランカーである私に、いくら私の背後を取れる実力があると言えども獣人種の女性一人で敵うわけが無いのである。


「エルフ………何かきな臭い匂いがしますね。殺さず連れ帰って拷問して色々聞き出す必要が御座いますね。殺してしまう方が簡単ではあるのですがお嬢様にも無駄な殺生は止めるように言われておりますし、仕方ありませんね。ここは半殺しと致しましょう」


そう言うと私を明らかに見下した様な目線を向けてくる獣人種の娘。


その余りにも無知から来る態度に思わず心の底からの哀れみを覚えてしまう。


無知と無謀は違うとは良く言うが、正にこの事であろう。


勝てないと分かって挑むのと勝てると思って挑むのとではこれから私と戦うにあたっての戦法なども当然変わって来るであろう。


井の中の蛙大海を知らずとはこの事である。


あの容姿からしてこの世に産み落とされてから未だ二十年も経っていないだろう。


700年もの間魔術を極めるべく研鑽して来た私と、研鑽して来たとしてもたかだか二十年の娘。


どちらが上かなどとは馬鹿でも分かるというものでもあるのだが、それが分からないのが人間や獣人、土人や空人に小人や水人種等という所謂劣等種と呼ばれる者達であり、そう言われる所以でもある。


しかしながら、それも仕方の無い事であろう。


何せ劣等種達は皆短命であるからである。


それ故に井の中の蛙の域を出る前に寿命が尽き、大海を知らぬままその人生を終える。


もし大海を知ったとしてもそれが死ぬ時である。


そう、この獣人の娘の様に。


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