第97話 その女性は私に問う

 最後くらいそんな夢を見ても良いではないか。


「お願いします」


 そう思うと自然と言葉は口から紡ぎ出されていた。


 私の人生って一体何だったのだろうか?


 せめて娘だけは、そう思って今まで生きて来たのだけれど結局それすらも叶わぬ夢であった。


 これから娘には厳しい現実が待ち受けている事であろう。


 そう思うと、気が付けば私は泣き尽くして枯れ果てたと思っていた涙が一滴だけ溢れて来た。


「ですが、娘だけは……っ、娘だけはよろしくお願いしますっ!」

「当たり前です。 むしろ娘さんだけでもダメです。 娘さんの生みの親はこの世界で貴女だけなのですから」


 これはただ哀れな私に口先だけの優しい言葉なのかもしれないし、恐らくそうであろう。


 でも、それでもその言葉を聞けて私は少なからず安心したのであった。




 そして馬車に乗せられ連れて行かれた場所は豪勢な御屋敷であった。


 娘は見るもの全てに興味が湧くのか先程から目をキラキラとさせてはあっちへ行ってはこっちに行ってはと落ち着きが無い。


 せっかくご好意により娘も一緒に連れて来て下さったというのにこれではいつ娘が追い出されても不思議では無ので気が気では無いのだが叱るに叱れないでいる。


 それもそのはずで、かくいう私も上流階級と言える屋敷に足を踏み入れるなど始めての経験の為それどころでは無い。


 私達が暮らしていた家ほどの大きな門に手入れされた広い庭、白く輝く石の床に高そうな壺に絵画、そのどれもが初めて見る光景で、それはまるで幼い頃に聞かされた御伽話の世界に迷い込んでしまったような感覚になる。


 そう思うと今の見すぼらしい自分の姿や服装が急に恥ずかしくなり、今更女性らしい感情が出てくる事に少しおかしくなる。


 そして娘とはここでお別れである。


 屋敷の中へ入るのは私だけで娘はメイドと一緒に庭で遊ぶとの事。


 もしかしたらもう娘とは会えないかもしれないとは思うものの、もし今娘と相対してしまえば間違いなく私の今の感情が娘に伝わってしまう為振り返る事なく前を歩くメイドへ着いて行く。


 そして案内された部屋へ入ると黒い仮面を被った女性とメイドがいた。


 その女性は私に問う。


 一生奴隷になる覚悟はあるか、と。


 その問いに私は即答し、奴隷契約を結ぶ。


 するとどうだ。


 あの見すぼらしい身体もボサボサの髪も、骸骨みたいな顔もそれら全てが以前の姿へと変わっていき、それはまるで貧乏でも幸せだったあの頃に戻ったような感覚になると同時に鮮明にあの幸せだった日々をおもいだす。

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