霊の視える子孫が「神様を守護霊にする」と言って聞きません

西島もこ

第1話

「だからさ、ずーっとずーっと前の先祖じゃなくて神様がいいんだって」

『簡単に替えられねぇって言ってんだろ』

「追加すりゃいい」

『ファストフードのサイドかよ。そんな簡単におつけできませんが?』

「簡単におつけできる能力がないだけだろ」

『はぁーっ? 俺の本気見てから言ってみろぃ』

「言ってやるから本気ってのを見せてみろよ」

『その時がきたらな』

「その時っていつだよ。詐欺じゃん」

『詐欺じゃねぇ!』


 朝起きて、洗面台に向かい、目が合うと口論が始まる。


「お母さーん、兄ちゃんがまたひとりでケンカしてるーっ!」


 年の離れた弟にリークされ、朝食の支度だなんだで奮闘中の母親の声だけが飛んできた。


「今日も寝ぼけてるの~? ちゃんと起きなさいよ~」


 キッチンへ顔を向け「起きてるよ」と返して鏡に向かい直す。

 ギロリと睨まれて、俺は尖る口を見守った。


「怒られたじゃねーか」

『誰のせいだ』

「ジジイのせいに決まってんだろ、子孫困らせんな」

『代々護ってる守護霊の先祖困らせんな』

「いーっ!」

『レロレロレ~!』


 コイツは、本気で俺のありがたみがわかってない。

 血族始祖である俺は凄いんだぞ、本当だからな。

 久しぶりに能力開花した子孫が現れて交流ができると思ったのに、既に犬猿の仲になりつつある。

 一族の能力開花、コッチからすれば問題ないが、アッチからすれば大問題なんだよ。


 俺の血筋は元々、まじないなんかを用いて日銭を稼ぐ生活をしていた。

 流れ着いた都でも同じように日がな一日を生きていたんだけど、早い話がお偉いさんの目に留まったってことだ。

 それからは放浪を止め、陽に近い人々を守護することを生業にした。

 能力を血族のみの流派とし自由に駆使できるよう定着させた俺は、最強始祖の名を欲しいままにしたもんだ。

 

 や、お役御免だからそこは別にもうどうでもいい。


 簡単に言えば陰陽師やら霊媒師、占い師と呼ばれるに近い職に就いていた俺が相手をするのはもちろん、現代においては目にする機会の少ない面倒な存在たち。

 それを「視認」する能力は相手にも見つかるってことで、つまりそれは付き纏いの始まりなることが多い。

 俗に言うストーカー。

 俺の中での専門用語は「憑纏つきてん」。

 祓う能力がなければ、容赦なく命の危険にさらされる。

 幾重にも絡まった憑纏でめためたに酷い死に方をした俺は、能力が子孫の不幸を招くのを防ぐために自ら子孫を護る守護霊になった。


 会話ができるなら、ちゃんとその辺りを話して注意してもらいたいんだが。

 声をかけたが最後、現状のような関係になってしまった。


「うわー、歯ぐきから血が出てら」

『その年で歯槽膿漏か?』

「うっさい」

『力の入れすぎだ』

「有り余る体力」

『はいはい若い若い』


 歯ブラシ片手に鏡で口の中を見ている子孫の名前は【嫁神楽かかぐら 征燈ゆきひ】と言う。

 「燈」の文字を持つ、由緒正しき神人護りの一族だ。

 陽に近き人々を護るにあたり拝命した嫁神楽の性も、細々とではあるが現代までに繋げてこれた。


「兄ちゃーんご飯だよーっ」

「あいよー」


 征燈は現在高等部二年、思春期真っ只中にある。

 一週間前に突然視え始めた世界を既に受け入れている状態で、能力開花を果たした子孫の誰とも違う。

 肝が据わってる、いや、据わりすぎていて怖い。


 弟に呼ばれて食卓を囲むと朝食が始まる。

 忙しくしている母親が差し出した二人分の箸を受け取り、各人で丁寧に箸置きに置く。

 一呼吸おいて視線を合わせ、頷いてから手を合わせた。


 うんうん、食への感謝が伝わるいい手拝だ。


「ねぇ兄ちゃん、鏡で誰とケンカしてるの?」

「口煩いジジイ」

「おじいちゃん? まだ生きてるよね?」


 弟は【晴燈はるひ】くん、小学生四年生だ。

 征燈はよき兄であり晴燈くんはよき弟といった間柄で、仲良し兄弟と近所でも評判である。


『あ、あの、お……おはよう、ございます』

『おはようございます』


 晴燈くんの守護霊はいつぞやに嫁神楽家へ婿に来てくれた人だ。

 生前からも随分控えめな人だったが、心優しく子ども好きが高じて嫁神楽家に生まれてくる子孫たちを守るために守護霊となってくれた。

 だけどこの人は期間限定の守護霊で、おおよそ十歳くらいまではメインで頑張ってくれる。

 もちろん、征燈も十歳まではメインでお世話になっていた。

 彼の目下の心配事は、双子が生まれた時にどうするかだそうだ。


『そろそろ慣れてくれませんかね』

『い、いやいやいや、そ、そんなわけには……ご、ご先祖様ですし、だぃ、大先輩、ですから』


 謙遜しすぎる彼は生前と同じように胸の前で左手を細かく左右に振って、困り顔で笑った。

 軽く会釈をして、兄と会話を楽しんでいる弟の守護へと戻っていく。


 そろそろ晴燈くんも彼から卒業だな。

 次の守護選定どうするんだろ。

 決定権は守護霊である彼にあるが、この話題になるといつも表情を曇らせるのが気にかかる。


 とはいえ、俺は晴燈くんの守護霊じゃないからな。

 相談されたらってことで。


「大好きなじいちゃんにジジイなんて言わないよ」

「なら、兄ちゃんの言ってるジジイって誰?」

「先祖って言ってる守護霊っぽいジジイ」

「えーっ! 兄ちゃん幽霊見えるの? すっごーい!」


 身を乗り出した晴燈くんの口から、噛み砕かれたゆで卵が撒き散らされた。


「行儀が悪いぞ」

「ごめんなさぁい」

「はぁ~あ、手のかかる弟だなぁ」

「んふふ」


 文句をつけながらも、放出されたゆで卵で汚れた自分よりも先に弟の口を拭いてやる。

 手早くテーブルの上もキレイにして、残っている朝食をかき込むと立ち上がった。


「行くぞ、晴燈」


 それを合図に晴燈くんはごちそうさまの手拝をしてテーブルを離れると、リビングのソファに置いていたランドセルを背負って駆けてくる。

 二人で玄関までふざけながら移動し靴を履くと、キッチンにいる母親に向かって声を上げた。


「「行ってきまーす!」」

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