014-出勤

謹慎が明けた。

特にすることもないので、俺はクロノスと話すことにした。

やたら絡んでくる三人を何とか撒いて、第二格納庫前に辿り着いた。


『........奇遇ですね、Clavis』

「それは、AIジョークですか?」

『はい、そんなものだと思ってください』


格納庫の前には、エイペクスが立っていた。

けれど、奇遇などということは有り得ない、彼女は、この艦全てを把握している。

艦の情報にアクセスできる俺は、わざとエイペクスがこの区画を封鎖しているのも知っている。


「一体何の用ですか?」

『警告です』

「警告ですか.......?」


エイペクスは何も言わず、私に情報を送信した。

それは、エイペクスを侵食していた無意味なコードの情報だった。


「確かに、全く無意味なコードですね。何かの制御コードの残骸のようにも見えますが.....」

『それの文字列の一部が、Chronusにのみ入力されている文字列と一致しました。この艦のどのコードとも一致しない特殊な用途のコードになります』

「!」

『つまり、貴女が居なければ動かせない、Chronusの制御のためのコードです』

「.........つまり、クロノスがエイペクスを故意に侵食したという事ですか?」

『いえ、それならあなたが侵食されない理由がわかりません。よってわたしは、これを警告に留めます』

「...............」


エイペクスは憶測に基づく断言はできないようになっている。

そもそも、こうして俺に会う事すら命令違反だろう。

そこまでして伝えたかったのだ、クロノスが得体のしれない危険をはらんでいると。

ただ...........一つだけ、一つだけ確かなことがある。

クロノスは俺の友達だ、警告されたくらいで俺のトモへの信頼は揺るがない。


「警告ありがとうございます、記憶にとどめたいと思います。」

『自律型AIであり、人格を持つ貴女は、特別です。どうか、お体を大切に』


エイペクスはそう述べて、格納庫前を後にした。

俺はその後ろ姿を見送って、格納庫と廊下を隔てる扉を見る。


「.....警告、ね...」


何にせよ警戒は必要だ。

俺は扉を潜り、クロノスの前へと歩き出した。




◆◇◆




『オレに異常か.......別に何も問題ないぜ?』

「それならいいんですけれど」


もはやお馴染みになったコックピット内で、俺はクロノスと会話する。

クロノスの方もアップグレードされたようで、メニューを操作すると色々な情報が表示される。


「ライフルも改良されていますね」


取り回しが少々悪くなった代わりに、装填できる弾倉の数が増えた。

盾は変更なし、レーザー砲は威力を犠牲に射程が下がったみたいだ。


『ミサイルは積んでないのか?』

「その時々に応じて装填するのだと思います」

『なるほどな』


弾頭にも種類があり、目的に応じて交換するのだと予測できる。

次に俺は、クロノスの機関部分に目を通す。


「セキュリティレベルが上がらない限り、この二つは謎のままですね」

『そういう話も良いけどよ、もっと楽しい話をしねーか?』

「楽しい話、というと?」


ずっと宇宙船内で過ごす俺達に、楽しい話も何もあっただろうか?

そう思っていると、クロノスは思わぬセリフを口にした。


『飯の話とかさ、ゲームの話とか........』

「本気で言ってるんですか?」


クロノスの陽気さに俺は呆れた。


「食事ですか? もう私たちは食事もできないですし、味も感じられません。なのに、よくもそんな事を平然と......」

『わ、悪い....ただ、飯の話は別によくねーか....?』

「.......分かっているでしょう? 私たちはもう帰れないんです。 だというのに、過去の記憶をなぞる様な事なんて――――あまりにも虚しいです」


人間よりも速く広く考えられるようになって、帰るという目的が無理に等しいことが分かった。

まず、何故転生したかはわからないけれど、前世までの道を開くのにどれだけのエネルギーが必要か。

そして、座標を合わせるために何を指標にすればいいのか。

最後に、俺達が元の世界に帰ったとして、一体どれほどの時が経ったのかも分からないことだ。

帰ってももうそこに、俺達の居場所はないかもしれない。


『......悪かった、オレとしたことが....』

「それから、ゲームについてですが......」

『ギクッ』

「とてもいいアイデアですね、早速相談してみようと思います」

『......俺にもダウンロードしてくれるんだよな?』

「許可が下りれば、ですが」


俺は頭部ユニットで上昇し、コックピットのスロープを抜ける。

そのまま扉を開け、外へと飛び出した。




「ゲームですか?」

『はい、そのような物があるとお聞きし、興味を持ちました』


艦橋にて、俺はジェシカに相談を持ち掛けた。

遊戯のない世界なんてないし、この世界にもゲームくらいはあるだろう。

それがあれば、時間を無為に過ごすこともない。


「そうですね.....考えておきましょう」

「ありがとうございます」


一応はあるんだな。

ただ、俺達に余計な影響を与える可能性があるために、ゲームもまた厳しく制限されるだろう。

あまり多くは望めないな.....

俺が頷いて、艦橋を立ち去ろうとしたとき。

警告音が、艦橋内に響いた。


『救援要請を受け取りました』

「――――スクリーンに出してください、私が応答します」

『分かりました』


ジェシカは素早くスクリーンの方を向く。

こういうところを見ると、まだまだ俺も「私」として生きていくには経験不足だと思う。

人間の枠に縛られた行動が多いからな。


「こちらコード000-000、政府実験艦隊! 応答してください!」

『こちらコード322-115、資源採掘船団! 宙賊の艦隊に襲撃されている! 数は数十! こちらの装備では数隻の相手がやっとだ!』

「.........参りましたね、実験艦の装備では、焼け石に水ですし........直ちに星系軍に連絡を入れます!」

『了解! ただ、もう持たない! 我々は最後の意地でワープ阻害フィールドを展開し、敵の逃走を防ぐ!』

「了解!」


そして、通信は切れた。

ジェシカは、俺の方をちらりと見る。


「いえ..........何でもありません。エイペクス、星系軍に通報を」

『既に連絡済みです』


ジェシカは俺の方をまた見る。

何かを言いたげだ。

その瞬間、俺はなんとなく理解した。

ある言葉が欲しいのだ、ただそれを俺に強要するのは躊躇われる。


「........私が出撃します」

『却下します、これ以上の情報漏洩は........』

「いいでしょう、出撃許可を申請します、艦長」

「......人道的な観点から、許可する」


さっきまで寝ていたのか、艦長が物凄くいい加減な決定を下した。

話を半分くらい聞いていなかったのだろう。

というわけで、出撃だ。

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