好きだよ、と君が笑ったから
茜
第1話 宮野陽華という妹
『君の笑顔はまるで、白百合のように儚くて、薔薇のように美しくて────』
こんなのじゃない。
『もし、貴女が死んでしまったら────』
俺が本当に書きたいのは、こんな話じゃない。もっと、もっと。綺麗で、儚くて、悲しくて、切ないもの。
『あぁ、やっぱり、君は───』
思わず、持っていた鉛筆を握り潰してしまう。あぁ、またやってしまった。今月だけで既に7本の鉛筆をおじゃんにしてしまっているため、そろそろ新しいものを買わないと在庫がつきてしまう。面倒だが、買いにいくしかない。そんなことを考えていた時だった。家の呼び鈴の音が室内に響き渡る。何かネットで注文していただろうか、と疑問に思いながらもドアに近づき、ドアスコープを覗き込む。すると、そこには一人の少女が立っていた。逆光で顔は見えないが、その少女は俺と同じ高校の制服を着ていることから、同年代である事が分かる。
「今、出ます」
そう答え、ドアを開けた。
「久しぶりだね、月斗お兄ちゃん」
夜を溶かしたような髪に、少し茶色が混じった大きな瞳。一瞬どこかのモデルかと思うほどにスタイルが良く、その容姿はすれ違う人達を一目で魅了するだろう。
「あぁ、久しぶりだな。陽華」
【宮野陽華】俺、宮野月斗の妹だ。
「フフーン、フーン」
キッチンから陽気な鼻歌が聞こえる。目をそちらに向ければ、楽しそうに料理をしている陽華の姿が視界に写った。室内には辛いスパイスの香りが漂っており、徐々に食欲を刺激していく。
「できたよ、お兄ちゃん」
机の上に並べられたのは、美味しそうなカレー。
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
スプーンで掬い、口の中に入れる。
「うまい」
一口食べた瞬間、思わず言葉を漏らした。ピリリとした強い辛味とじゃがいも、ニンジンなどの味が混じり合い、それらが手を止まらせない。気がつくと、少し大きめの器に盛られていたカレーライスは跡形もなく胃袋に消え去っていた。
「美味しかった?」
「あぁ、とっても」
「ほんと?良かったぁ」
嬉しそうに微笑む陽華。兄としては嬉しいのだが、お兄ちゃん子なのは少し心配である。
「それにしても、なんでここに?」
わざわざ家に来るということは、それなりの理由があるはずだ。まさか、遊びに来ただけ、なんてことはないだろう。
「ほら、私達のパパとママって、今海外に出張中でしょ?私もついていってたんだけど、もう高校生になるし、お兄ちゃんに会いたい、って思ったから、来ちゃった」
えへへ、と恥ずかしそうに頬を赤らめる陽華。
くそっ、可愛いやつめ!
「そういうことなら仕方ないな。ま、ゆっくりしていけ」
「うん!」
時計を見ると、既に7時30分。そろそろ家を出ないと、学校に間に合わない。
「行こう、お兄ちゃん!」
制服に着替え、鞄に教材と原稿用紙を詰め込むと、陽華に引きづられながら家を出た。
「わぁ、きれー」
はらはらと舞い落ちる桜の中で、くるくると回る陽華。その姿はまるで一枚の絵画のような美しさだ。
「そんなにはしゃぐと、転んで怪我するぞ」
「だいじょ~ぶ!私、運動神経は良い方だから!」
まったく、我が妹ながら元気なやつだ。
陽華と他愛もない話をしながら、少し歩くと、大きな校門が見えてきた。そう、俺達が通っている【私立春雨高校】だ。偏差値は高いとは言えないが、決して低いというわけではない。だからといって運動部が強いというわけでもない。そんな中途半端な所が気に入り、入学を決めたのだ。
「じゃあね、お兄ちゃん」
一年生と二年生で教室の階が変わるため、一旦陽華とはお別れだ。
「あぁ、また放課後にな」
陽華に手を振って見送り、姿が見えなくなると俺も教室へ向かう。
「おっす!」
突然、後ろから声をかけられる。
「なんだ、祐介かよ」
堀村祐介。数少ない俺の中学時代からの友人だ。サッカーをしているためか筋肉質な体に短めの黒髪、これぞまさしく男子高校生といえる外見だ。
「なんだなんだ~?とうとう月斗にも彼女ができたのかぁ~?」
「あほか、妹だよ。い、も、う、と」
「あぁ、そういやお前が前に話してたな。可愛い妹がいるって」
「なんだ?もしかして狙う気か?嫌だぜ、お前にお義兄さん、なんて言われるの。想像しただけで吐き気がする」
「そ、そんなにかよ」
「当たり前だ」
「やっぱ、前々から思ってたけど、月斗ってシスコンだよな。どうする?妹・・陽華ちゃんだっけか。明日にでも彼氏ができた、なんて言ってきたら」
「え……」
「嘘嘘、冗談だよ!そ、そんな絶望に満ちた顔しなくても」
「だ、だよな」
「おう!」
もし、仮にそんなことが起こってしまったのなら、おそらく俺は失踪するだろう。
教室につくと、扉にクラスの編成表が張られていた。確認すると、どうやら今年も祐介と同じクラスのようだ。
「今年もよろしく。祐介」
「こっちこそ、よろしくな。月斗」
祐介と笑い合いながら、教室に入っていった。
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