金子みすゞを孤独に読む

白早夜船

第1話

 金子みすゞと言えば、日本の詩人・童謡作歌の中で指折りの知名度を持つ作家だろう。国語の教科書やACジャパンのCMで触れた人も多いはず。日本の詩人で知名度ランキングを作ったら、必ずや上位に入るに違いない。


 そんな金子みすゞだが、皆さんはその作品にどのようなイメージを持っているのだろうか。


 優しいまなざし、あたたかな感性にあふれた作品。そういうふうに捉えている人も多いのかもしれない。

 だが、私はそれとは異なる印象を金子みすゞに持っている。

 一言で述べればそれは、〈金子みすゞは孤独の人だったのはないか〉ということだ。


 もちろんこれは、金子みすゞその人が実際に孤独な生き方だったのかどうかという話ではない。

 作品から受ける印象として、みすゞの作品からはそこはかとなく孤独味を感じてしまう。そういう話だ。だからもしかしたら金子みすゞの生涯に詳しい識者の方から「それは違う」という指摘を受けるかもしれない。ただ、私個人としてはみすゞの作品からそういう印象を受ける、ということを以下では述べるつもりだ。

 お手柔らかにお付き合いしていただきたい。






 金子みすゞの代名詞とも言える作品が『私と小鳥と鈴と』だろう。「みんな違って、みんないい」のフレーズはあまりにも有名だ。


―――――――――――――――

私が兩手をひろげても、

お空はちつとも飛べないが、

飛べる小鳥は私のやうに、

地面じべたはやくは走れない。


私がからだをゆすつても、

きれいな音は出ないけど、

あの鳴る鈴は私のやうに

たくさんな唄は知らないよ。


鈴と、小鳥と、それから私、

みんなちがつて、みんないい。

―――――――――――――――


 みんな違ってみんないい。

 短くて口にしやすいから、多様性ダイバーシティを表すフレーズとしても多用されているように思う。

 誰にだって長所もあれば短所もある。そういう違いを優劣としてではなく個性として認め合い、尊重しましょう。

「みんな違ってみんないい」はその端的な表現として便利な言い回しだ。


 だが、最後のワンフレーズだけでなく詩の全体を読んだとき、果たして「みんな違ってみんないい」はそんな優等生的文辞なのだろうかという疑問が浮かんでくる。


「お空はちっとも飛べない」と口ずさむのは、自由に空を飛びたいと願うからだろう。

 実際、金子みすゞの他の作品にも目を通せば、「あのまん中へ/とび込んで、/ずんずん泳いで/ゆきたいな。」、「私はいつか出てみたい」、「海のはてまでゆきたいな」のように、子どもが抱くような素朴な願望を唄った詩を見つけることができる(それぞれ『青い空』、『ひろいお空』、『海の果』)。だから金子みすゞが小鳥のように空を飛びたいと考えたとしてもまったくおかしくはない。

 両手をひろげても、空はちっとも飛べない。

 その言葉の裏に「本当は空を飛びたい」という感情を読み取ってしまうのは私だけではないはずだ。

 だとしたら、「小鳥が地面を速くは走れない」と述べるのは、羨ましさを心の内に押し込めた強がりではないだろうか。


 金子みすゞは「あの鳴る鈴は私のようにたくさんな唄はよ」と言う。

 なぜこの箇所は「歌えない」ではなく「知らないよ」なのか。金子みすゞは「たくさんな唄」を単にだけで、歌いはしなかったのか。

 いや、やっぱりこれも本当は歌いたかったのではと思ってしまう。

 歌いたかった。でも「きれいな」声ではなかったか、あるいは上手に歌うことができなかったか。だからこそ「きれいな音」の出る鈴に憧れた。

 自分は多くの歌をとだけ述べるのは、いじけた強がりにすら聞こえてくる。


 そもそもこの『私と小鳥と鈴と』という作品。比較対象が人間じゃない。鈴に至っては生物ですらない。生物多様性条約も優に超えてしまう射程の広さだ。

 金子みすゞは「みんな違ってみんないい」と唄うけれども、その「みんな」のなかに人間が入ってこない。

 金子みすゞにとってはこれが基本的なスタンスとも言えそうだ。

 人間が出てこない。自然の風景や動植物を題材にしている作品に比べれば、人間が出てくる作品数はごく少ない。子どもが抱きがちな素朴な願望や「なぜ」という問いはいくつもテーマにしているのに、子どもにとって身近な人間関係、友達とか家族とか学校の先生とかはめっきり出番が少ないのだ。

 人間が出てくる詩はむしろ、人間社会を突き放していたり、孤独を感じさせるものがほとんどだ。


 たとえば、これも有名な『大漁』という作品。

―――――――――――――――

朝燒あさやけ小燒こやけ

大漁たいれふ

大羽おほばいわし

大漁たいれふだ。


はままつりの

やうだけど

うみのなかでは

何萬なんまん

いわしのとむらひ

するだらう。

―――――――――――――――


 人間の側ではなく、明らかにイワシの側に気持ちを寄せている。

 人間社会に対する風刺とも読めるが、はたしてこれは単にイワシに対する慈悲心から生まれた作品なのだろうか。

 これを「イワシにも思いを馳せよう」「命をいただくことに感謝しよう」というメッセージとして捉えるのは、先ほどと同じ優等生的な解釈だ。

 私にはどうもそのようには受け取れない。

 それは『御本と海』という作品を読んでみると、特にそう感じる。


―――――――――――――――

ほかのどの子が持つてゐよ、

いろんな御本、このやうに。


ほかのどの子が知つてゐよ、

志那や印度のおはなしを。


みんな御本をよまない子、

なにも知らない漁夫れふしの子。


みんなはみんなで海へゆく、

私は私で本を讀む、

大人がおひるねしてるころ。


みんなはいまごろ、あの海で、

波に乗つたり、もぐつたり、

人魚のやうに、あそぶだろ。


人魚のくにの、おはなしを、

御本のなかで、みてゐたら、

海へゆきたくなつちやつた。


急に、行きたくなつちやつた。

―――――――――――――――


 金子みすゞには漁師(の子)の友達がいなかったとしか思えない。もし親しい知り合いが漁師にいたなら、こんな作品を作るだろうか。

「みんな御本をよまない子」「なにも知らない漁夫の子」「私は私で本を讀む、/大人がおひるねしてるころ」という箇所は漁師の大人やその子どもを小バカにしたような物言いだ。

 人間社会(あるいは漁師社会)に対してこうした冷ややかな目線を持っていたのなら、『大漁』で綴られていたのは、イワシに対する優しい眼差しなのではなく、人間社会に対する冷徹な視線だったように感じる。

(それでも海に行きたいと思ってるあたり、やはり憧れや羨ましさを抱えているようにも読める)


 学校コミュニティに関して、金子みすゞはこんな作品さえ残している。

『學校へゆくみち』

―――――――――――――――

學校へゆくみち、ながいから、

いつもお話、かんがへる。


みちで誰かに逢はなけりや、

學校へつくまでかんがへる。


だけど誰かと出逢つたら、

朝の挨拶あいさつせにやならぬ。


すると私はおもひ出す、

お天氣のこと、霜のこと、

田圃たんぼがさびしくなつたこと。


だから、私はゆくみちで、

ほかの誰にも逢はないで、

そのおはなしのすまぬうち、

御門をくぐる方がいい。

―――――――――――――――


 あるいは『女王さま』という作品にはこんなことが綴られている。

―――――――――――――――

いちばん先にくことは、

わたしくにむものは

子供こどもひとりにお留守居るすい

させとくことはなりません。」


 そしたら、今日けふの私のやうに

 さびしい子供こどもはゐないでせう。

―――――――――――――――(一部抜粋)


 金子みすゞは孤独の人だ。そうだったに違いない。

 そう思って金子みすゞ作品を読んでいくと、なんと孤独や淋しさをテーマにした作品の多いことか。

 金子みすゞの真骨頂はこの孤独感にあるとさえ思えてくる。


『不思議』と題された作品はたしか国語の教科書に載っていて、最初に読んだときには、子どもらしい素朴な疑問をそのまま詩にした作品だと思っていた。


―――――――――――――――

私は不思議でたまらない、

黒い雲からふる雨が、

ぎんにひかつてゐることが。


私は不思議でたまらない、

青いくはの葉たべてゐる、

かいこが白くなることが。


私は不思議でたまらない、

たれもいぢらぬ夕顔ゆふがほが、

ひとりでぱらりとひらくのが。


私は不思議でたまらない、

誰にきいても笑つてて、

あたりまへだ、といふことが。

―――――――――――――――


 しかし一度金子みすゞを孤独の人として思ってしまうと、この作品も見方が変わってくる。

 最後の一節、「誰にきいても笑つてて、/あたりまへだ、といふことが」が印象深く響いてくる。

 これって、人に笑われる(嗤われる)作品だったんだと気づいてしまった。

 誰も自分を理解してくれない。共感してもらえない。それどこか一笑に付されてさえいる。

 そういう孤独感、寂寥を読み上げた作品だったのではないかと、今では思う。

 金子みすゞが感じた「不思議」。それを一緒になって「不思議だね」と共感してくれるような人が、周囲の人間にはいなかったのかもしれない。どうしたってそんなことを感じてしまう。


 あるいは最近だと、東日本大震災のときにACジャパンのCMとして使われた『こだまでせうか』も、そんな作品のひとつだろう。


―――――――――――――――

あすぼう」つていふと

「遊ぼう」つていふ。


馬鹿ばか」つていふと

「馬鹿」つていふ。


「もう遊ばない」つていふと

「遊ばない」つていふ。


さうして、あとで

さみしくなつて、


「ごめんね」つていふと

「ごめんね」つていふ。


こだまでせうか、

いいえ、誰でも。

―――――――――――――――


 最後の一節だけどうしても異質だ。

「遊ぼう」「馬鹿」などのセリフが「」で括られているのと違って、最後の部分は地の文で書かれている。内面のモノローグだと言うことだろう。

「〜でしょうか」と語調も異なっている。「遊ぼう」や「ごめんね」のやりとりが内容から考えて子どもの会話だとするならば、このモノローグはそうした微笑ましく聞こえる子どもの会話からは一歩引いた視点からのものだ。


 加えて「いいえ」の否定辞が読者にドキリとした不安を催す。

 それまで「遊ぼう」「馬鹿」「もう遊ばない」「ごめんね」と続いてきた会話は全てオウム返しのコミュニケーションだ。したがって読者は「こだまでしょうか」に続く言葉もオウム返しになるのではないかと予想することになる。

 しかし「いいえ」の文言が続いてその予想は裏切られる。

 普通に考えるなら、「まるでこだまだね」「そうだね」のような、なんでもない、しかし共感を伴う会話を期待するし、私が作者ならそうした気がする。


 たとえばこんなシチュエーションを思い浮かべてみよう。2人の子どもが公園で遊んでいて、それを夫婦で眺めているような光景。


子どもA「遊ぼう」

子どもB「遊ぼう」

A「馬鹿」

B「馬鹿」

A「もう遊ばない」

B「遊ばない」

 ……

A「ごめんね」

B「ごめんね」


父「こだまみたいだ」

母「こだまみたいね」


 もしこの作品が、微笑ましい日常の一場面を切り取ったものであるなら、こっちのほうが良いはずだ。少なくとも私はそう思う。

 なぜわざわざ「こだまでしょうか」と口調を変え、オウム返しではなく「いいえ」となっているのか。


 金子みすゞが「こだまでしょうか」と漏らしとき、「こだまですね」と返してくれる存在がそばにいなかったのではないか。

「いいえ、誰でも」の「誰でも」に他ならぬ自分自身は含まれていないのではないか。

 つまりこの『こだまでせうか』という作品は、無邪気な子どものケンカ・仲直りのシーンを目にして、それが微笑ましい光景であったがゆえに、反面的に人知れず自分の孤独感に気づかされる、そういう作品なのではないか。


 そう解釈でもしないと、最後の一節が私には腑に落ちない。「こだまでしょうか/いいえ、誰でも」にざらつく違和感が拭いきれない。



 だから私は金子みすゞは孤独の人だったのだと思う。

 金子みすゞ本人が事実として孤独を感じていたかどうかについては与り知らないし、孤独がネガティブなものだと述べるつもりもない。孤独感をテーマにしている作品が多いからといって、それが金子みすゞの評価を下げるとも思われない。

 むしろ私は、金子みすゞ作品の特徴は孤独にあるのだと考えるようになってからのほうが、作品に親しみを感じている。

 そのほうが人間味があって面白い。

 単純に私という人間が孤独側に属しているからそう感じるだけなのかもしれないが。



※引用は『新装版 金子みすゞ全集』JULA出版局、1984年に拠った。

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