第27話 秘策



 パチュンッ――!!


 マリアの背後を衝いたランドの銃弾は1メートルほどまで迫ったものの、空気の振動と水飛沫を伴った波紋のようなものを広げて、有らぬ方向へと弾かれて飛んで行ったのだ。


「何っ!?」


 訝しんだものの、ランドはすぐに2発目、3発目と撃ってきた。

 しかし、その悉くが1メートルほどの距離で、やはり空気の振動と水飛沫を伴った波紋のようなものを広げて進路を変えて飛んで行った。

 

「どういうことだ!? いったい、何をしたっ!?」

 

 困惑したランドが問うが、マリアは黙して答えない。10メートルほどの距離に迫ったマリアに牽制の3連射を放つ。

 

 パチュンッ――!!

 三度みたび、同じことが起こり、またしても銃弾は進路を変えられた。


「水!?」

「半分は正解」


 月に照らし出され、揺らめく波紋が広がった時に飛び散る飛沫にランドが気付き、そう口にしたときには、すでにマリアは目前まで迫っていた。


「くそっ……!!」


 距離を取ろうとランドが斉射し、


 パチュンッ――!!

と、先ほどまでと同様のことが起こり、迫るマリアの横薙ぎの一閃を、何とか躱して後方へと跳んだ。2人の距離は5メートルほど。マリアなら一息で詰めてくる距離だ。

 ランドは態勢を立て直すための間を作ろうと、死人2人をマリアに差し向けた。マリアが瞬く間に、死人2人の首を刎ねた。死者はたちまち、塵芥と化した。大した時間稼ぎにもならなかったが、それでもマリアの防護壁を突破出来るように右手の銃を取り換えるだけの時間は確保出来た。

 ランドの右腕の銃は用途によって交換が出来るようで、今度の代物は先ほどのよりも、もっと大口径だった。


「ふっふ、今度のは防げませんよ」


 ドン――!!

 バチュンッ――!!

 ランドの言葉通りに銃弾はマリアの防護壁を貫き、弾道を変えることなく彼方へと飛んで行った。


「そ~ら。どうです? もう防げませんよ?」


 それを確認したランドが口元を歪めて笑った。

 もっともランドの狙撃に対して、馬鹿正直に正面で受けるような真似をマリアはしなかった。軸をずらし、銃弾が貫通しても、その射線上に自身は置かないようにしていたのだ。

 さらに、


「そう? 武器とか装備やらを強化出来るのは、のよ?」


と、自慢の銃の威力に我を忘れてはしゃぐランドの勘を逆撫でるように、彼にとっては聞き捨てならないことをマリアは言い放った。


「何ですと?」


(まさか)

(ハッタリだ)

(そんなはずはない)

(しかし……)


 ほんの僅かな間に、様々な思考がランドの頭の中で交錯した。


(もう、打つ手が無くて、あんなことを言っているのだ)

(強がりを言っているに過ぎない)

(だが……今まで散々、煮え湯を飲まされてきたではないか)


「そんなに疑うのなら、試してみれば?」


 ランドの迷いを見透かしたようにマリアが挑発するように誘う。


(安い挑発だ。しかし、そうまで言うのなら試してやろうじゃないか)


 自らのプライドの高さから我慢の利かないランドは、この挑発に乗ることにした。マリアを正面に捉え、もう1発撃った。


 ドン――!!

 パチュチュンッ――!!

 先ほどと同じような音が響き、先ほどと同様の水飛沫が上がった。ただし、音も水飛沫も2回ずつ、交互に連続したものだった。見えやすい水の飛沫は1度目と2度目との距離はほとんどなく、傍目には1枚の障壁にしか見えなかった。

 そして、弾道は確かに逸れていた。急激に――ではなく、緩やかな角度で逸れたのが、2回続いた――と言えば、分かりやすいだろう。1回分はほんの少しの角度で逸れただけだが、それでも、――ということだ。


 マリアは感謝の思いを込めて、そっと懐中の札を押さえるようにつなぎの上に手をやった。お札は昼間にミケーレが手渡していた物で、フィレンツェの事件がランドによるものかも知れないと睨んだ数年前から、マリアがミケーレに入手を頼んでいたのである。

 もし、日本に行くことがあったら、調べて欲しいことがあり、それが手に入るのかどうか、確かめて欲しい――と。

 その頼みを聞いたミケーレは、わざわざ日本まで足を運んでくれたのだ。


 ランドの〝風〟に対抗する手段として、マリアは精霊に働きかける日本の陰陽道に着目した。風と水の〝〟を作り、弾道を〝〟のだ。1つ1つは薄く、強力でなくとも、〝風〟、〝水〟、〝風〟、〝水〟とことによって、少しずつ〝〟ていく。その結果として、弾道を〝逸らす〟というアイデアだ。以前、リックと対峙した際から、銃への対抗手段として考えていた方法だった。

 もっとも、そのためには必要な元素が現場になければならない。〝風〟については特に問題はないが、〝水〟が現地にあるかどうかは分からない。

 だから、ミケーレが〝水〟は持っていた方が良い――と忠告を受けたと伝えていたのだ。先ほどの瓶には、そのための〝水〟が詰まっていたというわけだ。

 

「……!!」


 だが、そのカラクリを見抜けたのかどうかまでは分からなかったが、ランドは絶句していた。自慢の銃が効かなかったからか。


「さて――と。それじゃ、仕切り直しかしらね」


 微笑を浮かべ、右手の剣を突き付けて言うマリアを、ランドは睨み殺さんばかりの憎悪の籠った眼で睨み付けていた。


「ふっ」


 軽い笑い声をその場へ残し、ランドへ疾り寄るマリアへ向けて、ランドが銃を放つ。


 パチュチュンッ――!!

 パチュチュンッ――!!

 弾は全て逸らされ、明後日の方向へと飛んでいく。再三狙いをつけて連射するも、その悉くが躱され、あるいは逸らされた。また、自らの撃った弾が死人の頭部を粉砕することも、2度3度とあった。マリアが巧みに誘導したのだ。自分で自軍の戦力を減らす事態に、ランドが苛立ち、慌てふためいた。


「くそっ……!!」


 焦るランドの眼前にマリアが迫った。マリアが左右の剣を繰り出すのを、ランドは銃身で受け止めた。そのまま後退し躱そうとするもマリアがすかさず詰め寄り、さらに剣を振るう。その度にランドは銃身で受けざるを得ず、自慢の銃はどんどん傷付いていった。それがランドをなおさら苛立たせた。

 何度目かの剣撃を銃身で受けた時、ついに銃口近くの細くなっている部分が断ち切れた。続いて繰り出された刺突を、ランドは首を傾げて何とか躱した。


「貴様っ!!」


 歯を剥き、怒りを露わにするランドは飛び退きながら、懐中より取り出した手榴弾をマリアに向けて放り出した。先だって、頭部を撃ち抜いた増援部隊の隊員から、ランドがくすねておいた物だ。

 わざわざマリアを狙って投げる必要はなく、追撃してくるマリアの前に残しておくだけでよかった。それだけで、マリアが自分から殺傷範囲に突っ込んで来るのだから、簡単なことだったのだ。

 だが、マリアは冷静に対処した。

 何と、爆発する直前の手榴弾を、左手の剣の腹をそっと押し当てて、野球やテニス、あるいは卓球のようにランドに向かって優しく打ち返したのだ。

 

「なっ……!?」


 相手の眼前にあるはずの手榴弾が、自分の目の前で踊っていた。


 ドォンッ――!!


「くっ……!!」


 その身体を爆風に包まれたランドだが、かろうじて左手で顔を覆い〝風〟を巻き起こして、何とか被害を最小限に止めた。それでも破片によって身体中の服は引き裂かれ、破けた服から覗いた肌は傷付き血塗れで、その身体の端々から煙を燻ぶらせていた。腕で覆って庇ったはずの顔も何カ所かから、血が流れていた。


「貴様ぁ……よくも……」

「あら、が出てるわよ。それに、今のは自業自得でしょう?」


 ランドは肩で荒い息を吐き、マリアを睨み付けていたが、当人はどこ吹く風のていであった。マリアが1歩、歩を詰めれば、ランドは2歩、思わず後退した。打つ手の悉くを躱されたランドの顔に、焦りと恐れが張り付いていた。

 マリアがまた1歩詰めれば、ランドが退がる。

 それを何度か繰り返した後、マリアの出かかった足が止まった。宙に浮かせていた足をそっと地面に戻す。ランドの口の端に浮かぶ微笑を見たためだ。そのままランドが後退し続けたため、2人の距離が開く。

 

「まだ、奥の手が残ってるみたいね。何を狙ってるのかしら?」

「……何のことです?」


 一息に詰め寄られないだけの十分な距離を取り、ランドが口を開けた。自分でも気付かぬうちに浮かんだ微笑で策を悟らせてしまった迂闊さに、唇を歪めた。

 マリアも数歩分後退し、増援部隊がばら撒いた手榴弾で破砕したアスファルトの拳大の欠片を、足を引っ込めた地点に蹴り飛ばした。欠片が転がった瞬間に、地面が割れてそれを飲み込んだ。足を置いていれば囚われ、身動きが出来なくなっていたところだ。

 念のためにもう1個、欠片を蹴り飛ばしたが、今度は変化がない。発動は1度きりの罠だったようだ。


「これだけが狙いだったわけでもなさそうだけれど」

「……。もう何もありませんよ。それが最後です」


と、ランドが否定した。もっとも、その言を信じることなど出来ようはずもない。白々しい台詞に、マリアが苦笑した。


「とぼけてもダメよ。まだ何か……」


 そこで、ふと思い出したように、マリアは周りを見た。そこここに増援部隊の手榴弾による破砕孔が開いている。

 どうやら、恐怖に駆られた彼らが、ランドがあちらこちらに仕掛けていた罠を発動させて台無しにしていたらしい。彼らの恐慌による暴走と思えた行為が、思わぬところで役立っていたようだ。


「本当にこれだけ?」

「ええ、本当にそれが最後ですよ。まったく……、あんなデタラメな悪あがきでこちらの思惑が潰されるなんてね。予想外でしたよ。あとは……」

「まだ、何かあるのね?」

「まあ……、あると言えば、ある……」

「歯切れが悪いわね。はっきりとおっしゃい。何が……!」


 言いかけたまま、マリアは視界に入って来たものを避けて、身を屈めた。身体の上を大きな影が飛び越え様に、腕と思しきものを振るってきた。瞬時にマリアは反応し、左手の剣を振り上げた。


 ガキン――!!

 金属同士を打ち付け合うような音が響き、重い手応えが伝わってきた。影はマリアとランドの間を塞ぐように、軽やかに地に降り立った。本来は四肢であるところを、二肢で大地を踏みしめるその姿――正体を見たマリアが、


「まあ。と、いつ友達になったのかしらね」


と、呆れたように口にした。そして、同時に得心もした。

 さっきの臭いの元凶はか――。

 ぐるる……と唸るは、刃物のような鋭い牙の並んだ長い口吻を持ち、こわい獣毛に包まれていた。元々は対向していない親指が人と同じく向き合うその両手には、鋼板にすら穴を開けそうな長い爪が生えている。


「護衛といったところですよ。相性としては最悪なので、私の本意ではないのですが、背に腹は代えられませんでね」


 長い間、本調子に戻り切らなかったために手を組んだものの、ランドも本心では嫌っているようだ。その表情と口調にも、不満が見て取れた。

 ぐるる……と再び、人狼――狼男が低く唸った。

 それを合図に、いつの間にか現れた10頭の狼たちが、人狼を取り囲んで同じように低く唸った。じりじりと周りを取り囲むように動く狼たちを視界に納めながら、


「いつ頃から手を組んでいるのか知らないけれど、こんなにいるのなら、表だった事件になってないだけで、本当の被害者はもっと多そうね」


と、マリアは呟いた。

 人狼にこれだけの狼が付き従っているのなら、食料として喰らわれた人はかなりいると見ていい。ランドとその眷属、そして、この人狼と狼たち――。この2組がそれぞれ、どこから調達したのかまでは知れないが、捜索願いすらも出されていない人も含めれば、行方不明の者はかなりの数に上るだろう。


「その件に関しては、お互いに『』でしてね。そちらがどれほど人を喰らったかまでは、私も把握はしていないんですよ。まあ……普通に考えれば、ですよねぇ」


 そう言って、ランドも同意を示した。


「それはともかく……折角、雇ったのですから相手をしてもらいましょうか」


と、ランドが言えば、人狼も、ぐるる……と唸りを零し、


「美味ソウナ女ダ……。遠慮ナク頂コウ……」


と、言葉を発した。それを聞いたマリアも挑発するように、


「あら……。喋れるのね、このワンちゃん」


と片目を瞑って言ったその瞬間に、苦鳴と空気を漏らす音が響いた。


 ギャン――!!

 クフッ――!!

 マリアが抜き打ちで投げナイフを放ち、2頭の狼の頭部を地面に縫い付けたのだ。それと同時に、狼たちの包囲を回避するため、後ろに飛び退いていた。

 残る狼たちは8頭――。


「逃ガスナッ!! 追エ!!」


 不意を突かれて数瞬動けなかった狼たちに、人狼の叱咤が飛んだ。


 グガァッ――!!

 唸り声を上げ、疾走してくる狼たちに向かって、2本の投げナイフが飛ぶ。


 キャンッ――!!

 1頭は躱したが、もう1頭はナイフに頭部を貫かれ、地面にもんどりうって転がった。

 残りは7頭――。


「何ヲシテイル!! 躱セッ!!」


 配下の狼たちの体たらくに、人狼の苛立った怒声が飛ぶ。


「囲イ込メッ!!」


 人狼に指示が飛び、それに呼応して2頭の狼たちが包囲しようと回り込む。5頭は注意を惹くために正面から追いかける。

 マリアの方は狼たちを引き摺り回す作戦か、速度に緩急を付けて巧みに誘い込んでいた。噛み付くには最適な速度に落とし、1頭が左足に喰らい付かんと大きく開いた顎を寄せた瞬間に一刀を振り落として、その首を刎ねた。さらに、その間隙を突こうと跳びかかってきた1頭に、マリアは投げナイフを2本投擲し、ナイフは口腔と胸部に命中した。

 果たして、それはどれほどの速度と威力だったのか。

 マリアは手首を少し捻って軽く投げただけに見えたが、命中したナイフはそれぞれ、口中を貫き、胸を貫通し、ぼっ、と肉のぜる音を残して背後の闇夜に飛んで消えた。

 残り、5頭――。

 同胞の狼たちが次々と葬られていくのを見るに見かねたか、人狼がマリアに向かって大きく跳んだ。鋭い爪を備えた腕を振るったが、それはマリアに難なく躱され、マリアが立っていた位置のコンクリートの地面を抉り取った。

 

「グオオ!! 逃スカッ!!」


 烈火のごとくに咆哮し、移動したマリアを捉えようと首を振った。


「ナ……!?」


 その次の瞬間に人狼の顔目掛けて、剣が突き出された。いなくなったものと思っていたマリアが、すぐそばまで踏み込んできて、左の剣を突き込んできたのだ。不意を突かれた人狼は辛くも首を左へ、ぐるり、と回して躱す。そして、何とそのまま、

 何という反射速度か――。


「!!」


 バキンッ――!!

 硬い音を残して、マリアの剣が鋭い歯に噛み砕かれた。 



 

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