第10話 夜の住人



 3人と別れたマリアは、先ほどの戦闘が行われた現場を遠望出来る位置で見張っていた。

 もうそろそろエリスの結界の効果も失われよう。

 散乱する死人たちをそのまま放置するのか、または、人目に付く前に始末するのか。始末するのならばどのようにするのか――を見届けようと考えたのだ。


 マリアが見張っていると、どこからか、ぞろぞろと人々が現れ、黙々と死人の残骸を運んでテムズ川に放り込んでいく。それは所詮、一時しのぎであり、後のことなど考えておらず、取り敢えず死体を隠せばいい――という行為だった。

 しかし、遠目から見ていてもやはり、どこかぎこちない動きをする人たちだった。先ほどの死人の群れと同じく、この人々も死人なのかも知れない。その現場を見渡せそうな場所を探してみても、見える範囲から誰かが命じているのでもなさそうだ。


 とすれば、どこかに潜んでの遠隔操作なのか。


 残骸をテムズ川に放り込み終え、またぞろどこかへ去っていく人々から距離を取って、マリアは後を追けた。彼らが主の下へ向かう可能性もあったからだが、マリアの目論みは当てが外れた。

 死人たちはホワイト・ホール付近の、誰も近寄らぬ川沿いの古い倉庫へと入って行き、そこでバタバタと倒れ込んだかと思うと、そのまま動かなくなったのだ。

 1時間ほど様子を窺ったが、ぴくりともしない。すでに彼らは用無しなのだろう。


 仕方なくマリアはその場を離れようとしたが、背後に気配を感じ振り向くと、女性が1人立っていた。眼を見れば、どうやらこれも死人らしい。一応は見張りを置いていたようだ。

 死人の女は両手を広げ襲ってきた。マリアは素早く剣を抜くと、首を刎ね、動きを封じるために両腕も斬り落とした。念のために――と心臓を穿つと、死人は動きを止めた。

 マリアは今度こそ、その場を離れた。

 それから夜が白んでくるまで街を見回ったが、何も成果はなかった。


 教会へと帰ったマリアは別れた3人の部屋を外からそっと窺った。ウィリウムはいびきを掻いて眠っているのが外からでも分かった。リックもエリスも寝息を立てて眠っている。あれからすぐに帰って来たのだろう。

 ついでにランドとトーマスの部屋の前にも行ってみた。トーマスは他の3人同様に眠っていたが、ランドの方は不在だった。彼はまだ出かけているようだ。


 マリアは自分の部屋へと戻り着替えると、パトリックが朝食に呼びに来るであろう時間まで眠った。



「おはようございます、マリアさん。朝食ですよ」


 マリアはドア越しに呼び掛けるパトリックの声で目を覚ました。


 どうもおかしい。

 ここに来てから、気が抜けているようだ。いつもなら、呼びに来られる前――部屋の前に立たれる前――には、近付く気配に気付いて、目が覚めている。

 ここが異端審問会の管轄内の教会だから油断しているわけでもないのだが――。

 自分でも不可解な現象に首を捻りながらも、


「分かりました。すぐに参ります」


と、返事をした。布団を出て、いつもの修道着に着替えるまで1分と掛からなかった。

 部屋を出ると、またしても気を使ってか、少し離れたところでパトリックが待っていた。連れ立って食堂へと行けば、他にはランドがいるだけであった。


「他の4人はまだ眠っておられ、後で良いということですので……。ええ、正直に言えば、何人かには怒鳴られました」


と、パトリックが苦笑しながら説明してくれた。


「そうですか。あの4人は寝起きが悪いのですね。それに引き換え、ランドさんはお早いのですね」

「いえいえ、私は先ほど戻って来たところでして……。そのまま朝食を、と思っただけですよ」


 すぐに支度を――と、パトリックが引っ込んだところで、マリアがランドに聞いた。しかし、早起きをしたのだと思ったランドの実情は、ただの朝帰りだった。


「成果はありましたか?」

「それが全然」


 マリアの質問に、啜っていた紅茶を置いてランドは両手を広げ、首を振って答えた。


「何もありません。ええ、見事に空振りです」

「こちらもです。4人でいるところを死人たちが襲って来ましたが、遠くから操っていたようで、手掛かりは何もなしです」

「死人……ですか?」

「はい。これが〝切り裂きジャック〟と関係しているのかは、現在のところ、不明です」

「そうですねえ。別の事件……という見方も捨てきれませんねえ」


 眠気を堪え、片手で口元を隠して欠伸を噛み殺しながら、ランドが答えた。

 〝切り裂きジャック〟が人知れず殺し貯めた人々――という線も残っているし、全くの別件――別人が殺したという可能性だってあるのだ。


「ゾンビ……というのなら、ブードゥの呪術師か死霊術師ネクロマンサーの仕業ですが、それらが係わっているというわけではなさそうですねえ。どちらかと言えば、吸血鬼の線の方が可能性としてはありそうですね」

「吸血鬼……」


 ランドの意見に、何が気に入らないのか、マリアが憮然とした声で呟いた。


 それきり2人の会話が途絶えたところに、パトリックが豆のスープとパンを運んできた。話すことがなくなったのか、2人はそれらを黙ったまま口にし、食べ終わるまで会話はなかった。


 その後、ランドは眠るために部屋へと戻り、マリアはウィリアムやエリスら、他の人を待ってみた。その間にパトリックが用意してくれた新聞を読んだがその中に、〝ホワイト・ホールのミステリー〟という見出しの記事があり、頭部他の部位がない女性の胴部分が見つかった――という記事だった。

 恐らく昨夜、マリアを襲ってきた死人であろうが、その他大勢の死人のことには何も触れていなかった。見つからなかったのか、なくなっていたのか。


 マリアは首を捻った。

 あの後で死人たちはもう1度、移動したのかも知れない。だとすれば、操っていた相手は後を追けていたマリアの存在に気付いていたことになり、慎重で用心深いと言えた。

 どうやら、これからの方針を考え直す必要がありそうだ。


 なかなか4人が起きて来ないので、マリアは部屋へと引き上げた。またしても服を着替えるや、早い時刻ながらも街へと出た。



 

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