第7話 神無月の怪異
「何だ? ここ。俺たち死んだのか?」
「そうかもな」
ひんやりした風がサーッと頬をなで、あたりのススキの葉がカサカサと乾いた音をたてた。茶色一色のススキ野原の上空は、薄い赤色と灰色のグラデーションになっている。とても現実の世界とは思えない、なにか異様な空間だ。
臨死体験というやつだろうか。現実の僕と熊谷は今頃、救急車のストレッチャーの上で心肺蘇生をされながら救急搬送されていたりするのだろうか。
「死んでなんかいないわよ」
背後から声がした。お狐さまだ。
大きな勾玉模様を散らした緑色のワンピースを風になびかせて、お狐さまはそこにいた。ハイヒールを履いているせいもあるが、かなり長身だ。
考えてみれば、立っている姿を見たのは初めてで、僕はお狐さまがスタイルも抜群なことを確認した。
「お狐さま、こここ今晩は」と、どもる熊谷。
こんな異常事態にもかかわらず、お狐さまに再会できて舞い上がっている。
「さっきは危なかったわね」
「スピード出し過ぎですよ。ぶつかるかと思った」と僕。
「そうじゃなくて、黒いモヤを見たでしょう」
僕は頷く。
「あれ、ちょっとよくないものよ」
お狐さまに言われるまでもなく、あの黒いかたまりは
「なんなんですか、あれ」
「人間の怨念とか
「今まであの辺であんなもの見たことないです」
「神無月だから、あちこち守りが弱くなってるの。そうでなくてもあのあたり、いろいろほころびてるわね」
そうか、神無月か。全国の神様が出雲に集まるという神無月。お狐さまも出雲に行っていたのだろうか。
「そうよ。忙しいところを助けにきてあげたんだから、感謝しなさい」
ものすごく荒っぽいやり方だけど、とにかく助けてくれたらしい。
「ありがとうございます……」
「あれは追い払っておいたけど、神無月の間は用心するのね。夜中にあまり出歩かないほうがいいわよ」
言い終えるか終えないかのうちに、ススキ野原とお狐さまの姿はだんだん透けていき、代わりに見慣れた街角の風景が現れた。
いつの間にか僕たちは、タクシーに乗り込んだ大通りにいた。
バイクのエンジン音や横断歩道の音響ガイド、コンビニの入店チャイム。あたりにあふれる街の音が、僕たちが現実世界に戻ってきたことを知らせている。
「なんかよくわかんないけど、すっげえ」と熊谷は興奮している。
「お狐さま、やっぱりいい女だなあ」
僕はほっと一息ついた。どっと体の力が抜ける。
「明日も早いし、帰って寝ようぜ」
僕と熊谷はアパートに帰るために、さっき全速力で走った道を戻った。
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