Take time Green tea

志央生

Take time Green tea

「過去を知るだけではいけない」

 羽場宏が口にした言葉は読書をしていたボクの顔を上げさせた。この男は突拍子もないことを言い出しては、迷惑も考えず周りを巻き込んでいく。一年ほど近くにいて学んだことの一つであり、羽場宏という人物が口にしたことを聞き逃せば面倒なことが起きるとも知っていた。

「過去を知り、先人たちの発想を現代に活かすことこそが俺たちの使命だと思わないか」

 熱く語り、目線をこちらに向けて同意を求めてくる。ボクは口の端を少しあげて小さく頷く。賛同の意を得たことで満足そうにして、羽場は椅子に座る。

「ということで、我が流行文化研究会は学園祭にて店を出すことにした」

同時にとんでもないことを告げてきた。おかげでボクも「へぇあ」と間の抜けた声が漏れ出てしまう。ただ、彼は本気のようで続けて口を開く。

「この流行文化研究会が発足して十数年。先輩方が調べてきた過去の流行と現代の流行をいくつも記録してきた。そして毎年、その年表や資料展示を学園祭では行っている。だが、果たしてそれでいいのか、と俺は考えた」

 自分の世界に入り込んでしまった羽場は語りを進める。

「流行を記録するのではなく、俺たちが流行を作っていく。それが新たな流行文化研究会のあり方だと思うんだ。なにより、俺たちには先輩方が集めてくれた十数年分のデータがある。どのように流行が起こり、広がっていくかもわかっている。勝利はこの手の中にあるも同然、と言ってもいいだろう」

 自信満々な彼は天を仰ぎながら笑い声をあげる。そんな姿にため息を吐きながらボクは手に持っていた本を閉じて尋ねた。

「いったい、何の店をやるんですか」

 その問いに笑い声はピタッと止まり、羽場は迷うことなく告げる。

「抹茶専門店だ」

 反応に困ったのは言うまでもなく、決め顔をしている彼に「本気ですか」と聞き返すこともできなかった。唯一できたのは無難な言葉を返すだけだった。

「そうですか」

 この男が一度口にしたことを撤回したのを見たことがない。つまり、一度でも「抹茶専門店」と言ったからには何が起きても決行するだろう。そして、そのお守をしなければいけないのはボクなのだ。

「ほかの部員はどこだ」

「いつもの課外活動です。きっとどこかで飲み食いしてますよ」

 椅子から立ち上がりつつ、部員に連絡を送る。このサークルは流行する飲食物を主に調べている。そのほとんどが町ブラして探すことになるので部室に集まる人間はほぼいない。だから、彼らにも先ほど決まったことを知らせなければいけないのだ。

「それで、抹茶専門店をやるのはいいですけど具体的にはどうするんですか。道具とか」

「いい質問だ。もちろん、俺たちだけでは出店は不可能だ。そこで、ほかのサークルと合同企画として参加する」

 そう言うと机の上に一枚の紙を置く。そこにはサークル名が二つ書いてあった。

「すでにいくつかサークルには声をかけてある。とくに乗り気だったのはそこの二つだ」

 そこに目をやると、科学部と超自然部というサークル名が書かれていた。どちらも抹茶専門店を合同でやるとは思えない。

「ほんとうに手伝ってもらえるんですか」

 疑い深く聞くと「問題ない」と自信満々に答える。これ以上は聞いても無駄だと思い、 僕は紙を手に取りポケットにしまう。そこで、ふと思い出したことがあり羽場に尋ねる。

「そういえば、ウチって茶道部ありませんでしたっけ。別館に部室がある」

ボクの問いに彼は「あぁ、ある」と返してきた。その軽い言葉に「問題ないですかね」と聞き返す。

「問題って、べつに何か困ることもないだろう。すでにこっちは出店の許可を取ったし」

 そう言って認可証を見せてきた。こういう行動の早さには感心させられてしまう。一つ不安の種が取り除かれ、ボクも紙に書いてあったサークルの部室に向かうことにした。


文化棟と呼ばれる校舎は名の通り、文科系サークルの巣窟である。もちろん、流行文化研究会も一室を借りており、今向かっている超自然部は一階西側に部室を構えていた。

「流行文化研究会の者ですが」

 ノックをしてから名乗り、ドアノブに手をかける。一瞬、扉が軽くなったと思えば向こう側から開けてきた。

「ようこそ、待っていました。当サークルの部長をしている大林凛と申します」

 透き通る声をした女性が笑顔を作りボクを出迎えた。彼女に促されるまま室内に入り、用意されていた椅子に腰かける。部屋にはもう一人、部員と思われる人がいた。服装からして男だろうが、遠くから見ると女性のような顔つきをしていた。

「どうぞ、お飲みください」

 そんなことを考えていると彼女がボクの目の前に透明なグラスを置いてきた。その中に緑を煮詰めた液体を溢れんばかりに注いでいく。ふんわりと漂ってきた匂いは青々しく、思わず眉を顰めたくなるほどだ。

「あっ、あの。これは」

 眼前に用意された液体に躊躇し、笑顔を崩さない女性に尋ねる。

「そちらは、私たちのサークル特製のグリーンスムージーです。新鮮な野菜だけを使っているんです」

 自信満々に口にした彼女を見て、ボクは何も言葉を返すことはできなかった。グリーンスムージーを見つめ、覚悟を決めて一気に飲み干す。

「どうでしたか、お味のほうは」

 期待するような目で問われ、ボクは精いっぱいの笑みを作って返す。それに気をよくしたのか彼女はおかわりを注ごうとしてきたので、やんわりと断った。

「それで要件なんですけど」

 ボクが場を仕切りなおすため咳払いを一つして話を切り出す。それに間髪開けずに大林は言葉を返してきた。

「問題ありません。協力させていただきます」

 内容を言う前に彼女にそう宣言されてボクは反応に困ってしまった。それを察したのか、続けて彼女は話す。

「羽場さんからの提案された件については承知していますから、大丈夫ですよ。それにこれは私たちのサークル活動を広めるよい機会です。化学肥料に頼らない自然の力による育成をモットーとして野菜を育てているからこそできる味を皆さんに実感していただける。なんて最高なことなのでしょう」

 大林は目を輝かせて明後日の方向を見ている。まるで何かのスイッチが入ったかのように語りだし、止まる気配がない。

「すみません、うちの部長は語りだすと止まらないので」

 茫然としていたボクの横から急に声がして、顔を向けると間近に先ほどまで離れたところに座っていた部員の顔があった。彼は口角を上げて笑みを作り自己紹介をしてくる。

「どうも、時野順です」

 そう言いながら手を差し出してきて握手を求めてくる。答えるようにボクも手を出す。

「いい手をしていますね」

 彼の言葉に鳥肌が立ち握った手を放し、距離を置いて座りなおす。それから時野を見ると口元に手を当てながら笑っている。そこで自分がからかわれたことに気が付いた。

「いや、すみません。悪ふざけが過ぎましたね」

 笑いすぎたのか涙を浮かべて謝罪してくる。その姿に怒る気を削がれてしまい、大きく息を吐いた。大林はまだ一人語りの世界から帰ってきていなかったが、まだ科学部にも足を運ばなくてはならないため超自然部を後にすることにした。

「また、来てください」

 時野が部室を出る前にそう告げてくれた。ボクは返事もそこそこに次の目的地である三階を目指して階段を上る。その最中、超自然部がどのような形で協力してくれるのかを聞いていなかったことを思い出した。聞きに戻ろうかと思案するが、すでに二階と三階の間の階段を進んでおり、踵を返すには面倒だ。それに羽場とすでに話がされていたようでもあったし、ボク自身が知らなくても問題がないと思え引き返すのをやめた。

階段を上り切り、科学部の部室に行って扉を叩く。中から男の返事があり、ドアノブを回す。

「失礼します。流行文化研究会から来ました」

 少し重い扉を開けると白衣を着た男が「いや、よく来たね」と声を上げつつ近づいてくる。ボクよりも少し背が高く、顔を少しだけ上に向ける。

「話は羽場から聞いている。私はこのサークルの部長をしている加賀工だ、以後よろしく」

 はきはきとしゃべり、声も大きく、悪い人間ではないことは伝わってくる。ただ人によっては好き嫌いが分かれるような気がした。

「さぁ、まずは座ってくれ。時野くん、お客さんにコーヒーを」

 そう指示を出すと奥から同じように白衣を着た女性が現れる。その顔を見ると、先ほど超自然部で見た時野順と同じ顔をしていた。瓜二つ、と言ってもいいほど似ている。ただ、彼女のほうは全体的に覇気がないような雰囲気を漂わせていた。

辺りを見渡しながら用意された椅子に座る。科学部と聞いていたがそれらしいものは室内に一切ない。それどころか、机の上は雑然としている。

「あの、失礼ですけどここのサークルは何をしているんですか」

 そう聞いたボクを加賀は「扉の前に貼ってあっただろう」と答える。渇いた笑いで返すしかできなかった。そこに女性がやってきて黒い液体の入ったビーカーを置く。

「どうぞ」

 愛想もなくぶっきらぼうに言う彼女。その顔をボクは凝視していると、それに気づいて不快そうに眉を顰めて「なんですか」と聞いてくる。

「いや、さっき君の顔に似ている男と会ったもので」

 そう言いながらボクは視線をビーカーに向ける。彼女の顔は見えなかったが、反応は薄く「たぶん、双子の弟です」と面倒くさそうに答えた。ボクは返事に困りビーカーに目を落とす。湯気から漂う匂いで黒い液体がコーヒーであることは見当がついた。

「羽場からの提案にこちらとしても乗らせてもらうことにしようと思う。どんな形であれ成果発表ができるのはうれしいからね」

 加賀が声を上げて笑い、自分の前に置かれたコーヒーに口をつける。ボクは愛想笑いを浮かべながら横目で彼女を見た。そこにはこちらに一切の関心を持たず、開いた文庫本に目を落とす姿があるだけだった。

「それで、こちらが協力するにあたり提供するのは化学力になる。世の中は科学でできていると言っても過言ではない。その化学力を使えば、そちらが用意した抹茶の味を最大限に引き出せるだろう」

 胸を張って答える彼にボクは口角をあげて笑顔を何とか作る。これ以上の長居は無用だと思い、コーヒーのお礼を言って部室を後にした。

 廊下に出て階段に向かっていると「待ってください」と呼び止れ、振り返ると時野の姉が立っている。彼女はじっとボクの目を見つめてくるので、慌てて視線をそらした。

「な、なにか用で」

 目を合わせないようにして聞くと、彼女は「いえ、もう大丈夫です」と言って踵を返して去っていった。ボクはただ訳もわからず彼女の背中を茫然と眺めていることしかできなかった。


「ただいま戻りました」

 二つのサークルに出向き、ようやく帰ってきたマイウェイ。一息つく間もなく、視界には一人くつろぐ羽場の姿がある。のんきに椅子を複数並べて鎮座し、雑誌を読んでいた。

「何をしているんですか」

 疲れた人間には嫌味な格好でいる男にボクはため息を吐きながら問う。

「英気を養っているんだよ。これからは長丁場になるからな」

 その言葉に腹が立ちかけるが、怒ったところで余計に疲れるだけだと悟る。心を落ち着くかせて両サークルが快諾してくれたことを伝え、ボクは帰り支度を整える。

「そうだ、帰るならもう一か所だけ出向いてほしいところがあるんだが」

 羽場は体制を変えることなく一枚の紙を見せてくる。大学近隣の簡易地図に赤い印がつけられていた。

「大学を出てすぐにある工房。ここに学園祭で使うマシンを発注しているから経過を見てきてくれ」

 そう言って髪を手渡され、再び雑誌に目を落とす。さすがに怠慢が過ぎると思い、ボクは羽場に意見する。

「それくらい自分で行ってください」

 ボクの言葉に「完成品は取りに行くから」と、軽く手を合わせてお願いされた。これ以上の問答は無駄だと思い、諦めて工房に向かうことにした。

大学の敷地から出て、地図の通りに道を進んでいく。それから十分ほど歩いていると【天元工房】と書かれた看板を掲げる倉庫にたどり着いた。羽場がマシンを頼んだと言っていたが、踏み入りづらい場所だとは思いもしなかった。扉らしきものはあるが、門をたたくのは気が引ける。かと言って延々とここで立っているわけにもいかない。

「お前、誰だ」

 悶々と考えていると背後から声を掛けられ、飛びのいてしまう。ボクの視界に作業着に身を包み、頭にハチマキを巻いた男の姿が映る。その手にはスパナが握られているのも見逃さなかった。

「人の工房の前で何してやがる。うちの技術でも盗むつもりか」

 スパナで自分の肩を叩きながら、男はこちらに睨みを利かせてくる。ボクは全力で首を横に振り、両手をあげた。

「流行文化研究会の者です。羽場から経過を見てくるように言われてきました」

 すべてを吐き出すように早口で言う。同時に男はスパナで肩を叩くのを止めて、こちらの顔を覗き込んでくる。

「あの野郎、代わりをよこすなんて一言も聞いてねぇぞ」

 頭を搔きながら彼は「まぁ、入れや」と工房の中へと案内してくれた。倉庫の中は想像よりも綺麗で、ショーケースがいつくも並べられていて工房の製品が展示されている。

「羽場の野郎から話は聞いてる。うちのマシンが借りたいんだろう」

 ボクが展示品に目を奪われていると男はそう尋ねてきた。先ほどまでの圧迫感が抜けきらず、何度も頷いてしまった。

「お前らに貸してやるマシンは奥の倉庫にある。使い方を含めて一通り説明してやる」

 そう言って彼は顎でボクに付いてくるよう指示する。黙って後ろを追い、別の倉庫に入っていく。そこは先ほどとは違い、所狭しと製品が並んでいた。

「おまえらに貸してやるのはこれだ」

 彼は足元に置いてあった縦長の箱型機械を指さした。ボクにはそれが何なのかわからず首を傾げる。それを見逃さなかった男は眉を顰めた。

「てめぇ、何も知らないで来たのか」

 声を低くして脅すような声音に完全に委縮してしまう。

「ったく、これは羽場が貸してくれって言った抽出機だよ。これで抹茶を作るんだろう」

 羽場はいつから抹茶専門店を出店するつもりだったのだろうか。工房長の口ぶりから昨日今日の話ではなさそうだ。そんなことを考えていると男は抽出機の上部を開く。

「こいつの使い方を教えてやる。外見はほかの抽出機と同じだが、中の構造は違う。おまえらが使うために改造してある。だから、使い方もちぃっとばかし違う」

 そう言ってボクに中を見るように指示してくる。それに従い機械の中を覗き込む。

「上部は挿入口だ。抹茶の粉末とお湯の注ぎ口がある。二つは分離してあって、それぞれの専用の挿入口から流し込む。すると、螺旋状になっている抽出部分に流れて、セットしておいたカップに注がれていく仕様だ」

 一通りの説明を終えた工房長は目で「質問は」と問いかけてくる。ここで何もない、と答えるのは良くない気がして質問を考える。

「あの、なんで抽出部分が螺旋状になっているんですか」

 ひねり出した質問を工房主にぶつける。彼はそれを聞くとため息を吐き、頭を掻いた。

「いいか、抹茶は粉末だ。普通の抹茶ですら茶筅で混ぜる。その動きを再現するのに螺旋というのは適しているんだ。それに螺旋というのはパワーがあるんだよ」

「パワー、ですか」

 思わず聞き返してしまうボクに頷き、彼は話を続ける。

「注ぎ口から流し込まれた二つの物質が螺旋回転をしながら抽出部の終わりに衝突する。その瞬間に起きるエネルギーをうちらの業界じゃ、螺旋エネルギーって言うんだよ。だが、こいつは非常に危険な代物でもある。なんせ少しでも間違えば爆発するからな」

「それって危険じゃ」

「危険も危険。だが、原因もわかっている。それは本来、螺旋エネルギーは二つの物質が同等の力でぶつかり合うことで相殺される。ただ、この均衡が少しでも違うとエネルギーは相殺されずに多大なパワーが暴発してしまうのさ」

 工房長は笑いながら説明してくれたがボクには容量を得なかった。それに気づいたのか、物は試しだと言って準備を始めた。

「いいか、試運転も兼ねてお前に螺旋のすばらしさを見せてやる。ここにお湯と粉末を用意した。これをそれぞれの注ぎ口にセットして」

 そう言いながらボクに抽出機の中を覗き込むように指示してくる。言われたとおりに螺旋部分に目を向けると、工房長がお湯と粉末を注ぎ込んだ。それぞれ渦を巻くようにして流れていく。

 その光景を眺めていると不意に工房長が「マシンから離れろ」と叫んだ。反応が遅れ、ボクも抽出機から顔を離そうとしたとき、螺旋を流れ落ちた二つが衝突して小さな爆発が起きたのが見えたのだった。


 後頭部の痛みで目が覚める。瞼を開くとボクの顔を覗き込むようにして見下ろす工房長の顔があった。

「目が覚めたか、よかったぜ」

 そう言って氷袋を渡してくる。それが痛みのする後頭部を冷やすためのものだと理解した。記憶が飛んでいるのか、なぜ寝ていたのかわからない。

「なにが起きたんですか」

 ぼんやりと思い出せるのは抽出機の中で爆発が起きたのを見たことだけ。

「暴発したんだよ。調整が甘かった、お湯と粉末の合流時にパワーが均等じゃなかったんだ」

 頭を掻きながら工房長は答えた。そのまま彼はずいぶんと険しい顔をして何か独り言をつぶやき始める。

「羽場には試作段階で不備が見つかったから〝調整する〟と伝えておけ」

 それだけを言い残して彼は倉庫を出て行った。ボクは後頭部の痛みが治まるまでその場に留まり続けたのだった。

 

 抹茶専門店の出店に向けての動きはゆっくりではあったが着実に進んでいた。羽場が協力関係を結べそうなサークルに声をかけ、最終的な参加の確認をボクが行う。そんな体制でも、声をかけたサークルはどこも成果発表の場を求めており、スムーズに話が決まっていく。このあたりの選び方は羽場の目利きによるところが大きかった。

 部室では残り半月に迫った学園祭に向けて、商品価格の話し合いが行われている。その話し合いをボクは外野から眺め、方々を駆け回った自分にささやかな休息を与えていた。

 そんな時間を壊すように部室のドアが開いた。

「失礼する。羽場くんは居るかな」

 ノックもなく、静かに訪ねてきたのは超自然部の部長である大森だった。その後方には時野順が控えていた。

「どうしたんだ、大森。なにか用か」

 室内の奥に座っていた羽場が立ち上がり近づいていく。だが、相手が醸し出している雰囲気は穏やかなものではなかった。それがただ事ではないような予感がしてボクも彼女たちのほうへと向かう。

「どうしたもこうしたもないわよ。こんな話は聞いていなかった。ひどく裏切られた気持ちよ」

 捲し立てるように大森は羽場に責めよる。だが、ボクにも彼にも何のことかわからず疑問符を浮かべるしかなかった。

「いったい、なんのことを言っている」

 羽場が困ったように問うと、大森は深く息をした。それから一言だけを口にする。

「科学部」

 そう言うと羽場は納得したような顔をして「わかった、話をしよう」と返した。同時にそばに寄っていたボクに顔を向けてついてくるように指示をした。

 室内に残った部員たちに話し合いを続けるように言い残し、ボクらは部屋を移った。

「科学部のことだが、こちらとしては必要だから協力をお願いした」

 机を挟んで向かい合う羽場と大森、ボクと時野順。どんな因縁があるかはわからないが、話からすると超自然部は科学部の参加を快く思っていないみたいだった。

「羽場くんが言っていることはわかったわ。それはつまり、私たちが用意する抹茶の粉末に問題があると言いたいのね」

 大森は鋭い目つきで羽場を見据える。以前に部室で会ったときの笑顔はない。

「そうじゃない。こちらとしての趣旨を加味したうえで科学部の協力も必要だと思っているんだ」

「だから、それが私たちに対する侮辱だと言っているのよ。何も手を加えなくてもおいしいのよ」

「それはわかっている。べつに大森たちが用意してくれる品に問題があると言っているつもりはない。ただ味をもっとおいしくするためにだな」

「そこよ、〝味をおいしく〟って言うのが侮辱だと言っているの。こっちが用意するものはすでに完成されたおいしさなのよ。それなのに手を加えておいしくする、なんていうのは侮辱行為に他ならないの。だから、科学部が参加するなら私たちは今回の件から降りるわ」

 そう言って大森は席を立ち上がり、部屋の出入り口に向かう。続くようにして時野順も付いていく。

「羽場くん、よく考えてね。私たちを取るか科学部を取るか」

 それだけを言い残して去って行く。室内はボクと羽場だけになり静まり返った。

「面倒なことになった」

 溜息を吐くように羽場はそう漏らし、椅子に身体を預け脱力する。宙を見ながら椅子を揺らし、「どうするかな」と口にして隣にいるボクを見てくる。その目は死んでいなかった。

「よし、今から科学部に事の次第を話してこい。それと明日の空いている時間に超自然部と科学部との話し合いを行う。それも伝えてこい。もちろん、超自然部にもな」

 羽場は笑顔でそうボクに指示を出してきたのだった。


 翌日、超自然部と科学部を交えた話し合いが開かれた。机をコの字に並べて対峙する形で問題になっている二つのサークルが席に着いている。それを中間で見渡せる席がボクらの場所だ。

 最初に口火を切ったのは羽場だった。

「こちらとしては、両サークルの協力が必要不可欠だと考えている。そこで、今回はこのような話し合いの場を設けさせてもらった」

 経緯を説明する羽場を双方の部長が不満げな顔で見ている。

「私の考えは変わりません。伝えた通り、科学部が参加するなら私たちは協力しない。あちらが参加を取り下げるのならば、協力を惜しみません」

 大森はこちらに顔を向けながら話したが、本当に言葉を向けていたのは科学部に対してだろうと思えた。

「私たち科学部としては好きなようにしてくれて構わない。あちらさんが一緒にできない、というのであれば仕方のないことだと割り切ろう」

 わざとらしく肩を上げながら加賀は返した。それを聞いた彼女は機嫌を悪くする。

「ずいぶんと聞き分けがいいようですが、なんですか。こちらが我がままを言っているみたいな言い方をして」

 怒りを露わにしながら話す大森に、加賀は鼻で笑う。

「そんなに興奮するなよ。そういう反応するってことは自分たちが我がまま言っているって自覚してんだろ」

 その言葉に彼女は顔を真っ赤にして机を叩く。

「あなたのそういうところが嫌いなんです」

 そう言うと大森は席を立ち、そそくさと部屋を出て行ってしまう。まだ話し合いが終わってもいなかったが、残された面子だけでは結論を出すわけにはいかなかった。大森と一緒に来ていた時野順に「明日もう一度話し合いをする」と伝え、その場は解散することになった。

「なんで超自然部と科学部はあんなに不仲なんですか」

 ボクは羽場に疑問に思っていたことを尋ねた。すると彼はため息を吐いて、目をつむった。

「どこから話すか、もともと超自然部と科学部は一つのサークルとして成り立っていたんだ」

 羽場はそう語りだし、椅子に背を預けるようにして宙を見る。

「二つのサークルは、元は園芸サークルだったんだ。だが、あるとき栽培方法で意見が分かれた。一方は自然栽培を勧め、一方は効率重視の栽培を勧めた。その結果、お互いを受け入れることができなくて、それぞれのサークルが誕生した。そのときに先頭に立っていたのが、大森と加賀なわけだ」

 そう言うと椅子から立ち上がり、大きく伸びをしてこちらに身体を向ける。

「そんな経緯があるから簡単には首を縦には振ってくれないだろうな。加賀のやつは気にしてないみたいだが、大森は目の敵にしているのがわかったし」

 腕を組みながらへらっと笑っていたが、困っているという雰囲気を隠しきれてはいなかった。

「最初からどちらかを誘わない、という選択肢はなかったんですか」

 ボクは浮かんだ質問を投げかけた。

「いいか、超自然部からは今回の主要品の抹茶の粉末を提供してもらう必要があった。科学部には味を最大限に引き出すための方法を探してもらう。どちらも今回の抹茶専門店にじゃ欠かせない。だから、両方とも誘ったんだ」

「いや、でも科学部の味を引き出すのならボクらでも」

「素人がやるよりも、詳しいところに頼むほうが確実だ。餅は餅屋に、って言うだろ」

 羽場の剣幕に押されてボクは何度も頷く。

「だからこそ、あの二人には和解してもらう必要がある。明日はそこに話を持っていく」

 覚悟を決めた羽場は力強くこぶしを握った。ボクはただうまくいくことだけを祈るしかなかった。


「何度話し合いを設けてもらっても考えは変わりません。科学部が外れない限り参加はしません」

 大森は昨日と変わらず加賀を睨みつけて意見を述べる。それを受けて羽場はため息を吐いていた。

「大森、とりあえず少し話し合いをしてみないか。きっといい落としどころが見つかるはずだ」

 何とか超自然部と科学部が話し合いを始められるように羽場は仕掛けていく。それを崩すように加賀が言葉を投げた。

「そうだぞ、凛。少しは大人になれよ。多少気に食わなくても、それを受け入れなければいけないときもあるもんだ」

 そう言われて大森は顔を下げて、肩を震わせた。毛嫌いしている相手からの言葉は彼女の心を荒立たせるものでしかない。

「えぇ、そうね。たしかに気に食わない相手でも協力しなければいけないときはあるものよね」

 顔を伏せたままだから表情は読めない。だが、次に返ってくる言葉がいいものではないことは空気で察せた。

「だとしても、やはりあなたと一緒にはできないわ。それとこれ以上の話し合いは無駄だと思うから、私たちが抜けるわ。羽場くん、これで話し合いは終わりよ」

 そう言い切って大森は足早に部屋を出て行く。圧倒されてしまったが、これで超自然部が戻ってくることはないだろう。こうなってしまっては学園祭の出店を見直すことになる。残り日数も多くはないのに、今まで立ててきた企画が白紙になる。そのことが頭をよぎり、こうなる前にもっと手が打てれば何とかなったのだろうか、と考えがよぎった。

 部屋の空気にも耐えかね、ボクは席を立ち部屋を出ようとした。その間際、後頭部に痛みが走り、視界が揺ぐ。そのなかで何かが爆発するのが見えた。


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